閑話 恒興の娘達

 ある昼下がり、栄と千代と数人の女の子が庭で遊ぶ様を眺めて、縁側に座ってお茶を飲んでいる者が4人くつろいでいる。恒興、母親の養徳院、正室の美代、側室の藤である。

 要は遊んでいる栄や千代達を見守りながら日向ぼっこしているのだ。全員10歳未満の少女達が池田邸の広い庭で思い思いの遊びに興じている様は、暴れ馬と格闘したり人間を吹っ飛ばす勢いで槍の修行に励む少女を見ているよりずっといいと恒興は思っている。

 戦いの合間にはこんな時間があってもいい、恒興は今をゆっくり過ごす事にした。


「以前からずっと疑問に思っていた事があるんですが」


「ん?ニャんだ?」


「何故池田家には沢山の女の子がいるのでしょう?と言うか女の子しかいません。まあ、千代も友達が沢山出来て楽しそうなのでいいのですが」


 美代はずっと不思議に思っていた。あの少女達は従者の家族ではない。実際にこの池田邸に住んでいて、養徳院の手習いを受けている。歳も近いので千代も直ぐに友達になれて良かったとは思う。

 ただ、どういう経緯で池田邸に居るのかは解っていなかった。


「あー、言ってなかったかニャ。あの子達は全員ニャーの娘だ」


「む、娘!?」


「恒興、言葉が足りませんよ」


「どどど、どういう事なんですか、お義母様!?」


「落ち着きなさい、美代。あの娘たちは全員養女なのです。元は親衛隊の家族で父親が討ち死にして身寄りを無くした子供を池田家で引き取っているのですよ」


 驚く美代に養徳院が説明する。

 あの少女達は全員池田家親衛隊の家族だ。だが戦があれば戦死者は出る。その為、残された家族は恒興が生活支援をしている。その中でも母親まで亡くしている女の子は恒興の養女にしているのである。


「始めたの母上ですけどニャー」


「何か文句でもあるのですか、恒興?」


「いえ、全く御座いませんニャ!」


「男の子なら父親の跡を継がせたり、身の立つ様に取り計らえば良いのです。ですが女の子はそうはいきません、嫁ぎ先を決める父親がいないのですから」


 戦国時代の結婚事情は恋愛結婚が少ない。身分が高くなればなるほど少なくなる。

 大体は父親が決めてくる事が多い。また主君や上司から縁談を持ち込まれる事もある。

 この時代の結婚は本人同士の問題だけではなく、家同士の縁組にもなるので家長が決めるのが通例となる。


 戦国時代の恋愛結婚で有名なのは木下秀吉と寧々だろう。何しろ二人の結婚には浅野家の養父と寧々の実母は大反対していたのだから。だが秀吉の急速な出世を見て浅野家は秀吉に付いて行くことに決めた。また寧々の兄弟も姓を杉原から木下に戻すなど秀吉に追従している。男は自分の家の繁栄こそが一番大事だからだ。


 恋愛結婚と言えば前田利家と松もそうである。利家は赤母衣衆に選ばれると速攻で迎えに行った。


「成る程、それを決める親役にあなたがなっているんですね」


「あの子らが養女になったんは旦那様が犬山城主になってからやけどな」


「そういう事だ。以前は面倒を見ているだけだったが、犬山城主であるニャーの名前があれば養女でも結構いいところに嫁げるからニャ」


 恒興は犬山城主で織田家重臣と言えるので婚族となりたい家は沢山ある。そこで彼女達を養女にして嫁がせる訳だ。

 彼女達にとっても養父が恒興なら良い家に嫁ぐ事が可能である。千石以上の家臣に嫁ぐ事も夢ではない。


「お藤は知っていたんですね」


「当然や、ウチは池田家が千五百石の頃からおるしな。でもそう考えると池田家は百倍近い規模になっとるんやな」


「もの凄い勢いですね」


 現在の池田家の領地は13万石ほど、もう少しで百倍に届くだろう。池田家は最早立派な大名である。


「それを一番支えてくれた親衛隊はニャーにとって家族に等しい。戦はあるので戦死者は出るが、残された家族の面倒は確実にニャーが見る。だから親衛隊は命知らずの強さがあるんだニャー。でも養女、増えたニャー」


「今、16人居ますからね。恒興、良い嫁ぎ先は確保しておくのですよ」


「了解しましたニャー……」


 現在の池田邸にいる女性は養徳院、栄、美代、藤、千代、慶に養女が16人。そして男性がニャーが1匹となる。池田邸の男女比率は22:1であった。

 早く息子が欲しいなと切望する恒興であった。


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【あとがき】

加藤政盛や飯尾敏宗、池田家従者や女中さん達は通いですニャー。男の子だと他の親衛隊の家で養育され(養育費用は恒興持ち)未来の親衛隊員として鍛えられます。また、別の道を選ぶ事も可能ですニャー。

結局、男子は一家の主となるので外で育てています。

女の子の嫁ぎ先を決めるのは通常父親となるので、父親を失った彼女らは恒興が嫁ぎ先を探します。

養徳院は彼女らの教育や教養指導を趣味(?)としていますニャー。


そして養女でも恒興の娘なので泣かすと恒興が怒ります。

ただの侍の娘なので家格は低いのですが、生まれが低いからと蔑ろにすると犬山城主が怒鳴り込んでくるという訳ですニャー。

恒興って結構武闘派だからね。

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