祝言 後編

 冬が近くなる頃に奥美濃郡上八幡城から50人程の行列が出発した。

 花嫁である美代を輿に乗せ、周りを女中や兵士達が固め南へ進む。

 この行列の中に遠藤家当主・遠藤慶隆と妹の千代もいる。

 行列は行く先々の村で餅や酒を配りながら、この婚礼が慶事であるとアピールして進むのである。

 何しろ美代は遠藤家の『大姫(長女)』なのだから、遠藤家の威信にかけても盛大に行いたいのである。

 そして行列は奥美濃の民衆の歓声に包まれて犬山への道を進んでいく。


 一方の犬山城では祝言の準備に追われていた。

 美代が郡上八幡城を出立してから数日かけて南進し、今日の夕刻あたりに到着予定である。

 この時代、花嫁は夕刻に来て祝言を挙げるのが慣例である。

 必ず夕刻でなければならない訳ではないが、これには理由がある。

 祝言というのは花嫁が来て婿が出迎え、二人で盃を交わして終了となる。

 これに様々な土地の習慣が加えられるが、基本これだけである。

 そしてここから始まるのである、新郎新婦を出汁にした朝まで耐久酒飲み大会が。

 つまり昼間から酒は体面が悪いから、花嫁は夜前に来てくれという事だ。

 それが故に『婚』の字は『花嫁(女性)は夕刻(黄昏時)に来る』を表すそうだ。

 あとは新郎新婦は途中で抜けて初夜へ向かう事になる。


「おお、恒興。着飾っているじゃねえか」


「これは信長様、よく御越しくださいましたニャー」


 黒を基調とした羽織袴を着付けた恒興に信長が声を掛ける。


「お前の婚礼だからな、来るに決まってるだろ」


「有り難き幸せですニャー」


「まぁ、そのついでにお前に伝えねばならない事もあるしな」


「?ニャんです?」


「恒興、お前、冬の間は出撃禁止な」


「はい?」


「関城の結果で稲葉山城の弱体が露呈した訳なんだが、それを見た西濃豪族が一斉に寝返った。安藤、氏家、不破の大豪族がな」


 秀吉による西濃調略は一部を除いて交渉の段階に入っていた。

 一部というのは稲葉家と竹中家で、稲葉家は調略拒否で竹中家は当主不在だった。

 交渉段階に入っている豪族達は一様に寝返りの見返りを秀吉に要求していた。

 この見返りが結構欲張った内容なので秀吉も交渉に四苦八苦していたのだが、そこに関城落城の一報が飛んできた。

 これを聞いた西濃豪族の大半が急いで織田家寝返りを秀吉に願い出た。

 条件は現状維持での領地安堵、つまり見返りは要らないと言ってきたのである。

 関城の落城によって皆解ってしまったのである、織田家はこのまま稲葉山城を制圧出来ると。

 そして稲葉山城が落城した後に寝返りなど出来る訳がないのだ。

 それは寝返りではなく、降伏と呼ぶものだ。

 故に西濃豪族は暢気に交渉している場合ではなくなったのである。

 モタモタして稲葉山城が落城したら目も当てられない。

 秀吉はこの結果を信長に報告し、残る稲葉家と竹中家の説得に入った。


「稲葉山城の龍興に大した力が残っていないのは解ったし、領地も完璧に囲んだ。あとはゆっくり地盤固めをしつつ、秀吉の調略が終わるまで待つ訳だ。それに南伊勢も順調なんだろ」


