清州の楽市楽座
季節は夏に差し掛かろうというある日、信長は前々からの計画を始めようと決意した。それは上洛する前にどうしてもやっておきたいものであった。
「お濃、オレはやるぞ」
「何をですか?あと、耳かきの最中に動かないで」
「いきなり水を差す様な事言うなよ」
耳かき中に動くなと帰蝶に諭され、苦い顔になる信長。それで痛い思いをするのは信長自身なので言う事は聞くが。
「はいはい、それで何ですか?」
「オレの大目標の一つ、『自由経済』だ」
信長は先代の頃から蓄積した情報を元に自由な商売を奨励しようとしていた。それはその昔、六角家が行ったという『楽市制』である。これを清州の城下町で開催し、ゆくゆくは織田家支配地域全体で行うつもりであった。そしてこの経済政策の趣旨は『商人を集めて商業を活発にする』事である。座制を廃止し小粒な商人を稼がせて育てる、又は他国の商人に座に縛られない餌場を与えて引き寄せる事を目的としていた。
これにより織田家は更なる利益を出すと共に経済の発展を狙うという壮大な規模の経済政策『楽市楽座』を開始した。
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その楽市楽座開始から一週間後、恒興は津島会合衆の茶会に参加するついでに清州を見て行こうと考えた。今回の茶会は会場が清州の隣の津島なのでちょうど良いと思ったのだ。
そして楽市楽座には気になる事もあるのである程度兵も連れて行こうと可児才蔵も捜していた。
「政盛、敏宗。お、才蔵も一緒か。ちょうど良かったニャー」
「あ、殿。才蔵と町の巡回について話があったので」
「何かあったんですか、殿」
恒興が捜した先には政盛と敏宗と才蔵が話し合っていた。話題は親衛隊の治安巡回についてだ。
親衛隊の平時の任務は稽古と町の巡回と恒興の護衛となっている。犬山の城下町がかなり拡張しているので新しい巡回路の設定と人員配置を話し合っていたのだ。
「信長様が清州で楽市楽座を始めたのは聞いたかニャ?」
「噂程度には。流石は信長様、大胆な事をなさると感じております」
「その楽市楽座で気になる事があるので付いてきて欲しいんだニャー。ついでにニャーは津島会合衆の茶会に出席するんで敏宗は護衛を頼む」
「はっ、お任せくだされ」
恒興は茶会に出席する際の護衛に敏宗を指名した。才蔵は親衛隊長なので連れてくると部隊ごと来てしまうし、部隊を置いて来ても部隊長がいない親衛隊は動けなくなる。政盛は雑務が多い上に護衛としては微妙だからだ。
「才蔵、今すぐ動ける親衛隊は何人だニャ?」
「大まかに100ってとこかと」
「じゃ、それでいいニャー。政盛も来てくれ」
「はい、お伴します」
恒興はこの三人と親衛隊100名を連れて清州に向かう。
到着した清州の町は異様な熱気と活気に溢れていた。通り道だけ決めてあり、所狭しと人々がゴザを敷いて商売をしていた。そして飛び交う客引きの声に恒興達の話し声さえ聞こえないほどだったが、それは一斉に止んでいく。どう見ても上級の侍が兵士を引き連れてくればこうなるだろう。
「中々、盛況ですね」
「そりゃ誰でも商売出来るとなれば流行るでしょ」
「まあ、才蔵の言う通りだニャー」
そんな周りの空気などお構い無しに恒興達は市場に並んでいる商品を検分していく。そして敏宗と政盛がある品が堂々と店先に出されているのを見付ける、どう考えても問題のある品物を。
「殿、あれはまさか!?」
「あ、あれって、仏像ですよね……」
「……やっぱりこうなったか。才蔵、親衛隊を展開させろニャ!」
「応!」
恒興は才蔵に命令を出して問題の品物を扱う山賊にしか見えない男に近付く。
「おい、ちょっといいかニャー?」
「へい、らっしゃい!安くしとくよ……ゲエッ!?」
男は怒りを抑えた様な形相の恒興とその後ろから睨み付ける侍達に声を上げて
「テメエ、この仏さん、どっから盗んできやがったニャー」
「や、やだなぁ、お
「ほう、それじゃ、この掛け軸も墨慶のかニャ?」
