謀略を使う資格

 未開地で行き倒れた本多正信を保護して数日、体調に問題もなくなった様なので恒興は仕官の話を持ちかけた。

 加藤教明にした話のように何時でも松平家に戻ってもいいという条件を付けて。


「申し訳ありませんが、仕官の件はお受け出来ません」


「何れは松平殿の所に戻りたいと言いたいんだろ。別にニャーは構わないと思っているが」


「戻りたいのはそうなのですが・・・」


 恒興の誘いを即座に拒否した正信は意を決した様に事情を話す。


「池田殿、私はこの戦国乱世を終わらせたいのです。それには皆が仏法を守り、救世を実現しなくてはなりません」


「は?救世?」


 恒興は耳を疑う様な言葉を聞いた。

 救世というのは仏教用語で意味としては下の3つとなる。

 ・世の人々を苦しみの中から救うこと

 ・仏・菩薩の通称

 ・観世音菩薩のこと

 おそらく正信は一番目の意味で言っているのだと推測される。

 これを後年『家康の懐刀』と言われた謀臣の口から聞くとは思っても見なかった。

 だが正信の表情は真剣そのものだった。


「はい、私は家康様にそれが解って欲しくて一揆に加わりました。家康様には皆を極楽浄土へ導く方になって頂きたいのですが、私の力不足なのか解って頂けず」


「・・・極楽浄土ねぇ・・・」


 それは皆をあの世に送れと宣言しているのだが、目の前の男は特におかしいと思っていない様だ。


(家康もそんな役目、丁重にお断りしますと言うだろうニャー)


「なので私自身もっと今生救済や極楽浄土について勉強し、家康様を説得しなければならないのです。そのためにも京の都へ、石山へ行きたいのです。本願寺当代・顕如法主様にお会い出来れば道が開けるはずです」


 この頃の浄土真宗本願寺派の総本山となっているのが『石山本願寺』(石山御坊)である。

 本来は『山科本願寺』が総本山だったのだが、天文の乱により焼失したので石山に移った。

 現在の本願寺法主は十一世顕如法主なのだが、この僧侶を一言で言うなら『偶像アイドル』である。

 しかもとんでもないレベルの。

 この僧侶の人気だけで本願寺派は勢力をかなり伸ばしていたし、本来制御不能であるはずの一向一揆を制御し始めていたくらいだ。

 そしてこの本多正信も彼の崇拝者の様である。


(・・・コレが本多正信?同姓同名の別人じゃないのかニャー?)


 恒興は目の前にいる男が家康の懐刀になる者には到底見えなくなっていた。

 そんな疑いの眼差しを向けられても、正信はまだ熱く本願寺の法主について語っていた。


「まだお会いしたことはありませんが、法主様は大変素晴らしいお方だそうです。この世の救世を叶えるために親鸞聖人が生まれ変わったのが今の法主様なんだとか。凄いと思いませんか?」


(一体誰からそんな与太話を。親鸞聖人なら寺の武装化を容認する訳ねーギャ、少しは考えろ)


 親鸞聖人という僧侶は浄土真宗の創始者であり、浄土宗の創始者・法然上人の弟子に当たる。

 因みに浄土真宗の妻帯、飲酒、肉食OKはこの僧侶から始まっている。


「どうです?池田殿も浄土真宗に帰依してみませんか?」


「スマンがニャーは義兄である信長様に合わせて『法華宗』に帰依したばかりでニャ。因みに池田家は『臨済宗』だ」


「それは残念」


 池田家は臨済宗に帰依しており、恒興の母親の養徳院も臨済宗の尼僧である。

 なので本来は恒興も臨済宗に帰依していることになるのだが、養徳院を説得して恒興個人だけ法華宗に帰依していた。

 ごく最近の話であり、恒興はある目的のためそうしている。

 因みに恒興は法華宗の教義に思う事は何もなく、信仰心は0である。


(この男、極度に視野が狭いな。本当にあの『本多正信』か?本能寺の変の後、徳川家が甲斐を掠め取る謀略を放ったのはコイツって聞いたんだけどニャー)


