美濃攻略戦(墨俣ver )

 小牧山城での評定の1週間後、織田家は予定通りの作戦を開始した。

 織田信長は小牧山城から兵を率いて北上、その数6千。

 那古野城主・林佐渡の2千と鳴海城主・佐久間出羽の3千と合流し多治見、可児と抜けて猿啄城へと迫った。

 時を同じくして兼山城主・森可成が出陣し、更に東濃岩村城主・遠山景任も合流したので総勢5千が猿啄城へ進軍を開始した。

 対する猿啄城は1千2百、籠城して援軍を待つ以外の選択肢は存在しなかった。

 この事態に際し猿啄城代・日根野備中守弘就は稲葉山城と周辺豪族に援軍要請を出した。

 まず中濃の岸、佐藤、肥田が合計3千の兵を召集。

 猿啄城の包囲を外から砕くため、龍興の本隊到着を待つ。

 稲葉山城の斎藤龍興も直ぐに兵の召集を開始。

 竹中重治の件もあって家中がゴタついた事もあり、時間が掛かったが無事7千の兵力を集める事が出来た。


「なんとか兵は揃ったか。隼人、敵はどのくらいだ?」


「はっ、織田信長自ら出陣しその総数1万5千を超える程かと」


 あとは可児の防衛線に久々利1千が配置されている他、犬山城に池田軍3千5百と桑名城に滝川軍5千もいる。

 このため西濃からは警戒のため一切兵が動けなかった。(やんわりと西濃豪族からお断りされた)

 龍興が動かせる兵は稲葉山城の4千と関城の3千、中濃三家の3千の計1万であった。

 あと奥美濃の遠藤家が来れれば2、3千足せたのだが、現在遠藤家は当主盛数が病死してお家騒動が勃発していた。

 しかも若年の新当主・遠藤慶隆(14歳)が本拠地である『郡上八幡城』から追い出される事態となっており、援軍は見込めなかった。


「流石に多いな。だが城を包囲しながらではそんなに戦えまい。それに兵士の強さにも差がある、勝機は十分だ」


「はっ、加えて信長には地の利なく木曽川を背にしております。あの『長良川の戦い』よろしく、木曽川に叩き込んでやりましょうぞ」


「あのクソ忌々しい重治のせいで、俺の評価は散々だ。だがここで信長を撃退出来れば全て帳消しになる。・・・これが終わったら次は菩提山城を消し炭に変えてやる!行くぞ、隼人、出陣だ!」