「そう、そうですぜ」
恒興の問いに男は居るかどうかも判らない者の名前を挙げた。その目は既に泳いでおり恒興は嘘をついていると見切った。だから掛け軸(墨書)の作者の名前でカマかけてみたが、案の定、男は引っかかった。
そして恒興は掛け軸を開いて一言。
「ふーん、天曜院清愁ってなってるけどニャー」
「……」
「……」
「やべっ!」
男は引っかかった事に気付き、恒興とは反対方向の路地に逃げ出す。
「才蔵!逃がすニャ!」
「せいやぁ!!」
「ぐへぇっ!?」
恒興の号令と同時に才蔵が前に踏み込んで男に一撃を加える。脳天からの一撃を食らった男はその場で昏倒した。才蔵の一撃は大振りであったにも関わらず、男以外、商品にも一切キズを付けない見事なものだった。
「ふっ、峰打ちだ。俺から逃げようなんざ100年早えわ」
「よくやったニャ、才蔵。……しかしやっぱりこうなったか。木魚に経典の写本、経机、五具足、曲録……。どれもこれも寺に有る物ばっかじゃねーギャ」
木魚はお坊さんがお経を読みながら叩く物。五具足は仏壇の香炉、花立x2、蝋燭立てx2の五つの事で、この時代は大体寺にに有るのが主流。そして曲録はお坊さんが座る椅子の事である。
大体、寺にしかない様な商品が並べられており、恒興は大きく嘆息した。
「殿、これってもしかしなくても『盗品』ですよね」
「政盛、盗品の流通は津島会合衆が厳しく見張っているはずじゃないのか!?」
「それだニャー。この『楽市楽座』の最大の欠点は盗品の流通に歯止めが効かないって事ニャんだ」
「そりゃどういう事で?」
「津島会合衆の管理体制は会員認可制ニャんだ。つまり会合衆に参加している大店が会員でそこから小店に認可を出している。当たり前だが大店は小店の商品をキッチリ見張っているんだニャー」
「はい、私もその様に父から聞いております」
津島会合衆の座の体制は会員である大店が仕切り自分の店の商品を出す。だが民衆に需要のある全ての商品を大店だけで扱うのは現実的ではない。それぞれに得意分野があるからだ。得意分野ではないからといって需要のある商品を扱わない訳にはいかない。故に小店を傘下にして隙間を埋めるのである。
小店も傘下になったからといって、別の座に店を出せない訳ではない。契約通りの品物を出せるなら、いくつ掛け持ちして傘下になっても良い。ここら辺は大名と全く違うところだろう。
なので基本的に認可を出した大店が小店の商品を監視する体制が出来上がっている。
「だが楽市楽座は小店ですらない商人とも呼べない小者が有象無象にいるから見張り切れニャい。また認可すら必要としないから商品を検査する名目すら無いんだニャー」
然るに楽市楽座では認可など受けていない商人と呼べない者達が大量発生する。農家が地産品を持ってくる、職人が工芸品を持ってくるなどは別に良い。一番問題なのは盗賊や山賊が盗品を売り捌く事だ。つまり犯罪組織の換金場所になっているのだ。
「殿、俺は商売についてはよく分からんが、コレってヤバイんじゃ」
「ヤバイなんてものじゃないニャー。とにかく敏宗と才蔵は親衛隊を半々に分けて清州を巡回しろ。怪しい商品があったら即座に差し押さえるニャ!」
「「はっ!」」
「政盛は清州城から暇そうな侍を全て駆り出してこい。ニャーの名前を使って構わん!」
「直ちに!」
三人が慌ただしく散っていくと、恒興はまた大きな溜め息をつく。こうなる事は分かっていたのに『楽市楽座』の事を思い出すのが遅れた自分が恨めしく思った。この一週間でどれほどの被害が出ているかなど考えたくもないほどに。
そしてこの『楽市楽座』に津島会合衆がどう反応するかも考えたくもなかった。
「はぁ、ニャーは茶会に行くか。何言われるやら怖いニャー……」
各人に命令を出した恒興は残った数人の親衛隊員と共に津島会合衆の茶会に参加する。事前に参加を通達しているので今更キャンセル出来ないのだ。そして恒興はその茶会でとんでもない事を言われる破目となる。