 謀略を使う者がこんな夢でしかない理想を真面目に語っている事自体有り得ないと恒興は思う。

 恒興自身が謀略を使うのでよく解るのだ。

 謀略家は夢みたいな理想や希望を持たない。

 ただ正信の言っている事は別におかしくはないのだ、実はこの時代の常識である。

 仏法を守ろう、仏様を崇めようというのはこの時代の当たり前になっている。

 むしろ信仰心0という恒興が異常で異端なのである。

 何しろこの池田恒興という男は信長の命令なら比叡山も石山も長島も容赦なく焼いた。

 というより信長の戦いには必ず参加しており、その命令を忠実にこなした。

 だが大抵の武将達は信仰心というものは持っているもので、ここら辺が信長への謀反が多い原因かも知れない。


(ふーむ、今のコイツに謀略など使える訳がないな。多分だけどコイツはニャーの知る『本多正信』になる前の本多正信だニャー。綺麗事に目が眩んでいるあまちゃんだ)


 なので恒興はこの本多正信はまだあの『本多正信』に成れていないのだと考えた。

 おそらくは彼はまだ謀略を使う『資格』が足りないのだと。


(謀略を使う人間には才能の他に『資格』が必要だ、コイツはまだそれを持っていないんだニャ。謀略を使う資格・・・それは『絶望』だ。深く昏く希望の一欠片も無い絶望を味わった人間だけが謀略を使えるんだニャー)


 謀略を使える人間には絶望が必要というのは、恒興が自分の体験から得た理である。

 恒興は本来なら一個の武人であり、武働きばかりしてきた。

 前世では。

 それが『本能寺の変』という絶望を味わい、脱け殻の様に生きて長久手で死んだ。

 本来であればこれで終わりのはずだった。

 だが何のイタズラか恒興は前と似て非なる世界の桶狭間に来てしまった。

 だからこそ恒興はこう思う様になった。


(ニャーはもうあの『絶望』を味わいたくないんだ。そのためなら何だって犠牲にしてみせるニャ。・・・実際にするしないではなく、心構えだがね)


 謀略は人を苦しめる、得てすれば無関係の人間にも累が及ぶ。

 そういうことをしても、それを笑って見ていられる程度の精神的な強さがいる。

 その強さに至るのに『あの絶望に戻りたくない』という強い想いが必要なのだ。

 そして恒興はその『絶望』を持って来てしまったため、今謀略という手段を使える様になったのである。

 恒興の例は特殊になるが、戦国の謀将達は大抵幼少期にそういう目にあっている。

 例えば備前の浦上家家臣・宇喜多直家はその典型で砥石城主であった祖父が暗殺されると父親と共に逃げて貧しい放浪生活を強いられる。

 そして労が祟ったのか程なく父親も死去する。

 直家は成人してもこの『絶望』を忘れず、浦上家で頭角を現すと祖父の殺害に関わった人間に復讐していった。

 しかも暗殺奸計何でも使って、無関係な人間でも邪魔なら暗殺した。

 そういう事を行っても彼は平静を保てるし、あの『絶望』に戻るよりましだと考えるだろう。

 この『絶望』を持っていない人間が使う謀略は、心の何処かでブレーキが掛かるため小細工になりがちなのだ。

 だがそんな謀略家にはある弊害が発生する。

 人間不信に陥りやすいのだ。

 宇喜多直家も『謀聖』と名高い毛利元就もかなりの人間不信で、家族と譜代の家臣くらいしか信用していない。

 そのため宇喜多家では直家の死後、譜代の三家老が調子に乗って騒乱の種になる。

 また毛利家でも元就が尼子旧臣や大内旧臣を登用しないため、代わりの登用先である吉川家・小早川家が大きくなりすぎ『毛利両川』と呼ばれる事になる。

 つまり『毛利両川』体制というのは計画されていた訳ではなく、ただの元就の人間不信の弊害なのだ。

 それでも優れた政治手腕を持つ嫡男の毛利隆元が生きていれば二人の弟を上手く御し、毛利家を改革させたであろう。

 やはり毛利元就最大の失敗は隆元を失った事である。

 だが恒興の『絶望』は老境に入ってから得たものなので、かなり冷静に『絶望』を直視出来ている。

 そしてこれから訪れるであろう『絶望』に抗うためには、沢山の人の力が必要だという事も理解しているので恒興は人間不信に陥る事はなかった。


(この本多正信はダメだニャ。今家臣にしても役に立たないし、簡単に敵になる。残念だけどコイツは放逐しよう)


