南北朝の爪痕

 その日の晩は綺麗な満月の夜だった。大して小綺麗とも言えない風体の男二人は松明の元で立っていた。小綺麗ではないといっても、その腰には刀が差してあり槍と胴巻で武装していた。武士、と言っても最下級の者だろう。

 この2人は隠田村の警備の者達だ。千種家の隠田村は山の中に在り、麓に続く道は一つだけである。この者達はその道を見張っているのだ。小作人が逃げ出さないように。

 秋も深まり、寒さが強くなってくる頃なので、二人は篝火の温かみにあたっていた。そこに山側から彼らに走り寄る者が見えた。


「む!?何者だっ!?」


「おーい!俺だ、俺!大変だー!」


「何があった?」(え?誰?)


「どうしたんだ?」(新入り?)


 俺だ、俺と言われても誰なのか二人共分からなかった。だがその者の服装は明らかに小作人ではない。それどころか自分達よりも良い服装をしている。腰に刀を差しているので武士なのは間違いない、自分達の上司クラスかも知れない。もしかすると主君である千種忠正に近しい者とも考えられる。

 そう思い二人は警戒を解いてその男が自分達の元に来るのを待つが……。


「ちょ、おま!?」


「うえ、止まれってー!?」


 自分達の所で止まるはずの男は、二人の予想に反して止まらなかった。それどころか両腕を持ち上げて、更に加速した。


両腕鉞撃ダブルラリアットぅぅぅーっ!!!」


「「ごはぁっ!?」」


 警戒を解いてしまっていた二人は男のラリアットをまともに受けてしまい、一撃で意識を刈り取られる。


「お役目御苦労、寝てろ!」


 そう吐き捨てた男は池田家臣・渡辺教忠であった。彼は二人が気絶したのを確認すると、隠れていた皆を呼び寄せた。

 そして隊員が一言。


「……隊長、技名が先進的過ぎるがや」


「うるさい、これくらい戦場じゃ当たり前だ!」


 三人の隊員の後から小作人達もやって来る。今回の脱出は隠密行動となるので、部下は三人しか連れて来なかった。隊員の中でも腕利きの者を選んだ結果だ。


「小吉、皆も大丈夫か?もう少しで麓だぞ」


「はい、若。……すみません、俺たちが山越え出来ればこんな苦労は……」


「あの山越えはかなり体力を使うがや。全員は無理だって」


 脱出には全員の小作人が参加した。その説得に一番、力を尽くしたのは小吉だった。長年、この隠田村にいた小吉は村々でも顔が知れていて小作人達から信頼もあったからだ。

 教忠達は以前、村に入った山道から侵入したが、この山道は脱出に使えなかった。結構な勾配がある上に、道があまり良くなく、小作人達の体力では厳しいと判断されたからだ。それにモタモタしていたら、異変に気付いた千種家が追って来るだろう。

 そこを見越して計画は最初から麓への道を強行突破となっている。最短距離をひた走り逃げ切るのである。


「そういう事だから気にするな。だいたいこのルートは殿の指示なんだ。もう少し行けば滝川様が軍勢を連れて待っているはずだ」


「でも千種家も追ってくるんじゃ……」


 そして国境付近で滝川家の軍勢が彼等を保護、犬山に連れていくという段取りだ。滝川軍には土居清良の鉄砲隊も加わっているはずだ。


「織田家と千種家じゃ勢力規模が天と地ほども離れとるがや。ま、来てもオラたちが追い払ってやるわい」


「おうおう、妻持ちになる奴は言う事が違うねえ。調子に乗っとるがや」


「何い、お前、結婚するのか!?」


「隊長、聞いてくだせえよ。コイツ、『絹女』を射止めやがったでさあ」


「おお、あの時の女たちか」


『絹女』というのは犬山で絹生産に携わる女性達の総称である。以前に保護した足の腱を切られ歩けない女性達である。

 現在は生糸精製や織物製産に励んでいる。若い隊員はその女性の元に足繁く通って、見事に結婚まで漕ぎ着けた様だ。


「は、早いもん勝ちだがや」


「そうかそうか。そりゃ、目出度い。じゃあ、精々気を付けろよ」


「へ、何がです?」


「あの女達を泣かすとウチの殿が首刎ねに来るらしいから」


「え?……池田様?」


「おうよ」


「だああぁぁーー!やべえよ、千種なんかより池田様の方が100万倍怖ぇーって!」


「はっはっは、仲良くやっていけよー」


 恒興は絹女が乱暴狼藉にあったら、直々に首を刎ねるとまで宣言している。人買い商人だろうが国人だろうがまったく恐れない恒興は、隊員から有言実行の人だと認識されている。

 そんな訳で嫁さん泣かしただけでも首が飛ぶんじゃないかと若い隊員は恐怖した。

 その様子を見て皆で笑っていたのだが、後方を見張っていた隊員が慌てて駆けてきた。


「隊長、大変でさぁ!後ろから千種軍が来た!」


「くっ、もう来たか。小吉、みんなでこの道を真っ直ぐ走れ。途中で滝川様と合流出来るはずだ!」


「分かりました。若は?」


殿しんがりを務める。早く行け!」


 教忠は小作人達を先に逃がし、自らが殿となって敵を止める事を決意する。相手はどうやら全員徒歩。馬の嘶きも蹄の音も聞こえなかった。

 これなら相手を少し足止めするだけで全員逃げ切れると判断したからだ。

 滝川一益が居る場所まではもう少しなのだから。


「おのれ、不届き者共め!ここを千種次郎大夫忠正の所領と知っての狼藉か!皆の者、掛かれぃ!」


「「「おおおぉぉぉ!」」」


 追っ手の中には千種忠正本人も居た。忠正は即座に号令を掛け、教忠に襲い掛かる。

 道はそんなに広くはない。両側を木々が塞いでいるので上手くやれば囲まれずに戦えるだろう。とはいえ広さ的には三人分くらいはあるので、後ろに回られない様に退がりながら戦う事になる。