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津島会合衆との茶会の翌日、恒興は小牧山城前にいた。
そして何故か林佐渡もいる、示し合わせた覚えはないが用件が同じな事ぐらいは分かる。
「よぉー、恒興。こんな朝早くからどーしたのさ」
「佐渡殿こそ、何かあったのですかニャ」
「んー、ちょっとな。それより清州の楽市楽座は大盛況だってな。聞いたか?」
「ええ、もちろん。開始一週間で阿鼻叫喚の渦ですニャ。ニャハハハハ」
「アハハハハ、何さ、それ」
楽市楽座は大盛況であった。何しろ座の制限を受けず、許可も要らずに商売が出来るのだ。それ故、付近の農民であっても参加出来て連日大賑わいであった。
そして恒興と林佐渡はお互い笑いあった後、急に厳しい顔付きに変わる。二人ともだ。
その事からお互いが同じ用事でここに来たことを悟った。
「フゥ、……それじゃあのバカ殿を止めに行こうか」
「はい、お供しますニャ。これ、普通に織田家の危機ですからニャー」
「やる前に相談しろって、アタシは何度言ったんだろうね」
「そのお気持ち、お察ししますニャー」
恒興と林佐渡は信長に謁見を申し込む。大至急と。
本当なら信長の私室まで乗り込みたいくらいの事態だが、そこはぐっと堪えて信長の返事を待った。
そして二人は広間にて信長と接見する。信長に到ってはかなり上機嫌で終始笑顔であった。恒興と林佐渡の顔は非常に暗いが。
「どうしたんだ、二人とも。お前らが揃って接見とか珍しいな」
「城の前でバッタリ会ってね。同じ用件だから一緒に来たのさ」
「はい、ニャー達は楽市楽座の件で来たのです」
「おお、楽市楽座か。あれは大成功だろ!オレも長年計画してきた甲斐があったってもんだ。で、何だ?二人して祝いの言葉でも述べに来たのか?」
「殿、ご満悦のところ申し訳ないんだけどね。アタシらがそんな顔してるように見えるのかい?恒興から報告しな」
悦びに沸く信長を余所に厳めしい顔で座る林佐渡は恒興に話を促す。林佐渡は解っていたのだ。楽市楽座がどんな影響を及ぼすか。それに対し、いの一番で恒興が文句を受ける事も。何故なら彼は『津島奉行』だからだ。
恒興も申し訳なさそうに口を開いて報告をはじめる。
「はい、実はその楽市楽座なんですが、津島会合衆から非難轟々ニャんです!このままなら織田家との関係を見直さなければならないと」
「な、なんだとぅぅーっ!!」
「清州の楽市楽座が儲かるという事はなし崩し的に津島会合衆の利益を奪っている行為ニャんです。ニャー、茶会に行ったら詰め寄られました。織田家は津島会合衆を見捨てるのかと」
「い、いや、オレはそんなつもりは……」
当然の話なのだが清州の楽市楽座が儲かるという事は周辺の座(市場)は儲からないという事だ。それは濃尾勢に広く根を張る津島会合衆にとって無視出来ない損益となる。
このため恒興が恐る恐る津島会合衆との茶会に出席したら、商人全員に詰め寄られる事態となった。このままでは津島会合衆が織田家から離れる事態にも為りかねず、恒興は小牧山城にすっ飛んできたという訳だ。
では津島会合衆と手を切ったとして、楽市楽座だけで商売が成り立つだろうか?答えは大量の餓死者が出る事態になる。その前に大規模な一揆も起こるだろう。
そもそも楽市楽座に参加する者達は商人とは呼べない小者や農家が中心で、品物の安定供給など不可能である。自分の生産品でちょっと小銭稼ぎをする者が大半、無くなれば販売を止めてしまう。これで人口の多い濃尾勢の人々の食を賄うなど愚の骨頂である。
ちゃんとした商人という者は永遠に稼ぎたいからこそ、商路を確保し、商品を大量に仕入れて、極力過不足の出ない様に各方面に分配しているのだ。これにより遠くに行けない農家でも特産物を買い取ってもらい、生活必需品を買って生活していける様になる。
つまり信長の楽市楽座は津島会合衆の利益を侵害し、遠方の農家の首を締め、更に織田家を崩壊させかねない危険極まりないものであった。
