光秀は殺せない

 東濃制圧作戦が終了し、森可成は兼山城を拠点として東濃軍団長となった。

 現在の構成は多治見の若尾家、土岐南部に再興した多治見家、土岐東部に斎藤大納言家を同じく再興、更に恵那遠山家も傘下に加えた。

 つまり東濃の豪族は全て森家の附与力となる。

 この後は恵那遠山家を通して他の遠山七頭を説得しつつ、従わない小豪族も取り込んでいく作業に移る。

 さすがに全ての豪族が森家の支配に賛同するわけもなく、また関所の撤廃に抵抗する豪族もいるわけで説得には時間が掛かる。

 ここから硬軟織り混ぜた対応が必要となる。

 最終手段は武力行使となるが。

 という説明を恒興は目の前にいる男に話す。


「そうか。では俺様は兼山城の森家に出仕するということだな。・・・では、何故犬山城に呼ばれたんだ?」


 この偉そうな男の名は久々利頼興。

 可児久々利城主で『土岐悪五郎』の別名を持つ、強い方にマッハで寝返る男である。

 これまでに斎藤正義、斎藤道三、斎藤龍興と裏切ってきた経歴を持つ。


「そうか、池田殿も俺様の武勇伝を聞きたいんだな。はっはっは」


 武勇伝。

 そう、この男にはとんでもない武勇伝がある。

 若りし頃に京の都の五條橋で辻斬りをやっていたというものだ。

 なんと武蔵坊弁慶にならい千人斬りを目指していたという。

 嘘か真かは判らないが本人がそう言って自慢している。


「別に聞きたくねーギャ、そんなもん。あとお前の出仕先はこの犬山城池田家だニャー」


「何故だ?可児は東濃だぞ」


 恒興が頼興を呼び出したのは東濃で久々利家のみ池田家の附与力にしたからだ。

 恒興が森可成に頼んでこの男を池田家預かりにしたのだ。

 森家に居ても厄介の種にしかならないので、可成も二つ返事で承諾した。


「お前、忘れてんのか?斎藤大納言正義を暗殺しただろうが」


「いやー、あれは斎藤道三殿の命令だったしー、俺様悪くないしー」


 過去の裏切りを指摘され頼興は焦った様に口調が変わる。


「宴席に呼び出して、酒に酔わせて殺すとか最低な手段を採っといてか?」


「いやいやー、もうノーカンっしょ。今はこうして織田家に仕える事になったんだし」


 厄介の種とはこの斎藤正義の暗殺の事である。

 いくら上からの命令でも、殺り方まで卑怯なので思いきり遺族から恨みを買っているのだ。

 そしてその遺族が何処に居るのかが問題だ。


「そうかそうか。じゃあその言い訳、そのまま遺族に伝えてくるがいいニャ。森家にいるから、斎藤大納言の娘さんが」


「・・・え?」


「因みに彼女には屈強な息子が3人ほどいて、全員お前のことを祖父の仇として狙っているらしい。気を付けて行くといいニャー」


 この斎藤正義の孫達は森家においても剛の者として数えられるくらいの強者である。

 そして彼等にはどうしても久々利頼興を討ちたい理由が仇討ち以外にも存在している。

 それは斎藤大納言家の家督継承だ。

 実は斎藤正義の娘が一時的に当主になっているが、継承者を決めないのである。

 まるで誰かの首を持ってきた者こそ継承者と言わんばかりの態度だった

 ここまでの事情は恒興も知らないが、3人の息子が殺気立っているのは知っている。

 自分がはっきりと狙われていると認識した頼興は顔が真っ青に変化する。


「・・・」


「・・・」


「スンマセン!!池田家預かりにしてください!!」


「最初からそう言ってるニャ」


 そして綺麗な土下座で縋る様に恒興に頼み込む。

 恒興は最初からそう言っているのだが、あと一言だけ釘を刺しておかねばならない。

 この男はマッハで寝返る男なのだから。


「頼興、これだけは覚えておけ。お前が織田家を裏切ったら、斎藤正義の娘さんが一家総出で父の仇討ちに行くニャ。あと今回の件でニャーと森三左殿は彼女に堪えてもらえる様、頭を下げに行った。・・・池田家と森家の面目を潰してただで済むと思うニャよ」


「は、はいー!!」


 最初のふてぶてしい態度は何処へ行ったのか、頼興は終始低頭平身して帰っていった。

 その様子を恒興の横でずっと見ていた土居宗珊がため息を漏らす。


「あれが久々利頼興ですか」


「お調子者だニャ、あれは」


「おだてに弱く、尻が軽いようですな。某も油断はしない様に致します」


「ああ、頼むニャ。あれでも可児の実力者だからな。尻に重りを付けてやったから暫くは大丈夫だろうけど」


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 後日恒興は評定に出席する。

 評定というのは所謂会議の事で大体全体連絡がある場合に召集される事が多い。

 今回の評定で集められたのは家老と軍団長、部将、奉行、母衣衆等になる。

 立場が上の方にあって、信長の軍事行動に係わる者達ということだ。


「墨俣に砦を造ろうと思うんだがどう思う」


 信長は家臣を集めた広間で墨俣の築城について尋ねる。

 信長としては東濃制圧が上手くいったので、更に畳み掛けようと考えたのだ。

 実はこの美濃攻略とは稲葉山城を落とせれば、ほぼ勝ちが決まる。

 何故なら斎藤家の領地は稲葉山周辺にしかないからだ。

 稲葉山城が落ちれば再起を図れる城は存在しない。

 稲葉山周辺の小城では無理だし、他は豪族の城だ。

 あとは豪族が滅亡の危険を犯してまで、落ち目の龍興を助けてくれるかということになる。

 なので信長は二つのルートを考えていた。

 一つは犬山城から出て鵜沼城を抜くルート。

 ただこちらは稲葉山城に向かう途中に長井隼人の関城がある。

 もう一つが墨俣から進むルートだ。

 こちらは完全に西美濃三人衆のテリトリーである。

 こうなると長井隼人と西美濃三人衆のどちらが与し易いかとなってくる。


(やはり信長様も墨俣を考えていたのか。ならば自然な流れで藤吉の推挙まで持っていけるかニャ)