「ははっ!」


 美濃譲り状の噂、信長待望論などで自分の支持層が揺らいでいる事を認識した龍興は、この猿啄城の攻防は自分の起死回生の一戦になると考えていた。

 結局こんな信長支持の噂が飛び交うのは龍興自身に実績が無いからだ。

 ならば話は早い、龍興が信長に直接勝利すれば良いのだ。

 そして美濃侍と尾張者ではかなりの差がある、あくまで白兵戦闘の上ではあるが。

 織田軍1万5千vs斎藤軍1万なら勝機は十分ある。

 そしてこの勝利をもって反抗的な豪族を従わせ、そして・・・竹中家だけは必ず滅ぼす。

 そう龍興は意思を固め出陣した。


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 猿啄城1千2百を織田軍総勢1万6千が重包囲。

 これを救援するため中濃三家が3千、龍興と長井隼人が7千の総勢1万が猿啄城へ向かう。

 そしてこの動きを聞いた木下秀吉は作戦開始の時間を悟り、全員に号令を下す。


「龍興は陽動に引っ掛かった!今こそ作戦開始の時!皆の訓練の成果、見せてやれ!」


「「「応!!」」」


 作戦の段取りはまず基礎工事をしている墨俣に蜂須賀隊5百と浅野隊1百が入り、周辺警戒と橋頭堡の確保。

 そこに前野隊5百と本隊5百で加工材木のイカダで一気に川を下り、到着後組み立てに入る。

 本隊とあるが秀吉と長秀(弟の小一郎のこと)は足手まといになりかねないので、先に墨俣へ向かう。

 なので本隊は新たに登用した家臣が動かしている。

 秀吉が新たに登用したのは二人。

 一人は元・織田伊勢守家家臣の堀尾茂助吉晴。

 主家滅亡後は半農半猟の生活をしながら川並衆で日銭を稼いでいたが、秀吉にスカウトされ家臣となる。

 因みに伊勢守家の侍を雇わないという暗黙のルールがあるのだが、秀吉は理解していない。

 いま一人は瀧孫平次(後の中村一氏)。

 南近江の出身で侍を志して尾張へ来た。

 だが路銀が尽きて川並衆で働いていたところを、秀吉にスカウトされる。

 この二人が本隊を動かして墨俣まで行く事になっている。


「日吉!じゃなかった、藤吉!じゃなかった、殿!イカダの連中はまだか?」


 先に馬で来た秀吉に蜂須賀小六正勝が駆け寄り、イカダ隊の到着を訊ねる。

 計画的には遅延は発生していないが、時間との勝負なので彼は焦っていた。


「人呼ぶのに何れだけ掛かってんのさ、小六どん。川向こうまで来てるよ」


「そうか、って殿は俺の事呼び捨てにしろよ。示しがつかなくなるだろ」


 加えて言えば正勝の敬語無しも問題なのだが、そこは今後の課題なのだろう。

 何せ子供の頃から面倒を見てきたヤツが大出世して自分の上司になるとは正勝も思ってなかったはずだ。

 だがそれで許されるのは彼等の仲の良さ、相性の良さであろう。


「お、応。正勝・・・どん」


「どんは抜けよ、頼むから」


「そう言うことなら私も『将さん』ではなく『長泰』でお願いしますよ、殿」


 一方で敬語も上手く喋れる前野将右衛門長泰も呼び捨てを希望する。

 彼は元々の出身が坪内家という武家(豪族)であり、実家は尾張松倉城主であった。

 なので正式な武士である長泰は言葉使いも整っていた。

 因みに墨俣の築城に使う材木は彼の実家・松倉城内で加工していた。


「将、来たか。よし!全員材木搬入組み立てを開始しろ!」


「「「応!!」」」


 正勝は待機させていた蜂須賀隊に号令を掛け、作業に入らせる。


「小六、貴方が号令出してどうするんですか?殿にやらせなさい、これも経験です」


「しまったぁ!俺としたことが」


「まぁまぁ、次はやるから。それでまずは外壁だけど何れくらいで出来る?」


「計画では1日、最大でも2日でしょう」


「外壁出来なきゃ話にならんからな。俺は監督に行ってくるわ」


 墨俣は水害の酷い低地であり沼地はあるものの防御出来る地形が一切無い。

 そのためまず塀を完成させなければ、何も防げないのである。

 その塀を直ぐに完成させるべく、蜂須賀正勝は現場に急行した。


「俺もじっとしとられん!行ってくるぐへぁ・・・」


 自分も正勝に続くと意気込んで走り出した秀吉は、服の後ろ襟を掴まれ首が締まった状態になる。

 さすがに秀吉は後ろ襟を掴んだ人間を非難する。


「長泰、何するんだよ!」


「殿、貴方はじっとしてなさい、旗の下で。伝令が来た時居なかったら手間でしょう」


「はーい、了解でーす」


 長泰の論は至極もっともで伝令や報告は最終的に秀吉の所に来て、彼は決断をせねばならないのである。

 もしも秀吉が見付からないという事態にでもなれば、命令系統に支障をきたし隊がバラバラに動きかねない。

 という訳で秀吉はじっとしている事になった。

 そんな感じで作業が始まり、まず塀と張りぼては1日で完成を見た。

 だが次の日には墨俣砦に異変が起きた。


「日吉!じゃなかった、藤吉!じゃなかった、殿!敵が来たぞ!物見のヤツが発見した!直ぐに来るぞ!」


「な、何ぃーー!?マジかよ!全員を塀の中に退避させろ!」


 周辺偵察に出ていた者が敵の接近を報せてきたのだ。

 秀吉は即座に全員を砦内に収容、防戦の準備を整える。

 まず浅野長吉率いる浅野弓衆を塀に配置、弓が使える川並衆も配置する。

 それ以外は白兵戦に備える感じで門に配置した。


「相手はざっと見ても3、4千だな。旗は安藤と氏家だ」


「早ぇよ、早過ぎるよ。まだ2日じゃないか」


 この2者の行動は秀吉の想定を超えて早かった。

 秀吉は彼等が墨俣の行動に感付くのは2、3日掛かり、そこから兵を集めれば計1週間は掛かると計算していた。

 だが結果は2日目に到着である。

 まず徴兵だが小牧山城で信長が徴兵を始めた辺りで彼等も始めており、秀吉が作戦を開始した時には既に兵は揃っている。

 そして墨俣は氏家家の領地なので秀吉の行動は初日でバレている。

 つまり2日で彼等が来たのは単に行軍に1日掛かっただけで、墨俣築城自体は西美濃豪族の予想の範囲内なのだ。

 ここら辺はまだ実戦経験が皆無な秀吉には予測出来なかったのだ。


(どうするんだ、俺。コッチは1千6百で相手は3、4千。この塀を立てたばっかの掘っ立て小屋で防げる訳ない。・・・ここは一か八か、死中に活を見出だすしかない!!)