しかも被害はこれに留まらない。
「更にヤバイ事に盗品の流通に歯止めが利きませんニャ。商人とも呼べない小者が多すぎて、会合衆の検査機能が働かないのです。横流し品と盗品の見本市になってきてますニャー」
「そ、そんなバカな!?」
「何で六角家が楽市制を止めたのか考えなよ。盗品が増えるって事はそこいらで強盗が起こっているって事だよ。治安がマッハで悪化してんぞ」
この楽市楽座で最もヤバイ話は盗品の流通が容易という事だ。こうなれば金欲しさに強盗や押し買いをする者が大量発生する。
それを防止するためにも津島会合衆は商人同士で監視しあい、また怪しい者を告発して盗品を流通させない様にしている。これが治安の一助にもなっている。
然るにこの楽市楽座では対象となる者が多すぎて、津島会合衆の検査機能が麻痺状態に陥ったのだ。
「次はアタシからとびきりの凶報を聞かせてやるよ」
「まだあんのかよ!」
「長島が臨戦態勢に入った。寺の利益を奪う行為だってね」
「長島……本願寺か?」
「そーだよ、ヤツラ以外いねーよ。殿は尾張を加賀国にするつもりなのか!」
清洲の楽市楽座の効果は長島周辺にも及んでいる。当然本願寺が管理する座にも被害が出ており、長島は信長の攻撃だと色めき立った。現在は長島願証寺の現住職・証恵和尚が必死で信者を宥めているとの事。だがこの楽市楽座が続けば蜂起する事は目に見えていた。
一応恒興は長島用に対策を打ってはいるが、まだ成果が出るには早すぎる。恒興としてはこの時点での蜂起は何としても阻止したい。
「平手政秀がブチ壊しにしてくれた本願寺との仲を、アタシが頑張って宥めすかしてようやく大人しくなったんだぞ!」
「え?平手政秀?じいがそんな事してたのか?」
平手五郎左衛門政秀。
信長の傅役で附家老として有名な織田家きっての外交官である。一般的な印象は信長の奇行に悩まされる好々爺ではないだろうか。
「そーだよ、何かっつーと『棍棒外交』するアイツのせいだよ。殿は知らないかもね、ご先代が本願寺の座を押領したんだけどさ」
「ああ、それで本願寺との仲が悪くなったんだよな」
「主導したのは殿の『じい』なんだよ。アイツが他の三奉行家に協力したとかいちゃもん付けて寺に圧力を掛けたんだよ。焼かれたくなけりゃ座を明け渡せってな!」
「えー、じい、そんな事してたのかよ。ひくわー」
平手政秀は織田信秀の右腕として活躍した家臣である。その信秀の政策である津島商人の利益拡大の為、政秀は他の三奉行家である織田藤左衛門家と織田因幡守家の座を盛んに押領した。この行いは主家である織田大和守家の逆鱗に触れてしまい戦となったほどだ。
この戦いは引き分けに終わったが、これ以上織田大和守家を怒らせる訳にいかなくなった政秀は代わりに
「更に荒くれ者を座に派遣して暴れさせるわ放火するわで、寺が座を放棄する様に仕向けたんだよ。そのおかげもあって平手政秀はその時の本願寺法主から名指しで『
「マジかよ!?」
そのやり方は徹底していた。座に客がいれば妨害し、放火し、荒くれ者を金で雇って暴れさせた。
末寺に兵力などある訳もなく為されるがままとなり、寺は座を放棄していった。そうなると末寺は本願寺総本山への上納金(看板料とでも言うべきか)が納められなくなった。尾張の末寺が揃って上納金を納めなくなったのを疑問に思った本願寺証如法主は末寺の聞き取り調査をした。上納金を納めないという事は破門にされても仕方の無い行為だからだ。そして調べる内に平手政秀の所業が明らかになったのである。
証如法主は大激怒し平手政秀を名指しで『
平手政秀とはこういう棍棒外交こそ得意とする人物である。
一応、平手政秀だけの独断でやっていた訳ではない。信長の祖父・信定もやっていたし、信秀の代では更に輪を掛けて寺の座を押領している。政秀は主命に従っているだけだ。何しろ信定と信秀の所業を記した訴状の下書きが現代に残っている。おそらく訴えは織田大和守家に出されたと思われる。