 と教忠は思ったのだが、小作人達と共に行ったと思っていた隊員は三人共残っていた。


「何をしている!?お前達も早く行け!」


「何言うとんじゃ。隊長見捨てて、オラ達がどうして生きてけるんじゃい!」


「そうだ!こんなヤツラ、すわっとやったるべい!」


「けっ、地獄も見とらん野武士共に負ける訳ねえがや!」


「お前ら……。っ、来るぞ!?」


 野武士達は刀を振りかざし、教忠達に迫る。

 教忠は刀で鍔迫り合いをし、力で相手を弾き返す。出来た隙に斬り付け、手傷を負わせて戦闘不能にしていくのだ。

 そうして少しづつ下がり逃げる隙を窺っていた。

 だが若い隊員は逆に押し負けてしまい足を斬り付けられる。


「ぐわっ!?」


 野武士は若い隊員にトドメを刺そうと迫るが、彼は寸でのところで刀を交差し堪える。次第に押し負けそうになるも、横から教忠が野武士に蹴りを入れて救う事に成功した。


「おい、大丈夫か!?」


「隊長!オラの事はいい、早く逃げてくれ!」


「バカな事言ってんじゃない!テメエ、歩けない嫁さんはどうする気だ!こんな所で死にやがったらぶっ殺すぞ!!」


「言ってる意味がわかんねえよ、隊長!?」


 教忠は若い隊員を叱咤激励(?)し、立たせようとする。だがそうはさせまじと別の野武士が教忠に襲い掛かる。虚を突かれてしまった教忠は刀で受け止め、力で押し返そうとする。

 だが力の掛け方がまずかったのか、既に疲労していたのか、教忠の刀は中程で折れてしまったのだ。それを見た野武士はニヤリと嗤った。


「しまった、刀が!?」


「終わりだ!死ねええぇぇぇ!」


 勝ったと言わんばかりに襲い掛かる野武士。教忠は折れた刀を捨て、脇差で防ぐ事を決意する。……だが状況は確実に悪かった。たとえ目の前の野武士を退けても、後ろから次々と野武士達がやってくるのだ。

 これを足を怪我した隊員を庇いながら捌き切れるだろうか。ただそれでも教忠は若い隊員を見捨てる事だけは出来なかった。

 戦になれば人は死ぬ、教忠も部下が死ぬ事は覚悟しておくべきだ。その点は彼の青い部分と言えるだろう。ただ今回の作戦は教忠の我儘から始まった。主君である恒興が企画したとはいえ、自分の我儘で部下を死なせたくないという更なる我儘でもあった。


(くっ、俺がこんな所で……ちくしょう!)


 これまでか、と教忠は覚悟を決めた。だが……


「撃てぇぇぇぃ!」


「ギャア!?う、腕が!?あああぁぁぁー!」


 突然、教忠の後方からズドドドドンと激しい連射音が響く。その音の後に目の前にいる野武士が肩を押さえて痛みに転げまわったのだ。

 教忠はその聞き慣れた音で状況がどう変わったのか一瞬で理解した。その一方で野武士達は何が起こったのか、何の音なのか理解できずに狼狽えていた。その狼狽えようは正に天変地異にでも遭遇したかの様な有様であった。


(これは……鉄砲?清良が来てくれたのか!よし、今だ!)


「援軍だ!全員退がれー!……お前も来い、ほら掴まれ!」


「……すんません、隊長」


 動けない野武士達を尻目に、教忠は全員に撤退を命じる。これは上手くいき、教忠も部下達も易々と撤退する事が出来た。そして10メートルもしない場所に滝川軍が来ていたのだ。その先頭には土居清良と鉄砲隊が構えていた。

 一方で千種忠正も部隊の前列まで来て、音を発したのが何者なのか確かめようとした。そして満月に照らされる旗を目撃する。それは織田家の『織田木瓜』と並んで掲げられている『丸に堅木瓜』、滝川一益の家紋であった。


「『丸に堅木瓜』……だと?滝川家か!」


「よう、千種の。俺の顔を見忘れたとか言わさんぞ」


 名前を挙げて叫ぶ忠正に呼応する様に、軍勢の中から出てきたのは滝川一益本人であった。馬に跨り、千草忠正を見下ろす様な冷たい目をしていた。


「た、滝川一益!?これは何の真似だ!千種家の内情で織田家の干渉を受ける筋合いは……」


「黙れよ。もうそんな事はどうでもいい」


「な、何だと!?」


 忠正の抗議を聞きもせず、一益は冷たく言い放つ。その声には怒気も感じ取れた。そして彼は言葉を続けていく、干渉する理由を。


「お前らが殺そうとしたヤツラはな、犬山池田家の家臣だ。つまりは織田家の同僚、俺の仲間だ。俺が仲間に手ぇ出されて、黙って見てる様な腰抜けに見えたのか!」


「いや、そもそもは……」


「舐めやがって!テメエら皆殺しだ!!清良!」


「鉄砲隊、構えぇぇー!」


 一益の命令に清良の号令で鉄砲隊は一斉に構える。月光に照らされたその総数は50丁以上はある様に見えた。

 流石にここまでくると全員があの音は鉄砲のものだったと理解していた。その威力も伝え聞き程度で知っているのだ。当たれば体に穴が開き、最悪死ぬという程度には。忠正もマズイと思い、全員に命令を出す。