「よし!全軍出撃するぞ!ヤツらを追い散らしてくれぐへぁ・・・」


 こうなれば突撃だと意気込んで走り出した秀吉は、服の後ろ襟を掴まれまたしても首が締まった状態になる。


「はい、殿、待ちなさい」


「だから何するんだよ、長泰!」


 そしてまたしても後ろ襟を掴んだ長泰を非難する。


「攻めてこない相手に突撃とか止めてくださいね。反撃で全滅ですよ」


「へ?攻めてこない?」


「どういうことだ、将!?」


「小六!貴方は気付いてくださいよ!」


 長泰は砦の前に現れた軍勢は攻めてこないと見た。

 だが相手が攻めてきたら確実に塀しかない墨俣砦は落ちるし、兵力差も3倍近い。

 秀吉はどう考えても勝てないどころか籠城しても守り切れないと思った。

 これで敵が攻めてこない訳がないと秀吉は思ったのだが、長泰に言われて敵陣を眺めていた正勝は長泰に同意した。


「うーん、あー、あっ、本当だわ。こりゃ来ねぇわ。スマンスマン、俺としたことが取り乱したわ」


「でしょう」


「あのー、俺はサッパリ解らねんですが」


 蜂須賀正勝は一般には『野武士』に分類される。

 武士の家系ではあるものの主家を失い野良化した感じである。

 普通であれば仕官を求めるものだが、蜂須賀家は川並衆の元締の一つであり生活可能だったのでしなかったのだろう。

 だが戦ともなれば陣借り(傭兵)をして参加していたので、実戦経験は豊富である。

 その彼も長泰と同じ意見を持った。


「殿、つかぬことを伺いますが戦歴は?」


「信長様と生駒様の小者として1回づつかな」


「えっ!?じゃあ部隊を率いた経験はねぇのか!?」


「有る訳ないよ!」


「マジかー」


 この墨俣築城まで秀吉が部隊を率いた事は無く、そしてそんな立場であった事も無い。

 秀吉にあるのは精々主のお伴くらいで、しかも護衛ではなく身の回りの世話役であった。

 これで部隊の動かし方や戦争のやり方が解れば、誰も苦労はしない。

 この時の木下藤吉郎秀吉とはただの戦素人であった。


「殿、まず相手の部隊を見て何か気付きますか?」


「沢山いるとしか」


 目に着くのは人の多さ、砦から一定距離で綺麗に整列している敵軍が判るのみであった。

 整列している事から敵軍の指揮に乱れは無く、静かに戦いの時を待っている様子だった。


「では我々の砦を見て気付く事は?」


「そう言われても・・・ん?何でこんなに旗立ててんの?邪魔じゃね?」


 次に秀吉は自分の砦を塀の上から眺める。

 と、直ぐに目に入るのは織田家の旗『木瓜紋』が所狭しと立てられていた事だ。

 さすがに弓兵の邪魔じゃないかなと秀吉が思う程であった。


「そこですよ。旗を立てるのには意味が有ります。此方は旗を立てまくる事で大勢に見せ掛けているのです。ですが向こうは少し違います」


「違いというと?」


 この場合、織田軍は数の劣勢を誤魔化すために多数の旗を立てている。

 つまり虚勢を張っているのである。


「戦場で旗を立てて戦うのは売名っつーか、手柄の横取りを防ぐ目的もあるんだ。旗が落ちてりゃ自分達は此処で戦っていたって主張出来るだろ。」


「豪族は手弁当(自費)で戦に来るのが基本ですから、恩賞貰えないと破産します。それが鎌倉の御世から連面と続き、常識化したんですよ。だから攻勢に出る軍団は旗を沢山立てます」