「はぁ、その通りですが、それとニャーの出撃禁止と何の関係があるのですかニャ?」


 今までの話を聞いても恒興は出撃禁止になる要素が解らなかった。

 美濃も伊勢もあと一押しというところで難しくはないが、出撃自体は必要である。

 斎藤家や北畠家が交渉だけで降伏する訳がないのだから。

 そんな思案する恒興の両肩をガッシリ掴んで、信長は宣言する。


「子供だよ。さっさと子供作れって言ってんだよ。お前分かってるよな、現在普通に池田家は存続の危機だって」


 池田家当主・池田恒興には男兄弟が全く存在していない。

 故に恒興にもしもの事があれば、池田家は断絶の危機に陥る。

 なので跡継ぎの獲得は急務なのである。


「は、はい。ニャーが3歳の頃からずっとそうですから。でも栄がいますので一応は・・・」


「恒興、それは緊急手段だろうが。あんまり池田家の女系血統を強化する訳にはいかねぇよ」


 恒興にもしもの事があれば妹の栄が婿を取り、池田家を継ぐという手段がある。

 だがそれは池田家の血統の根拠に『栄』が入るため、池田家は女系となってしまう。

 このため男系に拘る武家社会においては、栄の嫡子も女系嫡子と見なされるため尊重されにくくなる。

 これもお家騒動の火種に為りかねない。

 ただ一度であればお家断絶回避の緊急手段として家臣や豪族も納得すると思われる。

 だが池田家は恒興の母親の養徳院が滝川家の一族の婿を取っているため、池田家は既に女系で恒興は女系嫡子なのである。

 ここで養徳院から栄へと2代続けての女系はかなり危なく、どこかから池田家の縁者を探し出して当主に据えた方が良いかもと言える事態だ。

 だがそんな何処の馬の骨とも知れないやからに信長が犬山城を渡せる訳がない。

 そうなれば信長は池田家を潰すだろう、最低でも犬山城と領地は取り上げる。

 では池田家の女系を男系に変えるにはどうするか。

 恒興が嫡男を儲けて、その子に池田家を継がせればいい。

 これで池田家は男系に変わる。


「恒興、面白い話をしてやろう。『天孫降臨』だ」


「いきなり神話ですかニャー」


『天孫降臨』とは日の本の神話で天皇家の成り立ちを解説しているものである。

 内容は太陽神『天照大神あまてらすおおみかみ』が葦原中国あしはらのなかつくに(地上の事と推測される)を治めるために孫の『邇邇藝命ににぎのみこと』を送り出す話である。


「内容はどうでもいい、要は『何故、邇邇藝命は孫なんだ?』って事だ。息子の方がいいじゃねぇか。太陽神の子と太陽神の孫じゃ通りの良さが違うぜ」


「いや、そんな事ニャーに言われましても神話ですし」


「この理由が男系と女系だ。日の本の太陽神で主神で皇祖神は女神だ。息子じゃ女系嫡子になっちまう。だから邇邇藝命は孫でないといけなかったんだ」


「さ、流石は信長様、博識ですニャー」


 天照大神が女神であるが故、息子だと女系嫡子となる。

 そのため天之忍穂耳命あめのおしほみみのみことという息子を挟んで邇邇藝命を男系嫡子に変えたのである。

 因みに天之忍穂耳命は天照大神が素戔男尊すさのおのみこととの誓約の際、天照大神の勾玉から最初に産まれたので長男とされている。

 当初は彼が葦原中国に派遣されるはずだったのだが、「こんな治安の悪い田舎はイヤだー!」と途中で帰ってきた。

 せっかく手に入れた葦原中国の支配権を無駄にしたくない天照大神は再度天之忍穂耳命に行く様に命じる。

 だがそこで天之忍穂耳命は「息子が出来たから代わりに行かせよう」と言い訳した。

 何故息子が出来たら代わりになるのかは謎だが、天照大神は「ダメだ、この息子。早く孫に英才教育をしないと」と思ったのかも知れない。

 という訳で邇邇藝命が降臨する事になったとのこと。


「分かるか、恒興。日の本はそんな神話の頃から男系女系を気にしてるんだ。が息子を儲ければ全てが上手く行くんだよ!よって正室が妊娠するまで出撃許可は出さん、絶対だ!」


(ブフゥゥゥーーー!!何という無茶振りですニャー!!)