 恒興は今の正信を家臣にする事は諦めることにした。

 この浄土真宗への信仰心を持ったままの正信は簡単に寝返るだろう。

 織田家と浄土真宗本願寺派との敵対は避ける方が難しいのだ。

 とは言えこのまま放逐するだけでは勿体ないので、縁自体は残しておくことにした。

 これで後々恒興の元に来るかは5分5分ではあるが。


「わかった、正信。家臣の件は諦めるニャー。そのかわりニャーの仕事を引き受けてくれないか?石山へ行けるだけの路銀を報酬ということで」


「はぁ、仕事ですか。どんな事でしょうか?」


「簡単だ。我が織田家は本願寺派と仲が悪くてニャー、争いは避けたいので何とか和解出来ないかとな。そこでいい情報があれば教えて欲しいんだニャー」


 織田家と本願寺派は非常に仲が悪い。

 長島が恐ろしい程に武装化が進んでいるのは完全に織田家対策である。

 簡潔に言うと織田家先代・信秀がやり過ぎたのが原因である。


「・・・私に情報を流せと言うのですか?」


「情報の取捨選択はお前に任すニャ。そして成果が無くてもニャーは文句はない、ダメ元だからな。これでどうニャ」


「ふむ、分かりました、お引き受けしましょう」


 正信は本願寺の不利になる情報は伝えないだろう。

 だが恒興は別にその情報を真に欲している訳ではないので構わなかった。

 ただこれは本多正信が本当の自分に目覚めるために必要な事で、その上で恒興の元に戻れば最上なのではあるが。


「そうか、済まないニャー。気を付けて行ってこい」


「はっ、ありがとうございます」


(ああ、存分に見てこい、お前の『絶望』を。お前の向かうその場所に救世はない、頂点にいる聖人を周りが食い物にしている欲望の坩堝(るつぼ)だ。比叡山も石山もそこは変わらないんだニャー)


 加賀国は『応仁の乱』後期から一向一揆が起こり、現在も混乱中である。

 確かに原因は一向一揆だし、命令を出したのも当時の本願寺法主である。

 だがやらせた人間は違う。

 実は『半将軍』の異名をとった細川政元がやらせたのである。

 彼が加賀国の統治者に自分の支持者を就けるために、一向一揆を起こすよう蓮如法主に要請を出したのだ。

 そして制御不能の暴力装置と化し、未だに暴れ続けている。

 その後も『天文の乱』で細川晴元に利用されるなど、本願寺派は周りの権力者に翻弄される事が多いのである。

 その根拠となっているのが『王法為本』という法で、意味は『王の法を基本とせよ』というものだ。

 この法を唱えたのは本願寺八世蓮如法主であるので、本願寺派にしかない。

 このため時の権力者は彼等をいいように使えたという訳だ。

 更に妻帯もマズイ、これも利用される一因となる。

 特に当代の顕如法主は妻が細川晴元の妻と姉妹なので、義理的な兄弟関係に近い。

 となれば、彼は晴元の要請を断り切れないかも知れないのだ。

 俗世から離れなければならない僧侶が、俗世に近づいてしまったがために周りから食い物にされている。

 そして内部の高僧達も加賀で勝利した実績からか、強硬論を唱える者が多い。

 自分達の言うことを聞かない大名豪族に対しては武力を使うべきだと、どうせ加賀国の様に太刀打ちする事は出来ないと傲っているのだ。

 浄土真宗本願寺派の現状とはこんな感じなのである。


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 恒興は信長に墨俣築城の進捗とそれに付随する作戦の報告に来ていた。