彼等は織田弾正忠家1万石弱を大きくするために手段など選んでいる余裕はなかった。取れるものは取る、取れるだけ取る。戦国の大名として主家を上回るほどの勢力を築いた彼等がまともな手段ばかりでのし上がれる訳がないのだ。結果、多方面に恨みを買いまくった。
こうして信長は周り全部爆弾まるけの織田弾正忠家を継承したのである。
「だからアタシはアイツが大っ嫌いなんだよ!アイツの『棍棒外交』のおかげでこっちがどんだけ苦労したと思ってんのさ!」
林佐渡は平手政秀の政敵であった事は有名である。一説には政秀を自害に追い込んだのは林佐渡だと噂されるほどだ。
他には信長の奇行を諌めるために切腹したとか、信長と馬を巡る騒動から自害したとも言われている。
「頼むからこれ以上本願寺を刺激しないでよ。尾張が焦土になって困るのは殿だろ」
「お、おう。……恒興」
「はいですニャー」
「本日を持って『楽市楽座』を終了する。会合衆には一時的なお祭りみたいな物だったと言っといてくれ。これでいいな、佐渡」
「ああ、撤収作業はアタシがやっとく」
「頼むわ、少し休む。両名とも下がれ」
「「ははっ」」
そう言うと信長はしょんぼりした様子で広間を出て行った。
流石に淋しそうな後ろ姿に恒興は何とか楽市楽座の存続を考えたが無理だった。元々あの楽市楽座には無理がありすぎる。
恒興は前世の記憶の楽市楽座を覚えている。安土の楽市楽座だ。だがあの時には既に楽市ではあったが楽座ではない、許可制になっていたからだ。理由は簡単で盗品の流通である。この監視のために安土の楽市は織田家の許可制とせねばならなかったのだ。そして品物を監視するため場所も人数も制限しなければならなかった。このため信長の『楽市楽座』は限定的なもので全く広がらなかったのだ。
つまり完璧な楽市楽座など出来ようはずもないのだ。清洲の市には何処かから盗まれたと思われる仏像まで売りに出される始末で、恒興が押収して現在持ち主を捜索中だ。
更に今回は津島会合衆まで絡んでいる。楽市をやるにも彼等の影響力の無い場所でやらねばならない。そしてそんな場所は織田領のどこにも無いのだ。
恒興は自分の不甲斐なさを悔しく思った。
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信長は広間から出ると正室の帰蝶の部屋に直行した。そして部屋にいた彼女を座らせ、その太股に顔を埋める。膝枕をさせ不貞腐れているのだ。そして彼女相手に愚痴りまくっていた。
「何だよ、何だよ、佐渡も恒興も。オレを苛めてそんなに楽しいのかよ」
「あのね、殿。膝枕をするのはいいけど、そこで泣かないでよ。着物が汚れるじゃない」
「泣いてねぇよ!くそう、嫁までオレに冷たい!」
「でも林殿や恒興君の言う事はもっともよ」
やれやれといった感じで帰蝶は呆れる。既に長々と信長の愚痴に付き合った彼女は話の大体のところを察していた。
帰蝶も知っていたのだ。父である斎藤道三が楽市楽座をやるために如何に苦心していたか。その最たる問題が利権調整である。
基本富というものは有限である。楽市楽座で新たに利益を出すなら、それは他の利益を奪う事に他ならない。結局、道三はそれを強行しようとして多方面に恨みを買った。
その事をよく知る帰蝶は恒興や林佐渡の諌言は仕方ないと思う。大体それで津島会合衆が離れ一向一揆が暴れる事になれば、それこそ経済発展どころの話ではない。
「何かしようにもこの世はしがらみばかりなんだから。それが壊れない限り難しいんじゃないかしら」
「まあ、そうだな。……?……そうだよな?……そうだよ、それだ!」
帰蝶の言葉を聞いた信長は、はっと気が付く様に起き上がる。そして嬉しそうな表情で破顔して帰蝶の両肩に手を置く。
帰蝶は信長の豹変振りに何事かと驚く。
「?いきなりどうしたのよ?」
「そうだ、そうだよ。何でこんな単純な事に気が付かなかったんだ。お濃、お前頭いいな!」
「え?はい?」