「返事は?」


「は、はい。承りました・・・ニャー」


 こうして正室の美代に子供が出来ない限り恒興は出陣出来ない事が確定する。

 一応冬の間となってはいるが、おそらくそれでも子供が出来なければ別の側室を押し込まれる可能性がある。

 つまり正室に子供が出来ないと見なされ、側室から後継者を得ようという訳だ。

 因みに側室なら藤がいるのだが、彼女は出身が商家であるため子供をを産んでも後継者には出来ない。

 この場合両親が武家以上の出身であることが条件となる。

 例としては長井隼人佐道利がそうで、彼は母親の身分が低かったため斎藤姓を名乗ることは許されなかった。

 恒興としてはこれ以上池田家の女性陣を強化されたくないので勘弁してほしかった。


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 その日の夕刻に花嫁の美代が到着し、恒興が出迎える。

 美代は恒興の案内で池田邸に入り、まず恒興の母親・養徳院に挨拶した。


「お初に御目に掛かります。遠藤盛数が娘、美代と申します。池田家の正室として励みます故、御指導御鞭撻の程よろしくお願いいたします」


「よく来てくださいました、美代。池田家に嫁いだからには、この養徳院桂昌が貴女の母親となり導きましょう」


「は、はい。よろしくお願いいたします」


 満面の笑みで出迎えた養徳院に美代は少したじろいでしまう。

 美代はこんな喜び一杯という風に迎えられるとは思っていなかったのだ。

 それを見た恒興は思う。


(母上、嬉しそうだニャー。果たしてニャーの正室が来たから嬉しいのか、世話出来る娘が増えて嬉しいのか、どっちですかニャー?)


 続いて恒興が母親の隣に座っている妹を紹介する。


「美代、コレがニャーの妹の栄だ」


「コレとか言うな、兄」


「よ、よろしくお願いいたします」


「兄の横暴で困ったら何時でも言うといい、とっちめてやろう」


「・・・生意気盛りなので気を付けるニャ」


「は、はぁ」


 そしてその隣に座る藤を紹介する。


「で、次に祝言を挙げる側室の藤だニャ」


「商家出身の藤や、仲良うやっていこな」


「そ、側室・・・の方がいらっしゃるのですか」


 側室が既に存在する事に美代は驚く。

 本来側室というのは正室に子供が出来ないので貰うものだからだ。

 とは言うもののそれは建前であり、守っていない武家もいるので美代はそれほどは驚かなかった。


「言いたい事は分かるニャー。でも一年前からの約束なので受け入れて欲しい」


「分かりました。少し驚きましたが大丈夫です。お藤さん、よろしくお願いいたします」


「よろしゅうな、美代様」


 池田家の家族への挨拶が終わった後祝言が始まり、上座に座った恒興と美代が盃を飲み交わす。

 今回の客は主君である信長をはじめ、織田家家臣が多数。

 池田家家臣一堂に中濃軍団に属する豪族、そして遠藤家の面々である。

 この後各自新郎新婦に祝いの言葉を述べつつ、大酒飲み大会と化す。

 という訳で信長は自分がいては家臣が無礼講出来ないと言い、小牧山城へ引き上げて行った。

 皆がバカ騒ぎ出来る様にと身を引いた形だが、恒興は真相を知っている。


(信長様は基本下戸だからニャー。少量なら大丈夫だけど)