「いかん!皆、逃げろーっ!」


「ひぃぃ、助けてくれー」


「こんなん勝てる訳ねー」


 言うが早いか、野武士達は我先にと逃げ始めていた。忠正も命令を出しつつ、全力で鉄砲から逃げた。

 そして逃げ散ろうとしている野武士達に、清良の合図の手が無慈悲にも振り下ろされる。


「撃てぇぇぇー!」


「助けてー、神様仏様ー」


「的は嫌じゃあー」


 またしてもズドドドドンと激しい連射音が響き、野武士達は蜘蛛の子を散らす様に逃げた。どうか自分に当たりませんようにと祈りながら。そして鉄砲を撃ち終わると、野武士達の姿は完全に消えていた。

 その様子を見ていた教忠は清良に問いかけた。


「なあ、清良」


「何だ、教忠」


「……何で鉄砲隊全員が上向いて撃ってんだよ?」


「まともに撃ったら当たるだろ」


「えー……」


 教忠の疑問は清良によって素で返されてしまう。いや、上向いて撃てば当たらないのは当然ではあるが。教忠にはまともに撃たない理由が分からないのである。


「追い散らすだけで十分って事さ。これも池田殿の計画の内だ」


「あれ?滝川様、さっきまでキレてませんでした?」


「演技だよ、演技。まったく、小作人だけ逃げて来て、お前らがいなかった時は肝を冷やしたぞ。清良が直ぐに気付いたから良かったものの」


「すいません……」


 滝川軍が待機していた所に小作人達が逃げてきた。その時に教忠達が居ない事に、清良は一早く気付き鉄砲隊を走らせていた。一益も部下に半数を預けて清良の後を追ってきたのだ。

 小作人達は無事に滝川軍に保護されていた。現在は後方で食事を摂らせているとの事。

 犬山に行くにも途中で倒れられては堪らないので、休息と食事はしっかり摂らせるとの事だ。


「あとは池田殿の結果を御覧じさせてもらうさ。帰るぞ」


「はっ」


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 千種忠正は逃げる途中で馬を見付け、千種城への道をひた走る。大半の家臣は逃げる途中で見失ってしまったし、馬が1頭しか見付からなかったため付いてきた数人の家臣も置いてきた。

 とはいえ、部下達もいずれは千種城に帰還するだろう。


「くそ!滝川め~!こうなれば惣を招集して思い知らせてくれる」


 忠正は開いている城門に飛び込み、馬を止めて降りる。そして城内の異常に気付いてしまう。

 何故、城門が開いているのか。何故、見張りが居ないのか。何故、人の気配すらしないのか。

 忠正は状況を確かめようと奥に進み、声を荒げる。


「誰か!誰かある!」


 叫ぶ忠正。だがその声に応じる者は一人もいない。城内の様子は正にもぬけの殻であった。


「……何故だ。何故、誰もいない?……む?」


 中に進んだ忠正は人の気配を感じる。そこは城主の間というべき広間で、家臣達との相談の際に使う場所だ。

 忠正は意を決して襖を開き叫ぶ。


「誰だ!?そこに居るのは!?」


「よう、おかえりだニャー」


 返事をしたのは黒い甲冑に身を包む男。独特な語尾をしているが城主の座にすわり、威圧的に忠正を見ていた。

 自分の席に勝手に座るなと激昂しかけた忠正だったが、横から出てきた男に目の前を塞がれる。


「何奴!?」


「おおっと、お前の相手はこの俺だぜ」


 刀を手に掛け踏み込もうとする忠正の前の槍を構えた男が出てくる。槍は十文字鎌槍、隙の無い構えで達人だと思われる。


「くっ……」


(2対1か、不利だな。一度、脱出して部下達と合流を……)


 不利を悟った忠正が後ろを見た時には既に数人の黒甲冑の武者達が槍を構えていた。


「逃げようたって、そうはいかない。覚悟して貰おう」


(後ろに6、7人か。……相手は槍、間合いを詰めればっ)


 覚悟を決めた忠正は目の前の男を倒すべく、鋭く踏み込む。相手は槍、間合いさえ詰めてしまえば、刀の自分に分があると踏んだのだ。


「はあっ!」


 一息で男に迫り刀を抜き放つ忠正。しかし……。


「フン、……せいっ!」


 男は直ぐに槍を真ん中で縦回転させる。槍を返すという事だ。そのため槍の穂先は前から上を目指して回転する。と同時に下から回ってくるのが槍の尾『石突き』だ。忠正は下からの一撃で刀を跳ね上げられてしまい、更にそこから石突きは横薙ぎに変化した。

 踏み込んだ状態だった忠正は躱す事が出来ずに首のあたりを殴打され蹲る。


「ガッ、うう……」


「悪くない踏み込みだ。だが、相手が悪かったな」


「く、くぬぅ、おのれぇ」


「もういいニャー、才蔵」


 才蔵と呼ばれた槍使いの男が下がり、先程まで座っていた男が歩き寄る。忠正は痛みに耐えながらその男を見上げていた。


「……貴様、何者だ?」


「織田家犬山城主・池田勝三郎恒興だニャ」


「犬山城主……だと……何故ここに?」


 そう、この黒甲冑の男は犬山城主・池田恒興だった。槍使いの男は親衛隊長の可児才蔵吉長、後ろにいるのは親衛隊副隊長の可児六郎左衛門秀行と親衛隊の面々である。

 黒甲冑で軍色を統一した池田家親衛隊であった。

 黒という色はこの時代は強さの象徴の様な意味があり、信長の親衛隊時代から池田家はこの黒甲冑を身に付けていた。これはその名残である。

 また黒が死を意味する色になるのはもっと後で、西欧文化の影響である。日の本で死を意味する色は白なのである。(死に装束が白なのはこのため)