「しがらみが邪魔ならぶち壊してやればいいんだよ。何でこんな単純な事が解らなかったんだ、オレは」
「あのー、ちょっと、殿ー?」
既に信長には帰蝶の声は聞こえていなかった。彼は立ち上がると部屋の外に出て叫ぶ。
「誰かある!」
「はっ、何で御座いましょう?」
「兵を集めろ!出陣する!」
「え?」
「え?じゃねえよ。とっとと集めろ!」
「は、ははっ!」
「よしっ!お濃、ちょっと行って来るぜ!」
「はい、いってらっしゃいませ。……良かったのかしら?」
言うが早いか信長は早足で廊下を歩いて行った。その後ろ姿を帰蝶は呆然としながら見送った。
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恒興は小牧山城から帰ってきた翌日、色々な報告書に目を通していた。清州における楽市楽座の効果と被害についてが主である。これを調べる事で今後の対策を練ろうというのだ。
恒興は信長の性格をよく熟知している。自分が3歳の頃にはもう一緒に居たからだ。そのため彼が一度の失敗で諦める人物ではない事もよく知っている。必ず次の楽市楽座をやるはずだと。
その時のためにも津島会合衆との妥協点、周辺への根回し、座への影響などを細かく調べようと思った。要は如何に不満を出さず、問題点を解決するかによる。恒興は今度こそと思い決めて報告書を読み解く。
そこに加藤政盛が慌てて恒興の元に駆け込んできた。
「殿ー!!急報です!!」
「騒がしいぞ、政盛。人の上に立つ者は常に余裕を部下に見せねばならんものだニャ」
「それどころではありません!信長様が小牧山城から出陣されたとの報告が!」
「ニャんでやねぇぇぇーーーん!!!???」
とびきりの凶報に恒興の余裕は粉微塵に吹き飛んだ。藤が使っている関西弁が出てしまうほどに。
「昨日の今日だぞ!信長様は今どこニャ!?」
「信長様の軍勢は既に一宮を進軍中、墨俣に向かっております。その数1万!」
(1日で1万もの軍勢を出陣させた?これが小牧山城の効果か。墨俣という事は狙いは稲葉山城だニャ。っていうか、もうソコしか残ってねーギャ)
信長が小牧山城を造った目的の一つに即応軍の編成がある。その為に小牧山城下には足軽長屋が多数置かれ、城下町と呼ばれる物は存在していない。ここに家臣と傭兵を住まわせる事で農村から民兵を徴集する時間を無くし即座に出撃出来る体勢を作ったのである。
また小牧山城は大型の城なので物資の蓄積も可能。1万の軍勢に必要な物資を最初から備えていた。
「政盛、今すぐ動ける部隊はどれくらいだニャ!」
「今すぐなら親衛隊五百かと」
「それでいいニャ、直ぐに出陣して信長様に追い付く。宗珊に残りの兵を集めて稲葉山城に来るように伝えろ!」
「はっ!」
恒興は矢も盾も堪らず飛び出す。程なく可児才蔵率いる親衛隊と合流し、墨俣へ急いだ。
美濃攻略最終戦、『稲葉山城の戦い』はこうして幕が上がった。
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【あとがき】
べ「ふぁんたじー、ふぁんたじーですからー」
恒「そろそろエライ人に怒られそうな気がしてきたニャ」
べ「楽市楽座は一応秀吉さんの時代まではあったみたい」
恒「おお、それからどうなったニャ?」
べ「消えた」
恒「ええー、ニャんで!?」
べ「作中で言ったじゃん。盗品と横流し品の見本市だって。盗品はまだ何とか出来るけど、商人主導のぬけ荷は無理だったんだよ」
恒「じゃあ、その後はどうニャった?」
べ「『御用商人制』が主流となった。関城攻略時に話した斎藤家のアレだよ。賄賂を支払ってっていうヤツ」
恒「昔に戻っただけじゃねーギャ」
べ「人は安定を求めるものさ」
恒「じゃあ、信長様の楽市楽座は後世の何にも影響を与えなかったって事ニャのか!?」
べ「えーと、マンモスフリーマーケット?」
恒「おいコラ、テメエ」
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