 そんな事を恒興が考えていると、織田家家老の二人が挨拶に来る。

 会場は既に新郎新婦そっちのけで飲み比べ大会が始まっている。


「よー、恒興。ようやくお前も結婚だねぇ。おめでと、アタシも嬉しいよ」


「佐渡殿、ありがとうございますニャー」


「ま、暫くは跡継ぎ作りに励めよ」


「出羽殿が言うと下ネタに聞こえますニャ」


「な、何故ー!?」


「日頃の行いだろ、アハハ。だけど冗談抜きでそっちは励みなよ」


「ハハハ、了解ですニャー」


 信長と同じく林佐渡と佐久間出羽も後継者獲得に釘を刺してくる。

 やはり織田家の中枢にいる人間が考えていることは一緒の様だ。

 二人の家老に続き沢山の者達が新郎新婦に挨拶する。

 利家に成政や秀吉といった織田家の家臣達や中濃軍団の豪族達である。

 彼等が酒の入った瓶子を持って祝いの言葉を言いに来るのである。

 その度に盃に酒が注がれるのだが恒興は少ししか飲まなかった。


「殿、この度は誠におめでとうございます。家臣一堂、お慶び申し上げます」


「ありがとうだニャー、宗珊。これからもよろしく頼むニャ」


 池田家家老の土居宗珊も満面の笑みで挨拶に来る。

 祝言が慶事という事もあるが、仕える主が正室を迎えたのだから嬉しいのだろう。

 あとは嫡子が産まれれば、お家安泰となるのだから。


「それはそうと酒があまり進んでおられないですな」


「言うなよ。明日もあるから抑えているんだニャー」


 そう、恒興は明日も祝言なのである。

 今度は藤との祝言となる。

 側室との祝言はするもしないも当人達次第ではあるのでしない人も多い。

 だが恒興と関わりを持つ津島会合衆の商人達は藤の祝言の方に集まる予定なのでやらねばならない。

 そのため恒興は酒量を抑えていた。


「そうでしたな。明日は某共は参加出来ませんので、今のうちに頂いておきます。明日も参加する加藤政盛と土屋長安の両名には抑える様に言っておきます」


 今回の美代との祝言には主に武士が集った訳で、次の藤との祝言には主に商人が集まる予定である。

 そのため商家出身の加藤政盛と津島奉行補佐の土屋長安は参加となる。


「おう、頼むニャー。・・・さて、そろそろニャーは美代と消えるので後をよろしくニャ」


「はっ、お任せくだされ」


 そして皆が大酒飲み大会を敢行する中、いつの間にか新郎新婦は消えていたという。


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 次の日になり、今度は藤との祝言である。

 恒興は池田家従者達と広間を片付け、会場を整えた。

 因みに飲んだくれ共は佐々成政と岸勘解由が手分けして持って帰ってくれた。

 そして昼過ぎには客が集まり始め、夕方に宴が始まる。

 恒興と藤が盃を交わし、また昨日見た酒飲み大会が始まるのである。


「いやー、めでたい。これで池田殿と津島会合衆の仲は安泰ですな」


「ほんま、やきもきしましたで。何時になったら藤を娶うてくださるんやって」


 隙を見て義父の天王寺屋助五郎と加藤図書助が恒興のところに話に来る。


「その節は大変ご迷惑をお掛けしましたニャー」


「何の、これだけの商人が集まったという事はそれだけ池田殿が重要視されている証拠。1年前に祝言をしていたら大して集まらなかったでしょうな」


「確かにや、・・・まぁ、婚礼にかこつけて仲を深めよーゆうのもおるしな。婿殿も気ぃ付けや」


「それは私の事なんやろか、助五郎殿?」


 義父である助五郎の直ぐ後ろに30代くらいの男性が座っていた。

 その人物は恒興も一度会った事がある者であった。


「ん?小西殿?来られていたとはいざ知らず、大変失礼をしましたニャー」


「いえいえ、天王寺屋の宗達殿にお願いして勝手に参加した訳ですわ。あまり気にせんといてください」


 その男の名は小西隆佐。

 堺会合衆の大物で薬種問屋を経営している。

 また熱心なキリスト教徒であり、『ジョウチン』という洗礼名を持っている。


「アハハー、ちゃうで、小西はん。ワテ、あんさんの事をゆうた訳やないで」


 先程の言動を聞かれて焦る助五郎。

 何せ彼は堺会合衆の中心メンバーであり、同じく中心メンバーの天王寺屋との関係が悪化すると堺の運営に支障をきたす。

 というか天王寺屋当主で父親の宗達に怒られる事間違いない。


「ええですよ、助五郎殿。これから上洛しよ言う織田家の大物と仲良うしたい思たんは事実やさかい」