「お前には聞きたい事があるんだニャー。ニャんで傘下交渉を突っ張ねて抵抗した?それなりに好条件だったはずだニャー」


「……」


「そのせいでこうして這いつくばる破目になっている。『三木一草』千種忠顕の末裔ともあろう者がニャー」


『三木一草』。

 後醍醐天皇の寵臣である結城親光、名和長年、楠木正成、千種忠顕の四人を指してこう呼ぶ。

 千種忠正はこの千種忠顕の子孫であり分家であった。千種忠顕は後醍醐天皇に気に入られ、多数の領地を治める事になったが一人では治めきれないので、沢山の分家を作って分配したのだろう。

 だが南北朝時代に足利家との戦争で一つ、また一つと南朝方として消えていった。この忠正の千種家はその中の数少ない生き残りだった。勢力規模が小さかった事、幕府もなかなか手が出せない南朝方の大物、北畠家が伊勢にある事で生き残れた感じではなかろうか。


「……私が千種忠顕公の末裔だと分かっているなら理由など聞く必要は無かろう。何故、この私が!北朝の首魁に手を貸さねばならんのだ!」


「やっぱりソレか。古い話を何時までも引き摺りやがるニャー」


「黙れ!義昭なんぞ担いだとあっては、御先祖様に申し訳が立たぬわ!」


 千種忠正が誰にも言えなかった交渉破棄の理由。それは織田信長が足利義昭を担いだ事が原因であった。

 ただこれは惣の総意ではなく千種家だけの話なので、理由を言う訳にはいかなかったのだ。

 恒興は千種城に来る前から、この答えを予測していた。だから池田家の兵を使わず親衛隊のみで強襲したと言える。


「ま、そんなこったろうと思って親衛隊しか連れて来なかったんだけどニャー。才蔵、六郎、ここからは他言無用だ。漏らしたらお前らでも殺すニャ」


「口は堅い方さ、殿」


「はっ!他言致しません……ついでに才蔵も見張っときます」


「少しは信用しろよ!」


 まあ、あの調子なら大丈夫だろうと思い、恒興は忠正に向き直る。


「千種忠正、お前が本音を吐き出したんなら、ニャーも本音で話してやるよ」


「何だと?」


「お前、この足利幕府が長続きすると思うかニャー?将軍が何をするにも他人の助けが要るって情けなさ過ぎるだろうが」


 足利政権とはほぼ最初から他人の力なくして運営は不可能であった。少し語弊のある言い方ではある。その他人というのが一族の御連枝大名なのだから。

 つまり足利将軍としては信頼出来る一族という位置付けなのだが、御連枝大名は違う認識だったという事だ。何しろ分家として独立してから優に2、3百年経ている家もある。そのため足利宗家のためによりも自分達の家のためにという者が多かった。

 それでいて足利支族という肩書きは持ち続けている。これを利用して家の繁栄を図ろうとする者達ばかりとなった。

 そして足利家が政権を樹立した後はどうなったか?何と同じ御連枝大名こそが彼等のライバルとなっていくのである。政権樹立前から御連枝大名頼りの足利将軍家にこれを統制する力は無かった。

 それも無理はない。足利将軍家初代の足利尊氏ですら御連枝大名無しに戦争する事は出来なかったのだから。もし、彼に御連枝大名を統制出来る力があったなら、弟の直義に追い出されてはいないだろう。

 現状ではその御連枝大名ですら全て力を失っている。つまり幕府自体に力が残っておらず、何をするにも他力本願となる。


「?だから織田家がその力になるという話ではないのか?」


「ニャんでニャー達がそんな慈善事業に勤しまにゃならんのニャー。バカにしとるのか。今は利害の一致を見とるだけだニャ。信長様が真に支えたいのは京におわす帝だ」


「帝を……。いや、その帝とて北朝の……」


「帝に北朝も南朝もあるか。武家の都合で担ぎ出されただけじゃねーギャ」


「むう……」


 恒興は最初から足利幕府を見限っていた。そして織田信長にもそういう意志があると見える。何故なら信長は『斯波家』を名乗る様にとの義昭の要請を断っているからだ。これは織田家を御連枝大名扱いされたくないという意志に取れる。御連枝大名を名乗れば幕府内で大きく出世出来る事は間違いないのにだ。

 そこから推測しても織田信長はこの時点で幕府内での出世などどーでもよかったのだ。


『天皇制』。

 これだけは崩してはならない日の本の大根幹である。

 現在を一言で『戦国乱世』と言っているが、それほど乱れているだろうか?何処に攻めいるにも大義名分を必要とし、統治には官位役職家柄が大きく物を言う。勿論、実力も必要だが。

 お隣の国などもっと酷い戦国乱世がある。気に入らないという理由だけで簡単に1万人以上生き埋めにするくらいの。

 それに比べれば、日の本の乱世はまだ秩序がある。その源泉こそ『天皇制』なのだ。天皇が居て官位役職家柄を保証しているから、大義名分や統治名分になっている。

 つまり天皇制を失った時、この日の本は真の『戦国乱世』に突入する。人を殺すのに何の理由も要らなくなる。そして日の本に新たな秩序を建てるべく、夥しい血が流れるだろう。

 信長がそこまで考えているかは不明だが、天皇を敬う事は信長のみならず、日の本の民の共通認識であるので問題はない。ただ恒興はそこまで考えた上で信長の考えに従っているという事だ。