 墨俣築城は秀吉率いる川並衆で行うため、織田家の兵は殆ど使わない。

 材木イカダで川下りせねばならないので、川並衆以外では足手まといになりかねないのだ。

 結局織田家からは浅野長吉率いる浅野弓衆100人程度の参加となる。

 なので恒興としては余っている軍団で他方面を同時に攻略するつもりで信長に提案していた。


「・・・報告は以上ですニャー、信長様。間もなく墨俣築城の準備が整います」


「そして今お前が話した美濃攻略最終段階に入る訳か。いいじゃねぇか、それでオレに何を望むんだ?」


 報告と計画を聞いた信長は上機嫌になり、恒興に必要な物を尋ねてくる。

 信長としてもようやく恒興から美濃攻略の全容を聞けた訳なのだが、流石の信長も内容に驚いてしまった。

 何せついこの間東濃の半分を獲っただけで、美濃攻略はまだこれからだと信長が思っていたら、恒興の計画では最終段階だった。

 だが話を聞けば納得出来る事だったので、信長も上洛が早まるなと喜んだ。


「まずは織田家中の鉄砲隊を集めて訓練を行います。それで成政と佐々衆を一時的にニャーの指揮下に入れて欲しいのですニャー」


「わかった、許可する」


 恒興は織田家全体規模での鉄砲隊訓練を申し出る。

 これは信長自身も同じ考えを持っていたので、直ぐに承認された。


「あと、鷺山殿に手紙を書いてほしいのですがよろしいでしょうかニャー」


「こっちは調略の話か、いいぜ。誰かある!」


「はっ」


「お濃を呼んでこい」


「ははっ」


 信長は人を呼んで帰蝶(濃の方)を連れてくる様に指示する。

 程なくして呼ばれた帰蝶が姿を表す。


「殿、何のご用でしょう・・・あら、恒興君じゃない。何か久々に見た気がするわね」


「おう、来たか、お濃。実は用事があるのも恒興だ」


「はい、鷺山殿にお頼みしたい事があり、ま、して・・・あのー、何故にそんなお顔をされておりますのニャー?」


 鷺山殿というのは帰蝶の呼び名の一つで、『鷺山城(斎藤道三の隠居城)からきた方』という意味である。

 そして恒興がその名前を出すと帰蝶の顔が途端に険しくなる。

 帰蝶から睨まれる感じになっていた恒興はそれを聞いてみる事にした。

 恒興自身は別におかしな呼び方をしている訳ではないので、睨まれる理由が解らなかったのである。


「私、その呼び方嫌いなのよね。昔みたいに呼んでほしいんだけど」


「あ、では、『お濃の方』でしょうかニャ?」


 お濃の方も帰蝶の呼び名の一つで『美濃からきた方』という意味である。


「全然違うじゃない!以前は『義姉上あねうえ』って呼んでくれてたでしょ。何だか桶狭間の戦いの後から急に他人行儀になってどうしちゃったのよ」


(・・・おい、桶狭間以前のニャーは何処だ?ぶん殴ってやる)


 どうやら桶狭間以前のノーマル恒興は帰蝶のことを『義姉上』と呼んでいたらしい。

 恒興にとって信長は義兄なのだから帰蝶が義姉なのは道理だが、普通主君の妻を馴れ馴れしく呼んだりはしないだろう。

 どうやらノーマル恒興はかなりのお調子者だった様だ。


「それは何と言いますか、ニャーも身の程を弁えようと思った次第でござ候に御座いまして・・・」


「はい、殿」


「不許可だ、恒興。逃げは許さん」


 恒興の言い訳に帰蝶が裁定を仰ぎ、信長が即座に判決を下す。

 恒興が帰蝶にやり込められているのがおもしろいのか、信長の顔はかなりにやけていた。


「信長様、もしかして楽しんでませんかニャー?」


「いやー、最近のお前隙がないから、珍しいなと思ってよ」


「あのー、助けて欲しいのですニャー」


「諦めろ、裁定終了だ」


 信長の援護が得られなかった恒興は追い詰められた。

 目の前にいる義姉は逃がしてくれそうにないし、彼女に手紙を書いて貰わねばならないのだ。

 恒興にしてみれば伊勢の豪族達より彼女一人の方がよほど強敵に思えた。


「ほら、早く呼んでよ」


「・・・義姉上・・・これでよろしいですかニャ?」


(ニャんだ、この羞恥プレイは!?)