「ほほう、では何か腹に一物隠してますかな?」


「そないな大層な物やおまへん。ただ三好三人衆の統治が息苦しいだけですわ」


 松永久秀失脚後の三好家の統治は三好三人衆によって行われ、三好家当主・三好義継は完全な傀儡となっていた。

 ここで三好家の統治を円滑に行うために三好三人衆はある情報操作をしているらしい。

 それは三好家で起こった悪行の全てが松永久秀の主導であり、それを正すために三好三人衆は戦ったというもの。

 つまり彼等は罪を松永久秀に押し付け逆の立場をとる事で、久秀が悪化させた各所との関係改善を図ったのである。

 しかし三好長慶という当主と松永久秀という家宰、2本の大黒柱を失った三好家の内政は上手く行っておらず不満が出ていた。


「成る程、畿内は三好三人衆では治まりませんかニャ」


「そもそも彼等には何の権利もありまへんし。それにまた松永弾正が大和に現れて戦になっとるんですわ」


「またかい、あの弾正はんは。しつこいお人やなぁ」


「それだけやおまへん。先頃両軍が衝突して『東大寺』が焼けてしもうたそうや、大仏殿ごとやで。戦するなら場所選べ言いたいですわ」


「なんという事だ、平重衡の二の舞にでもなるつもりか。困った輩ですな」


 松永久秀は数ヵ月の潜伏の後、大和に姿を現した。

 だがここで思わぬ人物が久秀を頼って大和に来た。

 その人物とは三好家当主・三好義継、彼は三好三人衆の傀儡で居続ける事に不満を抱き久秀と手を結んだ。

 これにより三好家当主を担ぐ大義名分を得た松永久秀は勢力を拡大した。

 これに危機感を覚えた三好三人衆は筒井順慶と連合し大和に進軍、松永久秀の本拠の多聞山城に近い『東大寺』に布陣した。

 因みに松永久秀は東大寺と敵対的関係だったため、三好三人衆の東大寺布陣は許可あっての事である。

 そこに松永久秀が奇襲を仕掛け、三好三人衆を撃退し東大寺は焼失したとのこと。

 不慮の事故、失火説が有力である。

 とりあえずは勝利したものの三好三人衆の勢力はあまり衰えず、松永久秀はまだまだ劣勢を強いられている様だ。


 平重衡とは平安末期の人で平清盛の五男。

 南都(奈良)攻略の総大将となった人物である。

 彼は興福寺や東大寺を攻めた際に宿坊を焼いて降伏させようとしたが、誤って大炎上させてしまい南都全域を灰塵にしてしまったのである。


「まあ、そんな訳で三好家は混乱の極みでして。私としては織田家の上洛には期待するところが大きいんですわ。で、顔を売りに来ましたんや。・・・上洛の際には色々と協力いたしますよ」


「それはとても有り難いお話です。是非お願いしますニャー」


(美代の祝言では武家ばかりだったから変なのは来てなかったけど、商人は腹黒で一杯だニャー。義父殿と図書助殿のおかげである程度は選別されて近づいてこないけど)


 恒興は武家と商人の祝言でこんなに違うのかと嘆息する。

 この中に恒興と藤を純粋に祝っている者が何人いるのだろうと。

 だがこれこそ恒興の役割と言えるのだ。

 主君信長の元に如何わしい者を通さないために、恒興がフィルター役にならなければならないのだから。


「まあ、こんなめでたい席で野暮な話は止めましょ。今回はこの小西隆佐の事を池田殿に覚えて欲しいだけですわ」


「もちろんですニャー。堺会合衆の大物である小西殿の事を忘れる訳がありませんとも。本日は楽しんでくださいニャー」


「ええ、お言葉に甘えさせてもらいます」


 そう言うと隆佐は恒興の元を離れ、自分の席に戻った。

 そして酒を注ぎながらこれからの事を考える。


(今回はこれで良しやな。織田家にはほんまに期待しとりますよ、池田殿)


 小西隆佐は三好三人衆に見切りをつけていた。

 彼は三好三人衆に統治の権利がないという理由を言っているが、それはただの建前である。

 商人である隆佐からすればそんな権利などはどうでも良い話で、商売の邪魔にならなければいいはずだ。

 商人は武家と違って支配権に拘ったりしない。

 結局は権力を握った者と取引するだけだからだ。

 現に堺会合衆は三好三人衆と取引しており、三好三人衆も堺会合衆を重要視している。

 だが小西隆佐は三好三人衆に見切りをつけ、織田家の上洛を願っているのには他の理由がある。

 それは『信仰』である。

 小西隆佐は洗礼名を持つ敬虔なカトリックのキリスト教徒で、先頃朝廷より出された『大うすはらい』の綸旨によって京の都を追われたルイス・フロイスをはじめとするキリスト教の宣教師達を匿っている。