「少し利口になれニャー。一時の恥を我慢すれば、千種家はまた帝の力になれる。それこそ御先祖の本懐だろう?」


「義昭を担ぐのは一時だというのか」


「当たり前だニャー。大体、将軍ってのは何様だ?帝から代理人として任命されてるだけじゃねーギャ。つまりは誰でもなれる。そんなもの、後生大事にしてどうするニャ?」


 征夷大将軍位は源氏の氏長者しかなれないと言われているが、これは間違いである。

 最初の征夷大将軍である坂上田村麻呂は公卿であるし、鎌倉幕府でも公卿将軍に皇族将軍が居る。源氏の氏長者でなければ任命されないという話にはならないのである。

 そもそも征夷大将軍位とは『夷狄いてき(蛮族や未開人)を征服する将軍』という意味であって、幕府を作って全国を統治する権限が有る訳ではない。あくまで敵と戦うために武家や武士を統率する立場という事だ。既に拡大解釈されている訳だ。

 その意味で正しい征夷大将軍は蝦夷と戦った坂上田村麻呂と奥州を征伐した源頼朝だけだ。頼朝は奥州征伐と任命の順序が逆ではあるが。しかも頼朝は征夷大将軍就任を断っている、別に要らんと。

 源頼朝は鎌倉を奪取した辺りで既に武家政権(源家と呼ぶべきか)を作っていたので、今更、朝廷権威を必要とはしていなかったのだ。だがこれに関しては朝廷側が無理矢理受け取らせた。

 しかしてこれが拡大解釈の元だろう。『武家の棟梁が征夷大将軍位に就いた』が『征夷大将軍が武家の棟梁になる』に変化していったのだ。


「足利幕府でないとこの世は治まらんというのなら、ニャーだって支えようという気にはなるニャ。だが現実はどうだニャ?この戦国の大部分の責任は足利にあるだろうが。こうしてニャーとお前が殺しあってるのも足利に責任が無いと言えるか?ニャー達は幕府の失敗のツケを勝手に支払わされているんだよ!」


 南北朝の争乱は戦国まで尾を引いている。たしかに恒興と忠正が争っているのは北朝と南朝の問題だが、恒興が怒っている失敗はそこではない。

 南北朝の争乱は楠正成、北畠顕家、新田義貞らの討死と後醍醐天皇の崩御によって大体優劣が付いた。普通なら北朝方の足利尊氏の勝利だと思うだろう。その後も室町幕府が存在していくので尚更だ。……しかし、実は違う。ここからが始まりだった。

 そう、ここから始まるのだ、凄絶にぐっだぐだな『観応の擾乱』という内ゲバが。

 尊氏の弟である足利直義の派閥と高師直の反直義派閥が争い始めたのだ。まあ、よくある主導権争いと見れば分からなくもない。ただ、この混乱を収めるべきある人物の名前が無いのがおかしい。

 足利尊氏だ。彼が何をしていたかというと……両方にいい顔をしてオロオロしていただけだった。「お前ら、仲間なんだから仲良くしろよ」という風に。

 御連枝の多数を味方に付けた直義を持ち上げつつ、彼が師直の兵に追われると一転、出家を強要して軟禁する。直義は兄に裏切られたと思い、南朝方に身を投じる。これには数人の御連枝が同調する事態となった。

 その後、直義が勢力を拡大して京の都を抑えると尊氏は味方であった高師直を殺される。

 そこで尊氏は直義と和解する事になる。直義も師直は憎かったが、兄を殺す気までは無かった様だ。

 だが尊氏は最大与党だった高師直が死に、弟の信頼も御連枝の支持も失っているというのに、自分に逆らう事は許さんと空気読めない発言を皆の前でかます。その後も足利家当主として尊大に振る舞う。普通なら自分の支持者を失えば引退するなり、大人しくなるなりするものだが。

 どうも尊氏は直義と師直が争っていただけで、自分への信頼や人望は全く損なわれていないと考えていた様だ。

 そして尊氏はある行動を取る。それは……『南朝に降伏する』だった。何と戦ってきたんだ、この男はと言いたくなる。南朝方も唖然としただろう。

 この南朝への降伏は見せ掛けだった。これは統一朝を作って、その錦の御幡で直義を討つという策略だったのだ。御連枝大名を自分から離れられなくし、直義から引き離すために帝の権威を利用したのだ。そして統一朝となったため直義は亡命も出来なくなる。それを示す様に、尊氏は直義を討つと用済みとばかりに、京の都に戻った南朝軍を返す刀で再び追い散らした。この男、清々しいまでに自分の都合しか考えていない。


「それはたしかに……。では最初から本気で担ぐ気は無いと?」


「最初からという訳ではねーギャ。義昭と直接会って人となりを見た、その上での判断だニャ。アレは飾られてるだけで満足する人間じゃねーギャ。いつか信長様とぶつかるのが目に見えている。そんなヤツを担ぎ続ける危うさが分かるか?」


 足利義昭という男は将軍としては優秀な部類に入ると評価してもいいだろう。各地の紛争の和睦仲介や征伐など、多少の依怙贔屓はあるものの将軍としての仕事に取り組んでいた。だがそれは全て織田家の力を背景にした虎の威を借る狐状態だ。

 信長は織田家の発展と自らの栄達のために担いだのであって、便利屋みたいな部下扱いされたい訳ではない。ましてや織田家は御連枝の様な一族でもない。

 織田家を部下だと思っている足利義昭と自分の利益を見ている織田信長が相対するのは必然なのだ。義昭が自堕落な無能で、信長の意見にイエスしか言わないのであれば担ぎ続けたと思われる。