 追い詰められた恒興はとりあえず義姉上と呼んでみるものの、かなり気恥ずかしかった。

 だが帰蝶は全く満足しておらず、恒興に再度言うように促す。


「声が小さい!もう一度よ!」


「あ、義姉上」


「まだ声が小さいわ!」


「義姉上ー!!」


「それ叫んでるだけじゃない、もっと感情込めてよ!」


(誰か助けてー!あと桶狭間以前のニャー、10回は殴らせろー!)


 桶狭間以前の恒興が何処に行ったか解らないが、見付けたら必ず殴ると今の恒興は誓った。

 その後、帰蝶監督の元で猛特訓に励んだ恒興は何とか合格を手にする事が出来た。


「ふーん、妹に手紙を書けばいいのね。でも私が言っても寝返る保証はないわよ。大体それで寝返るならもう味方になっているはずでしょ」


「はい、そこからはニャーの腕の見せ所ですので、義姉上はただ手紙を書いて下さればいいのですニャー」


 帰蝶の猛特訓の甲斐もあって、恒興は自然に義姉上と言える様になった。

 最初は恥ずかしかったが言わされている内に慣れた。

 それで帰蝶に依頼したのは美濃の豪族に嫁いだ妹に手紙を出してもらう事である。

 一応内応の話が書いてあるが、これで寝返る事はない。

 豪族を率いているのは当主である夫の方なので、夫人がどうこう出来る事は基本的にないのだ。

 では何のために書いてもらうのか、逃げ道を作るためである。

 恒興の容赦ない『謀略』から簡単に逃れる道を恒興自身が用意しておこうということだ。

 その方が攻略が早く終わると恒興は見ているからである。

 これで信長への報告と要請は終了した。

 あとは恒興の捜し人の件を聞いておこうと思っていた。

 小牧山城にいるかと思ったら、何処にもいないからだ。


「そういえば信長様、明智光秀殿は何処に行かれたのですかニャー?」


 そう、明智光秀の行方である。

 もう既に織田家にいるかと思って、顔合わせをしておこうと思ったのだが見つからなかった。


「光秀?ああ、アイツなら帰ったぞ」


「帰った!?では家臣にはしないんですニャ!」


「いや、家臣としての合流は公方様が来てから・・・よく知ってるな、佐渡から聞いたのか?」


「あ、はい、そうですニャー。家臣にはするんですね」


(危な、公表してない情報だったニャ。後で佐渡殿にも尋ねて辻褄合わせせねば)


 一瞬、家臣にはしないのかとぬか喜びしてしまったが、そんな事はなく家臣入りはするようだ。

 どうやら足利義秋と一緒に合流するという事なので、美濃攻略が終わった頃になるだろう。


「そりゃな、能力はあるようだし、お濃の縁者でもあるしな」


「私のいとこなのよ、彼」


「成る程、それは楽しみですニャー」


(こっちに来るのは公方と一緒にか。・・・対策は色々と講じねばな)


 恒興にはもう光秀を殺すつもりは無くなっていた。

 この際、彼には『本能寺の変』を起こしてもらった方が都合がいい。

 何故ならその場合、彼を見張っておくだけで事が済むからだ。

 そしてその上で阻止すればいいのだ。

 むしろ彼を排除して他の誰かが『本能寺の変』に似た事を起こす方が怖い。

 ここは前世と同じ事が起こる訳ではないが、ある程度同じ状況にはなっている。(武田家の事は別として)

 だから少しでも確率を上げておきたいと恒興は思っていたのだ。

 恒興はその『本能寺の変』阻止に向けて色々動かねばと考えていた。


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 信長への報告を終え、帰蝶の手紙を手に入れた恒興は、小牧山城に勤めている佐々成政に会いに行く。