 隆佐は綸旨を出させた松永弾正が追われた後、三好三人衆と話し綸旨撤回に動いたが成果は無かった。

 そもそも三好三人衆は寺衆と関係が深く、寺衆がキリスト教を敵視し始めていたので動いてくれなかったのである。

 そして綸旨というのは『天皇陛下の意思』を表す命令書なので、そう簡単に撤回はされないという事情もある。

 だがこの綸旨をどうにかしない限りフロイス達の京の都で布教という望みは叶えられない。

 だから隆佐はここに来たのだ。

 これから上洛しようという勢いのある大名家に。

 寺勢力とも距離を置いている大名家の重臣の祝言に。

 彼等が三好家に勝ち、首尾良く京の都で政権を樹立したなら、『大うすはらい』の綸旨もどうにか出来るだろう。

 いくら朝廷でも金を出して庇護してくれる大名を無下にはしない、無茶でなければ便宜は図るはずだ。

 そのためには織田家の中枢に顔が利く様にならなければと考える。


(ふむ、私も図書助殿を見習って次男あたりを池田殿の丁稚奉公でっちぼうこうにでも出したろかな。宗達殿にも貸しがあるし、何とかねじ込めるはずや)


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 美代の祝言の後、遠藤慶隆は妹の千代と共に郡上八幡城に戻った。

 慶隆は私室にて不在中の報告を聞くため、家臣の一人を呼び出した。


「殿、お帰りなさいませ。如何でしたかな、祝言は」


「おお、良い祝言だったぞ。それで私の留守中に何かあったか」


「特に大した事は・・・あ、一人だけ殿を訪ねてきた者がおりまして」


「私を?誰だ?」


「はっ、本人は織田伊勢守家家老・山内盛豊の嫡男山内一豊と名乗っておりました」


 山内一豊。

 織田伊勢守家家老の山内盛豊の嫡男で現在16歳である。

 彼は『浮野の戦い』で織田伊勢守家が滅亡し父親の山内盛豊が討ち死にすると、『川並衆』の知り合いに匿ってもらった。

 そこで生き延びた家臣達と共に川並衆で働き生計を立てていた様だ。


「は?山内?なんで?山内?いまごろ?山内?」


「あの殿、大丈夫ですか?」


「・・・スマン、取り乱した。て言うか何で今頃来るんだ、山内家の嫡男が!!」


「やはりアレですよね。ご先代との約束、許嫁の件」


「遅いわー!!姉上は既に嫁いでしまったんだぞ!今更返せなど口が裂けても言えんわ!」


 つまりもう数日遅ければ美代は一豊と鉢合わせしていたかも知れない。

 だが美代の池田家への輿入れは、慶隆が遠藤家惣領になる絶対条件だったので既に遅いが。


「では無視しましょう。潰れた武家など何も怖くはありませんし」


「いや、待て。それはマズイ。これは父の遺言、無視すれば私に当主の資格無しと言い出す輩が出かねん」


 日の本のみならず世界的に広く知られている自然発生的な概念がある。

 それは『葬式を行った者が後継者』というものである。

 このため当主の葬式は嫡子が喪主となり行うのが通例である。

 信長はその葬儀の場で父親の位牌に抹香を投げつけるという無礼をやらかしたため、彼を後継者と見なさない家臣が出て謀反に繋がったとも言える。

 権力者の葬儀は権力の継承も意味しているので、遺言を違える行為も極力避けなければならない。

 なので慶隆は父親である盛数の遺言を果たさなければ、また遠藤家当主の座が揺らぎかねないのだ。


 この葬儀による権力継承の世界的な例にはとても有名な人物がいる。

 アレクサンドロス3世、通称『アレキサンダー大王』である。

 彼は自分が散々討ち破ったアケネメス朝ペルシア王・ダレイオス3世が逃亡先で部下に殺されると仇討ちを宣言する。

 そして仇討ちを果たしダレイオス3世の葬儀を大々的に行う事でアレクサンドロス3世はペルシアの支配者となったのである。

 清々しい程見事なマッチポンプである。


(考えろー、考えろー、自分よ。何かいい方法があるはずだー。・・・そうだ!)