 それ故に足利義昭は『無能な働き者』になっていくのである。つまり『銃殺するしかない』訳だ。


「……そこで帝を持ち出そうという訳か」


「そういうことだニャ。これまた武家の都合で申し訳ニャいがな」


「ならば義昭など担がずに上洛すれば良かったではないか!それなら私とて……」


「残念だがニャー、織田家は未だに帝から見てもらえる程の大名じゃ無いんだよ」


「バカな、三国を統べる大名が……」


「それが都の力学ってもんだニャ。家格の高さでしか物を見とらんのニャー。信長様の織田家、織田弾正忠家は織田大和守家の分家でな、家格はかなり低いんだ。大半の公家には無視されてる」


 信長の織田家とは御連枝大名である斯波家の家老、織田大和守家……の家臣である奉行の家だ。つまり斯波家の部下の部下という事。

 織田家自体ですら『越前の神官風情』と言われるくらいで、信長の織田家は更にその傍流なのだ。普通の公家なら聞いた事ないわと門前払いしていてもおかしくない。この場合、相応の金銭を持って行かなければ相手にすらされないのだ。

 山科言継の様に名前より実益を見る人物でなければ見もしないだろう。


「織田家は都の公家達からは冷淡視されているといっていい。そして帝は外にはお出でにならず、その公家達から情報を得ている訳だニャー。さて、ただ上洛しただけで信長様は帝に拝謁出来るかニャ?場当たり的な低い官位を貰って、公家達にこき使われて終わるだろうニャ。……義昭を担がねばならない理由は理解したかニャ?」


「義昭を利用して帝に接近すると?」


「そういう事だニャ。朝廷は行事を行う資金を幕府に求める、普通の話だ。だが義昭に資金なんぞ有る訳無いニャー。じゃあ、誰が払うんだ?信長様しかいないニャ。こうなると公家達も信長様を軽視出来なくなっていく訳だ。分かるか?」


「そ、それなりには」


 朝廷は幕府に資金を求める。これは当たり前の話なのだ。そもそも武士とは徴税官なのだから。だから帝は武士の長を征夷大将軍に任命して武士達を統率させている、という建前になる。実際は将軍も武士も好き勝手にやってはいるが。

 だが一介の素浪人に等しい足利義昭に資金は無い。なので上洛が成功すれば、その資金は織田信長が出す事になる。そして公家達も資金の出所である織田家に注目せざるを得ない。これも魔性たる金の力というものだ。

 恒興はこの一連の流れに問題が有ると考えている。


「朝廷は幕府に資金を求め、幕府は最有力支持大名である織田家に命じ、織田家が資金を出す。そして朝廷は資金の出処である織田家を無視出来なくなるという構図だニャ。だが、コレ、おかしくニャいか?一つ要らないが挟まってんだろ」


「幕府か!?」


「そういう事だニャー。この話は信長様から帝に直接献上した方が早いんだよ。だからそのうち対立するって事だニャ。義昭を担ぐのは、信長様と朝廷を結ぶ準備に過ぎないって訳だニャー」


 そう、要らないのだ、幕府が。

 徴税官の長たる将軍が統治徴税出来ないなら、その組織自体が無意味な代物なのだ。この大原則を足利将軍家が忘却の彼方に忘れてしまっているのだ。

 まるで大名間の調停や支持者集めが将軍の仕事と勘違いしている節がある。この点は足利義昭も同じだ。

 結局、室町幕府内で一番朝廷に献金した人物というと『日野富子』となる。……8代将軍義政の妻で悪女として有名な人である。


「……と、ここまで本音を話したんだ、覚悟を決めてもらうニャー」


「……一つだけ聞きたい」


「ニャんだ?」


「太郎は、私の息子はどうなった!?妻は、ここにいた家人は!?」


「全員、蔵に閉じ込めたニャ。安心しろ、誰も死んどらんニャー」


「ふぅ……」


 家族の無事を聞かされた忠正は安堵の息を漏らす。だが恒興は更に厳めしい表情で忠正に宣告する。


「だがニャ、お前の返答次第で皆殺す。よく考えて答えろ」


「……」


「口封じに全員皆殺されるか、それとも……」


「……ゴクリ」


「織田家の傘下に加わって甘い汁を吸い続けるかをニャ」


「あ、甘い汁?」


 恒興はニヤリと笑って二択目を突き付ける。

 どんな厳しい選択を迫られるかと思いきや、忠正は呆気にとられた声を上げてしまう。何しろ既に城は制圧され妻と息子も捕えられている。厳しい条件でも呑まざるを得ない状況で『甘い汁』などと言われるとは予想できなかったのだ。


「そりゃそうだろ、御先祖の本懐を糧に、霞でも食って生きてる訳じゃねーよニャー?利益は必要だろが。織田家の後援を得れば、千種家を中心に纏まっている『惣』の連中を従わせられる。お前だって『惣』の連中の過剰な要求に辟易しているはずだニャ」


「う、それは……」


 惣とは所詮、自分達の都合で寄り集まっているに過ぎない。戦になるというのであれば皆も必死に戦うだろう。何しろ次は我が身なのだから。

 だが平時においては自分達の都合ばかり優先させようとしてくるのだ。

 これには忠正も毎度辟易していた。


「千種家だけで大義を為したいと言うのであれば、ニャーはもう何も言わん。皆殺す、そのために親衛隊のみで来たんだからニャ。だが形はどうあれ帝の支えになりたいと言うのであれば降れ。ニャーはそのために日夜計略を練っている。それが信長様の願いだからニャ」