 源平合戦の頃に戦で一番困ったのが『戦功論賞』、つまり手柄の確定である。

 これは恩賞事務になるので、ハッキリさせる必要があった。

 だがこの頃は結構言った者勝ちなところがあり、水掛け論になり人傷沙汰になる事も日常茶飯事だった。

 敵将を討ち取っても頸を奪われたり、取り返そうとして味方同士で殺し合う事も多かった。

 なので幾つかルールを定めたのである。

 その一つが戦う時に旗を立てるである。

 平安時代から戦争の時は源氏が白旗、平氏が赤旗となっていた。(旗の色は総大将に合わせる)

 これが鎌倉時代辺りから家紋が入る様になって、誰が何処で戦っていたか判る様になった訳だ。

 これが常識化して攻勢に出る軍団は旗を沢山立てるのである。

 また旗が沢山立てられれば、兵士達も攻勢が近い事を悟り士気を揚げることにも繋がる。


「旗だけでそんなに解んの!すげぇ!」


「更に言うと静か過ぎます。攻め掛かる時には猿叫や乱声といった雄叫びを揚げて、士気高揚や死への恐怖を忘れさせるものです。それが叫び一つ上げないどころか殺気すら感じません。だから攻めてこないと見たのです」


 更に相手が静かなのもおかしい。

 戦いは死と隣り合わせの危険なもの、なので戦う時は死への恐怖を紛らわすため意気を入れる。

 今回の敵方は伏兵ではないので、やらない方がおかしいのだ。


「すげぇよ、長泰!・・・やっぱり呼び捨て止めて『将さん』って呼ぼうかな」


「止めてください。示しがつきません」


(困りました、殿がここまで素人だったとは。私も専門ではありませんし、小六や茂助も無理でしょう。誰か専門の武士や兵法者を招かないと、この先危ないですね)


 この先、秀吉は軍団を指揮することになる。

 既に川並衆1千5百人が指揮下にいるのだ、この人数なら一端の大豪族レベルに近い。

 信長の指揮下に入っても備大将ではなく、軍大将になるだろう。

 だがそうなると秀吉が素人では困るのだ。

 長泰も今の秀吉軍団の規模なら大丈夫だが、これ以上は難しい。

 そして織田家の拡大スピードからいっても、秀吉が一人で育つのを待ってくれる訳がない。

 長泰は秀吉を補佐教育出来る人間は必須だと考えていた。


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 塀と張りぼてしか出来ていない墨俣砦がよく見える草原に、兵を率いる立場の二人が並んで砦を眺めていた。

 一人は安藤伊賀守守就。

 北方城主で西美濃三人衆の一人である。

 もう一人は氏家三河守直元。

 大垣城主でこの墨俣を含む大領を治める西美濃三人衆最大勢力である。

 直元はおどける様に守就に話し掛ける。


「ここまで来て怖じけたのか、伊賀よ」


「三河こそ、さっさと攻めないのかな」


 二人の顔は愉しげに笑い合っており、終始和やかであった。

 これから戦をしようという顔では決してない。


「我等氏家家は毎月恒例の領内見回りをしていたら、川並衆の拠点に塀が造られていた。調べてみたら織田家の兵がいたので勇敢に戦おうとするも、ただの見回りだから弓矢が無いため取りに戻らねばならない。という訳だがそちらは?」


