閑話 飯尾家の事情

「それで相談したい事ってニャんだ、敏宗?」


「はっ、実は飯尾家の内情になるのですが」


 恒興は池田邸にて飯尾敏宗からの相談を受けていた。話の内容は池田領内にある飯尾領も関わるため恒興の許可を求めている様だ。


「私は殿から五千石頂いてる身でありますが、兄が当主を務める本家は一千石なのです」


 飯尾敏宗は恒興が犬山城主になった時、犬山の侍を部下として大勢取り込んでいる。敏宗自体が元々犬山城務めだったので顔見知りの元同僚を家臣にして分家を立てたという事だ。

 飯尾家は元々木曽川沿いに領地を持つ豪族で一千石、当主は敏宗の兄である飯尾隠岐守信宗。現在は信長の馬廻り衆を務めている。


「ああ、そういう事か。つまり分家が本家を超えたって事だニャー」


「私は最初に殿に仕えた時は150石でしたので問題はなかったのですが」


「そりゃニャーの出世と共に増えるわニャ。お前は池田家の重臣ニャんだし」


 敏宗が最初、恒興に仕えた時の給料は150石。恒興が犬山城主となった時に四千石、今は更に増えて五千石となっている。あっという間に本家を超えてしまった。

 これにより本家と分家の力関係は逆転してしまい、敏宗は本家の兄と対策を協議していた。


「それで本家の兄と相談し、嫡子交換を行う話が出まして」


「嫡子交換?」


「兄の嫡子を私の養子にして、私の嫡子を兄の養子にするのです」


「ニャるほど、それでお前の五千石を飯尾本家に変えるのか」


「はっ、それで殿のご許可を頂きたく」


「お前はそれで納得しているのかニャ?」


「私としても父が命懸けで残した本家を衰退させたくないと考えております」


 敏宗の父親である飯尾定宗は既に故人である。桶狭間の戦いの時に定宗は鷲津砦を守備しており、今川方の朝比奈泰朝に攻められ討ち死にした。


「わかった、敏宗が納得しているなら養子の世襲を認める。キッチリ教育しろよ。……子供達は今何歳だニャ?」


「兄の子が5歳、私の子が1歳です」


「お前の子供が物心つく前に行うという事か。とはいえ敏宗の子が成長すれば知られるニャ。性格にもよるけど不満を持つ可能性はある。それは飯尾家の内紛に発展する可能性もあるニャー」


「それは厳しく教育致しますので」


 敏宗の子が本来は父親の五千石を継ぐ立場だったと知れば不満くらいは持つだろう。本人の性格もあるが本家当主には不当に領地を奪われたと感じるかも知れない。


「フム、もう一手打つとするかニャ。お前の養子にはニャーから嫁を出そう、養女だがな」


「よろしいのですか!?有り難き幸せに御座いまする!」


「更にニャーに嫡子が産まれたら近習に取り立てる。こうすれば飯尾家惣領の座は安泰だろうニャ」


「そこまでしていただけるとは。私も兄に良い報告が出来ます!」


 恒興は池田邸で養っている養女を嫁に出すことにした。その養女と結婚させた上に恒興の嫡子(まだ産まれていないが)の近習にする。

 これだけ重ねておけば敏宗の甥の相続は主家である池田家公認のものとなる。特に嫁の効果は絶大で飯尾家は池田家と婚族になったと内外に示せる。このため敏宗の甥を脅かす者は池田恒興を敵に回す事になる。

 また飯尾家臣にとっても次期当主が主家から嫁を貰った事で、これからの繁栄を約束された様なものである。故に新しく来る養子も歓迎されるであろう。


「ついでだ、飯尾本家も全て池田家臣にしてしまおう。ニャーから信長様に打診してみるニャー。そうすればお互い、自分の子供にいつでも会えるだろ」


「はっ、私からも兄に話をしておきます」


 このあと、信長から正式な命令が出て飯尾家は池田家臣となる。飯尾本家の領地は全て信長が没収し、犬山の新しい一千石分の開拓村を恒興が用意する。これにより飯尾家は全体で六千石となる。飯尾本家当主・飯尾信宗は隠居する事になる、犬山池田家にとっての重臣は信宗ではなく敏宗だからだ。惣領権は敏宗に移り、養子の嫡子に継がせる事になる。

 この場合、重要となるのが『敏宗は甥に惣領権を渡すか』だろう。

 近い例だと遠藤家がそうだ。遠藤慶隆の父親の遠藤数盛は当初、兄の嫡男・遠藤胤俊が成長したら跡を継がせるとして遠藤家惣領となった。だが数盛は胤俊に領地の相続はさせたが惣領権は渡さなかった。事情は有ったのかも知れない。だが彼の死後、慶隆との家督争いに発展し恒興が介入したのである。

 信宗の心配は恒興の措置によって無用のものとなる。恒興から嫁を貰い、主君の嫡子の近習となる彼を惣領にしなければ、敏宗が恒興に謀反したと取られるからだ。無論、敏宗にそのつもりは無いが人はもしかしてを疑ってしまうもの。そんな事はさせないという意志を恒興によって保証させたという事である。

 その事を恒興は母親の養徳院に報告した。


「というわけでニャーの娘を一人、飯尾家の嫁に出したいのですがよろしいでしょうか、母上」


「飯尾家六千石の正室ですか。良い嫁ぎ先です、歳の近い娘を選んで然るべき教育を施しましょう。恒興、その調子で嫁ぎ先を確保してくださいね」


「はい、了解ですニャー」


 流石にこれは恒興でも面倒くさいとかは言わない。これを如何に上手くやるかで池田家の将来が決まる。

 一般的に家中の構成は一門(身内)と豪族家臣(外様)のバランスが重要である。一門衆の力が強すぎるとただの一族経営になるし、血族なので当主の座を簡単に脅かすようになる。特に世代交代の時が一番危ない。戦国時代の日常風景である家督相続争いは大体これが原因だ。

 逆に豪族家臣の力が強すぎるのもマズイ。これはそのまま下剋上の元となるし、当主が傀儡にされる事も多々ある。京極家と浅井家の関係は正にコレである。

 このパワーバランスは非常に重要であり、一門衆を欠片も持っていない恒興は次世代のために重臣と婚族になっておく必要があるのだ。故に飯尾家嫡子に嫁を出して婚族にした上で、池田家嫡子の近習にして早い内にコミュニケーションを取らせる。こうする事で家督継承の力としていくのだ。これが家臣団を形成する基本となる。

 恒興自体が一門衆が居なくてもやって行けるのはひとえに信長の義弟である事が大きい。下手に恒興を脅かすと信長自身が介入してくるし、今のままでも信長からかなりの優遇措置を貰っている。あと今の恒興はかなりの豪腕当主であるという事もある。付いてきた者に損をさせていない。人は出世する人間に付いて行きたがるものだからだ。

 恒興は既に次世代を見据えた行動を開始した。


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【あとがき】

大名やその家臣がどういう感じで次世代を考えるかという小話となりますニャー。


飯尾敏宗の甥である飯尾敏成には実際に恒興の養女が嫁いでいます。そして飯尾家の継承順も定宗(父)➡信宗(兄)➡敏宗➡敏成(甥)となっています。

それを利用して組み上げて作った話になります。

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