「織田家は千種家を使って面倒な『惣』を片付け、千種家は織田家の力を使って『惣』を平らげ1、2万石の大名に躍進する……か。たしかに甘い汁だな」


「さあ、答えを聞かせてもらうニャ」


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 数日後、滝川一益が治める桑名城に来客があった。千種次郎大夫忠正であった。

 彼は恒興と話した後に精力的に動き、惣の中の支持者をまず家臣として取り込んだ。織田家の勢力を背景にして、千種家がこの辺りを治める権利があると説いたのである。

 それに反発されない様に家臣になった者達の所領はそのまま安堵する事も条件に入れた。


「報告は以上だ、滝川殿。これからは与力としてご助力致す」


「よく来てくれた、千種殿。援軍が必要ならいつでも言ってくれ。上洛も近いことだし、早期に混乱を収めたい」


「ありがたい。だが惣の大半は家臣として降ったので、残りも諦めるだろう。上洛までには間に合わす所存」


 抵抗しているのは数人という有様だった。元々、彼等は織田家の元で安寧に暮らす事が目的の者が大半だったからだ。領地さえ安堵されれば、上が織田家でも滝川家でも千種家でもいいのだ。

 結局、大矢知知房が現在も反抗している。彼は単独で滝川一益と交渉しようとしたが、一益は門前払いしている。そのうち諦めるだろう。


「頼むぞ。よろしく滝川軍の一翼を担ってくれ」


「ははっ!」


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 報告を終え、上機嫌で帰ってきた忠正を、彼の妻が出迎える。そして上着を脱がせながら恐る恐る忠正に尋ねた。


「あの、殿。これから織田家に仕えるのですか?」


「うむ、千種家も大きく出来たし、太郎に良い状態で継がしてやれる。お前も正室として頼むぞ」


「……殿、私はこれから織田家の方々と付き合うと思うと……」


「ん、何かあったのか?」


「うう……犬山城主、怖いです……ううう~……」


 普通に考えてほしい。一番安全な自宅で子供と過ごしていたら、何の前触れも無く突然、武装した軍隊に襲われたのだ。怖くない訳がない。そして彼女も子供も家人達も問答無用で取り押さえられたのだ。


「あ、いや、大丈夫だ。織田家の集まりは私と家臣で行くし、付き合いが有りそうなのは上役の滝川殿くらいだから。なっ」


 震えながら泣き出した妻を必死で慰める破目になった忠正であった。


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「そうか、大儀であった、恒興。これで一益の軍団も出れるか」


「はっ」


 恒興は岐阜城にて事の次第を信長に報告していた。その報告に信長も満足そうだったが、ふと思い出した様に話題を変えた。


「それと恒興、お前の所で人買い商人を捕らえていたよな?」


「はっ、40人弱ですニャー」


 犬山では現在までに40人弱の人買い商人を捕えていた。渡辺教忠の刺青隊による成果である。

 それを聞いた信長は冷めた目をして恒興に命じる。


「処刑しろ。上洛前に」


「畏まりましたニャ。明日にでも木曽川の河原ではりつけに処します」


 恒興はそれに動じる事もなく、淡々と受け答える。その実、恒興は信長の命令を待っていたのだ。


「……その様子だと準備は既にしてやがったな。オレの命令待ちしてたのか」


「もちろんですニャー。信長様の名前で行えば、京におわす帝の覚えも目出度くなるでしょう」


 これは信長の名前で行い、信長は帝の命令を忠実に守る者であるとアピールするためなのだ。これだけで帝に会える訳ではないが、こういう事実を積み上げておく事も大事である。


「ニャーは既にヤツラの罪など問う気はありませんから。その身、その命をもって世の人々に示して貰うだけですニャ。『人買いの末路』を」


 恒興は人買い商人を捕らえても尋問などは大してしなかった。彼等は全て『現行犯逮捕』なので言い分を聞く気もない。

 彼等の役目はただ一つ、世の人々への見せしめのみである。


「その通りだな。あとは公方様の名前も入れとけ」


「公方様もですかニャ?」


「ああ、お前の話を何処からか聞き付けて要請してきた」


「中々に目敏めざとい御方ですニャー。歴代将軍でも改善出来なかった事をやる、だから自分こそが将軍に相応しい。そう世間に喧伝するつもりでしょうニャー」


「それくらい分からないようじゃ、担ぎ甲斐もねぇよ。わかったな?」


「はっ、滞りなく進めますニャー」


 その次の日、木曽川の河原で磔が行われたという。一応、犬山から離れた場所で行われたが布告はあったため見物人は数多く集まったという。

 その処刑に立ち会った恒興は全くの無表情で、人買い商人の命乞いに耳を貸す事も無かった。そのため恒興は周辺の人々から法を犯す者には厳正な処罰を実行する者と畏怖されるようになる。


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【あとがき】

恒「今回の大義名分はずばり、『小作人を救う』だニャ。強きを挫き、弱きを助ける戦国ヒーローにニャーはなる訳だ」

べ「残念だけど、それは欠片も大義名分にはならないよ」

恒「ニャんでだよ?」

べ「小作人制度は違法でも取り締まる人間がいないから常態化している。だから小作人を助けようという人はいないし、解放するべきだと考える人もいない。違法が常識になってるんだ。小作人がいてもおかしいと感じないから、助ける事が大義名分になったりはしない」