 彼は小牧山城の射撃訓練場で鉄砲隊の訓練に励んでいた。

 これが彼の日課であり、毎日の如くここで轟音を轟かせている。

 射撃訓練が終わるのを見計らって恒興は成政に声を掛けることにしたが、先に成政に見付かってしまった。


「勝三じゃないか。射撃訓練場に来るなんて珍しいな」


「ああ、内蔵助に一つ頼みたい事があってニャー」


「勝三が俺に?うーん」


 頼み事と聞いて成政は微妙な顔をする。

 いつもなら頼み事は何かと聞いてくるはずなのにと恒興は思う。

 もしかしたら任務があるのかも知れないが、主君である信長の許可を取ってあるので、恒興の用事を優先して貰わねばならない。

 とりあえず成政の都合を聞く事にした。


「何ニャ?都合悪いのか」


「あ、いや、そうじゃないんだけど」


「???」


 何とも歯切れの悪い回答が返ってくる。

 都合が悪い訳でもないらしく、いよいよ何が言いたいのか恒興には解らなくなってきた。


「何というか、そのさ。滝川殿がかなりの功績を挙げたじゃないか」


「そうだニャ、それがどうした」


「その、そう言う話があったら俺も乗せて欲しいなって思ってさ」


 恒興は理解した、大功を挙げて城主及び軍団長に出世した滝川一益が羨ましいのだ。

 しかもそこに親友の恒興が大きく関わっているというので、成政も何か功績が稼げる話が欲しいと言いたかった訳だ。

 歯切れが悪かったのは功績をねだる様で言い出しにくかっただけであった。


「ああ、そういう事か。別に構わないニャ。というか今回の件で功績を稼げるぞ」


「マジで!やるよ、何をすればいいんだ?」


 功績になると聞いた成政の顔が喜色に綻ぶ。

 成政は実家の3千石を継いで、犬山攻略時の功績で2千石の加増を受けて現在5千石。

 彼も更に出世したいのであろう。

 なにせ目の前にいる恒興はこの間までは同等だったのに、今では犬山城主になっているのだから。


「犬山で鉄砲隊を作ろうと思ってニャ。佐々衆にその訓練と指導をお願いしたい」


「・・・え?」


「信長様に戴いた2百丁と義父殿から買う百丁で3百丁ある。うちの鉄砲隊指揮官の土居清良も鍛えてやってほしいんだニャー」


「・・・それ、何の功績になるんだ?」


 話を聞いている内に成政の顔が冷めたものに変わっていく。

 成政はそれが功績になる訳がない事を知っていた。

 何故ならそんな事は大体毎日小牧山城でやっているからだ。


「直ぐに解るニャー」


「うーん?まあ、勝三がそう言うなら信じるよ。じゃあ小牧山城の練習場に・・・」


「犬山でやれ。信長様の許可は取ってあるニャ」


「・・・成る程、何か企んでる訳だ」


 成政はこの功績にならないはずの訓練で恒興が何か別の事を狙っている事は理解した。

 織田家にとって鉄砲訓練は秘中の秘であり、敵に曝してはならない。

 というよりこれは織田家の軍制になるので知られるのは危険な事なのだ。

 それこそ太鼓の音一つの意味を知られれば、対応策を採られて逆撃されかねない。

 だからこそ訓練は見せるものではないのだが、この男は最前線の犬山でやれという。

 訓練以上の成果を狙っていなければ許可など出るはずがないのだ。


「功績になるって言ったろ。損をさせる気はねーギャ。くれぐれも佐々衆全員、で来いよ」


 これは信長も織田家の鉄砲隊全員に共通認識を教え込む良い機会と賛同した。

 その結果、織田家の各所に配置されている鉄砲隊が全て集い、1千5百丁もの鉄砲が犬山に集まる事になる。


(この一撃で美濃の大半を獲る。・・・斎藤龍興、ニャーが『絶望』から手に入れたこの『謀略』の力、見せてやるよ)

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