「我等安藤家は毎月恒例の領内見回りをしていたら、川並衆の拠点に塀が造られていた。調べてみたら織田家の兵がいたので勇敢に戦おうとするも、ただの見回りだから弓矢が無いため取りに戻らねばならない。という訳になるのかな」


 タヌキの化かし合いの様な会話で笑い合っていた。

 というか、この墨俣は氏家家の領地であって安藤家は関係無いのだが、直元はそんなことを気にする事もなかった。


「そうか、なら仕方ないな」


「ああ、仕方ないのさ」


「「全軍!撤収!!」」


 そして全軍に撤収命令を出し帰っていった。

 その様子を塀の上から眺めていた秀吉は呆気に取られてしまった。

 何しろ長泰の言う通り、戦う気配など微塵も見せず整然と帰って行ったのだから。


「本当に帰っていったな。アイツら、何しに来たんだろ?」


「多分だけど顔見せなんじゃねぇの」


「でしょうね。調略しに来てくれってアピールしに来たのでしょう」


「何だそりゃ」


 彼等は勝てる場面を放棄するという行為で敵対の意思が無い事を示したのである。

 それは既に彼等が斎藤家を見限っている証拠でもあった。


「自分から寝返ると『裏切り者』と謗られるので、織田家から招かれたという風にしたいのでしょう」


「豪族は面子大事だからな」


(ふーん、これはいい功績稼ぎになるな。信長様に提案してみるか。おねよ、俺はまだまだ昇るぞ)


 つまり安藤と氏家の二人は織田家への敵対の意思が無い事をアピールすると同時に、世間には後ろ指さされない程度に斎藤家として動いただけであった。

 既に美濃は崩壊の兆しを見せており、秀吉はこの機に功績を稼げるだけ稼ごうとしていた。


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 その後は軍勢は全く来ず、1週間程経過。

 塀と張りぼてだけの墨俣砦は更に空堀と物見矢倉を備え立派な砦になっていた。


「日吉!じゃなかった、藤吉!じゃなかった、殿!大変だ!」


「だから俺呼ぶのにどんだけ掛かってんのさ、正勝」


「んな事言ってる場合じゃねぇ!『折敷おしき三文字みもじ』だ!」


「折敷・・・何それ?」


「西美濃三人衆の稲葉家の家紋です。とうとう来ましたか、西美濃最強が」


 次に姿を現した軍勢は安藤でも氏家でもなかった。

 曽根城主で西美濃三人衆の稲葉右京亮良通と嫡子の彦六貞通であった。

 彼等が墨俣築城の噂を聞き付け、稲葉軍1千を率いて到来したのだ。


「ほう、親父殿。本当に砦が出来ているぞ。氏家と安藤は何をしていたのか」


「・・・」


 彦がおどける様に良通に話し掛ける。

 彼女も解ってはいる、安藤と氏家がサボタージュしている事くらい。


「どうする、親父殿。号令さえくれればあの程度の砦、3分で整地してくるが?」


「・・・」


 これまたおどける様に言っているが3分は別に冗談ではない。

 やれと号令が出れば彼女は本当にやるつもりだ。


「親父殿?」


「・・・帰るぞ」


「ほっ、どういう心境の変化かのぉ」


 彦は少し驚いた。

 頭が堅すぎるくらい堅い父親が、寝返りを容認する様な決断を下したのだ。

 だが、彼女は直ぐに思い直した。

 これは自分自身にとっても願ってもない決断だと。


「不服か、彦よ?」


「いやいや、親父殿の決断を尊重するとも」


(ようやく織田家に付く決断をしたか。これで妾も目眩めくるめく戦場生活を堪能出来るのぉ。楽しみじゃ)


 彼女はこれから行くであろう戦場に想いを馳せていた。

 そう、彦はもうこの退屈に飽き飽きしていたのだ。

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