「一豊殿はここにいるのか?」


「いえ、城下でお待ち頂いております。呼んできましょうか?」


「ああ、頼む。私は広間で待っているからな」


「はっ、直ちに」


 一計を講じた慶隆は家臣を山内一豊の迎えに出す。

 そして一豊が来る前に準備を終わらせるべく行動を開始するのだった。


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 数刻の後、遠藤慶隆と山内一豊は広間にて面会した。


「一豊殿、お初にお目に掛かる。遠藤家当主・遠藤慶隆だ」


「こちらこそ初めまして。山内一豊と申します」


「それでこちらに来られた用件は許嫁の件でよろしいのですな」


「ええ、牢人の身でおこがましいと思い憚っておりましたが、待たせ過ぎるのも悪いと考えまして」


 一豊は現在、数名の家臣達と共に川並衆で働き日銭を稼いでいる。

 だがその暮らしは決して楽なものではなくギリギリの生活であり、お家再興の目処を全く立たなかった。

 まあ、敵対組織である信長の織田家が隆盛を誇っているのでまず無理である。

 そこで一豊はお家再興を手伝ってもらおうと許嫁を迎えに来たのである。


「なら、来んなよ」(小声)


「え?慶隆殿、何か言いましたか?」


「いやー、こちらも何時来ていただけるのかとヤキモキしていたところだ」


「そ、そうでしたか。いやいや、既に死亡扱いされているかもーとまで考えてしまって。アハハ」


 慶隆は一豊が死んだと思っていた。

 何故なら仕えている家が滅亡し、山内家も潰れ、当主で父親の山内盛豊まで討ち死にしている。

 これで生きている訳がないと思った慶隆の考えは別に的外れではなかっただろう。

 ここまでくれば自害して果てるくらいの状況ではあるが、一豊は生きていた。

 家臣が数名付いているところからも、おそらくは父親の盛豊が家臣と共に事前に逃がしたのだと思われる。

 何しろ『浮野の戦い』の当時、一豊は13~14歳。

 死ぬには早いと思ったのだろう、盛豊はお家再興の願いを託したのだと思われる。


「そう思ってたんだけどね」(小声)


「え?慶隆殿、何か言いました?」


「いえ、何も。では早速、一豊殿の許嫁をお目通し頂きましょうか。入れ」


「お初にお目に掛かります、千代と申します。ふつつか者ですがよろしくお願いいたします」


 慶隆の横、一豊の目の前に座り挨拶をしたのは6歳の千代であった。

 一豊は目の前が真っ白になる思いであった。

 何しろようやく会えた許嫁が『若すぎる』からである。


「・・・あの、慶隆殿?若過ぎませんか?」


「一豊殿の許嫁、妹の千代『6歳』ですが何か?」


「いやいやいや、俺と同い年の『16歳』のはずでは!?」


実は一豊は許嫁の年齢しか知らず、遠藤盛数の娘としか聞いていなかった。

相手の女性の名前を言わないのはそんなに珍しい事ではない。

女性蔑視の風潮が強い上に、婚姻は家と家を結ぶ行為なので花嫁より父親の名前の方が重要なのだ。

これが女性の名前が残りにくい原因にもなっているのだろう。

例えば後鳥羽上皇や順徳上皇を流刑にした日の本史上最恐の女性と言えるであろう『北条政子』は本名ではない。

彼女の本名は残っておらず、政子は『時政(父)の娘(子供)』という意味で任官時に着けられたものだ。

これほどの女性でも残らないのである。


「6歳の聞き違いでしょう!我が父・盛数は少々舌足らずなところがあったので聞き取りにくかったのだ!きっとそう言う事だろう!」


「えええェェェー、流石に16と6は聞き違わな・・・」


「聞・き・違・い・な・の・だ・よ!」


「あ、はい」


 半ば勢いで乗り切ろうとする慶隆に気圧され、一豊はそれ以上何も言えなくなった。


「一豊様、千代はお気に召しませんか?」


「・・・そんな事はないさ!」


 自分が気に入られていない様で少し悲しそうな表情で問い掛ける千代に対し、一豊は満面の笑みでこれを返した。


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【あとがき】

べ「18禁展開を許さない猫、べくのすけーマッ!参上!必殺キング○リムゾン!初夜の過程をすっとばし、初夜があったという結果だけが残る!」

恒「素直に書ける技量がねえと言えニャー」

べ「ごめんちゃい」

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