恒「じゃあ大義名分は何ニャ?」

べ「もっと直接的なものだよ。使い古されていると言っても過言じゃない。ある宗教はいつもそれを使って攻撃してたしね」

恒「宗教?」

べ「べくのすけは特定の宗教を貶める気はないから名前は出さないよ。こんな感じさ『ウチの信徒に手ぇ出しやがったな!37564だ、エイィィィィメエェェェェン!!』」

恒「OK、分かった。もうヤバイから黙れニャ!」


恒「更に足利尊氏ファンにもケンカを売るべくのすけであるニャー」

べ「ファンの方には申し訳ないですニャー。でも尊氏さんファンはそんなに多くないと思ってる」

恒「ニャんでだ?幕府初代だぞ。それこそ源頼朝や徳川家康くらいの人気は有るんじゃニャいのか?」

べ「実は尊氏さんは最近まで反逆者扱いだった。後醍醐天皇に逆らって政権を建てたからね。規制されてる訳じゃないけど、あまり題材には上がらない。戦国や源平は数多いのにね。再評価の動きは……あるのかな?更にいうと尊氏は統一朝を作るために北朝の帝を廃し南朝の帝を認めた。でも直義を討つと南朝の軍を追い払って、また北朝の帝を立てたんだ。皇室すらも自分の都合で利用して、帝の即位廃位も決めてしまった。ここまでしたのは流石に尊氏さんくらいじゃないかなー」

恒「そういえば学校の授業でも駆け足な記憶だニャ。尊氏ちょこっと、義満長々と、義政長々と。あとは秀吉まですっ飛ばされた印象」

べ「まあ、学校では戦史なんてあまり取り上げなくて、文化的な面を優先してるからね。本当なら尊氏さんの件は国の大事を揺るがす政治事件だと思うけど」

恒「ニャんだかなー。あとべくのすけは日野富子を何故か擁護している様に思えるニャー。応仁の乱を起こす原因になった悪女なのに」

べ「ああ、それね。ウソなんだ」

恒「え?息子を次の将軍にするっていう話かニャ?」

べ「それ、義政さんなんだ。次の次だけど」

恒「どゆことニャー?」

べ「義政さんは子供に恵まれなかったので弟の義視さんを後継者にした。その後、義政さんと富子さんの間に待望の嫡子・義尚さんが誕生した」

恒「事の始まりはそうだニャ。その後、我が子を将軍にしたい富子が山名宗全に……」

べ「義政さんは我が子を将軍にしたいと考えて、弟の義視さんにこう言う。『義視の次は義尚を将軍にしてくれ』と。弟の義視さんはこれを快諾した。だがここに異議を唱えた人が『室町幕府政所執事・伊勢貞親』さんだ。彼は義視さんには既に息子がいるのだから将軍職は返ってこないと義政さんに進言した。更に謀反を企てているともね。……というのも義視さんに将軍になられると貞親さんの政治的権力が下がるから困るんだよ」

恒「あれ?」

べ「それを聞いた義政さんは義視さんに切腹を申し付ける」

恒「ニャんか話が飛躍した!」

べ「意味が分からないけど、いきなり兄に殺される事になった義視さんは逃げた。その逃げた先が彼の祖父『四職・山名宗全』さんの所だ。人の孫に何をしてけつかんねんと怒った宗全さんは娘婿の『管領・細川勝元』さんと手を組み、伊勢貞親さんを軍勢にて追いつめた。ついでに将軍も追いつめて切腹を撤回させた」

恒「んん?東軍大将と西軍大将が手を組んだのかニャー!?」

べ「娘婿だし、普通だと思うけど?そしてこの二人に共通しているのが伊勢貞親さんは政敵であった事」

恒「おーい、結局自分都合かニャー……」

べ「まんまと政敵を葬った二人だったけど、今度はどちらが幕府を差配するかで意見を違える様になる。そこに畠山家の相続問題が絡み敵味方に分かれる事になる。ここから『応仁の乱』が始まる。そして旗頭を求める様に義視さんと義尚さんが担ぎ出されていく訳だ」

恒「……日野富子、絡んでニャいぞ。じゃあ今までのは何だったんだニャー」

べ「それは『応仁記』という創作だよ。間違っても歴史書扱いしてはいけない。どうも細川家あたりの人が書いたのでは?という疑惑があるんだ。だって細川勝元さんは将軍の命令を忠実に守った忠臣の様に書かれ、乱の原因は全て日野富子さんと山名宗全さんにあるという風に書かれている。と言うかねー、幕府の執政を担当していた伊勢貞親さんを失脚させて、政治は機能不全を起こしていたんだ。細川さんも山名さんもこれを解決出来ないのに権力奪取に腐心していた」

恒「政府官僚を追い出して総理大臣になりたがっていた訳かニャー。現代で例えると」

べ「国を動かしているのは政治家じゃない、政府官僚だよ。言ってしまえば政治家は頭で官僚は手足なんだから。頭だけあっても何も出来ないのにね。これを改善したのも日野富子さんだ。実家から兄弟親戚を連れてきて実務に当たらせていた。彼女の登場はこの辺りからなんだ」

恒「じゃあ日野富子は悪女じゃニャいって事かー」

べ「何を以て『悪』とするかによるかな。関所を立てまくって税を徴収したのは事実だし、米転がしで大儲けしたのも事実。東軍西軍両方の将にお金を貸し付けたというのは弾劾した人の勘違いだけど。お金の使い道は芸術三昧の夫と重度の財政難になってた朝廷への献金だろうね。日野富子さんが居なかったら、我々は天皇制を失っていた可能性すらある。彼女は公家の家に産まれた者の責務を果たしていたとべくのすけは勝手に解釈しているだけだよ」

恒「そう聞くと立派な人の様な気がするニャー。となると、乱の原因を作った上に遊び呆けているヤツが……」

べ「文化芸術面の功績は素晴らしいよ。産まれる所、間違った感じかな」(汗)

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