「ムチャだ・・・とまでは言わないけどね」


「佐渡、やれるか?」


「アタシは専門外だね。短時間で造れる自信が無い。時間が掛かれば西美濃三人衆だって出てくるよ」


「大学は造ったじゃねぇか」


「殿、名塚は基礎工事が終わってたんだよ。元々砦を造る予定だったし」


 佐久間大学頭盛重は信長とその実弟・信勝が戦った『稲生の戦い』において、嵐に乗じて一夜で名塚砦を築いた。

 通常であれば敵地に一夜で砦を築くのは不可能だろう。

 実際は信勝側が対信長用の砦を築こうとして資材を運び入れ基礎工事を済ませた後、佐久間大学によって占拠されたのである。

 嵐に乗じたのは工事の人足が居なくなるのを狙っての事だった。


「恒興はどう思う?」


「時期尚早ですニャー。まず川並衆を説得しないと即座に通報されますニャ」


 木曽川、長良川、揖斐川と全て川並衆の勢力圏であり、墨俣が長良川沿いにある以上彼等に見付からずに築城は絶対に無理である。

 川並衆の説得はこの墨俣築城の絶対条件になっている。


「出羽はどうだ?」


「ワシとしては西美濃三人衆をどうにかしないと難しいと思いますが」


 墨俣は西美濃三人衆の氏家三河守直元の領地である。

 ただ領地といっても全く管理はしていない、何しろ無人だからだ。

 とは言え自分達の領地を脅かす砦を彼等が見過ごす筈はないと佐久間出羽は答える。


「一益は?」


「俺は建築資材を運ぶだけで美濃の細作に気付かれるんじゃないかなと思いますけど」


「三左?」


「建材は加工しておけばいいですが、基礎工事が出来ていないとどうしても時間が掛かりますね。稲葉山からでも楽に迎撃出来るでしょう」


 一益と可成からも否定的な意見が出され、次第に信長は不機嫌になり始める。


「・・・・・・反対意見しかねぇのかよ、テメエら!」


 そんな信長を林佐渡がまあまあと抑える。


「殿、落ち着きなって。別に出来ないって言ってる訳じゃないんだし。先代の頃にも墨俣に砦は造ったことあるんだしさ」


「親父が?」


「それだけじゃないよ、斎藤家が造った物も含めれば5回くらい造ってる」


 織田家先代信秀は美濃に攻め込んだ際、大垣城を占領しその兵站線確保のため墨俣砦を造った。

 その後斎藤家との婚姻同盟を結んだ時に大垣城と共に斎藤家に引き渡された。

 それ以外にも斎藤家は稲葉山城防衛のため墨俣の近辺に3、4回砦を造っている。


「・・・いや、明らかにウソじゃねぇか。墨俣周辺に砦なんか一つもねぇだろ」


「そりゃ有るわけないよ。全部木曽川と長良川に流されたからさ」


 この頃の木曽川は東から墨俣に向けて流れており、墨俣で長良川と合流する。

 さて、この暴れ川である木曽川と大きな川である長良川が合流したらどうなるか。

 答えは墨俣一帯、人が住めないほどの重洪水地帯になる。

 この戦国期においても木曽川は自らの水量で川の形を変えてしまうほどの力がある。

 森三左の元の所領は現在美濃だが本来は尾張だった、木曽川が国境線を変えてしまったのだ。

 この木曽川の力には斎藤道三も匙を投げてしまい、稲葉山城防衛のための砦造りを断念してしまったくらいだ。


「マジか、じゃあ造らない方がいいって言うのか?」


「そうは言わないさ。稲葉山攻略の布石として短時間でも使えれば十分だし。ただし川並衆との関係改善だけは必須だよ」


「それは分かってるんだが、どうにも上手くいかねぇ」


 信長が落ち込むのは無理もない。

 織田家としてはかなり譲歩した条件で交渉しているにも係わらず、全く靡く気配が無いのだ。

 以前恒興は水軍衆を味方に付けるのは『利益』だと言った。

 川並衆も舟で仕事をしているのだから一緒に見えるかも知れないが、彼等はれっきとした陸の者である。

 だから彼等はもっと別のもので結び付いている、勿論利益も大切だが。

 これが信長や他の家臣達に理解出来ていなかったのである。

 そして理解出来たとしてもどうにも出来ない理由が存在しているのだ。


(ニャー達では川並衆を説得出来ない。その理由も解っている。だから藤吉でなくてはならないんだニャー。川並衆説得の話題が出た今こそ推挙の機)


「そういえば藤吉。お前、昔川並衆にいたんだよニャ」


 突然恒興に声を掛けられ、秀吉は驚いた様な表情を見せる。

 彼自身、この重臣が集まる場所で声を掛けられるとは思っていなかったからだ。

 秀吉としても川並衆については意見してみたかったが、それこそ喋る前に「黙ってろ」と言われてしまう。

 それくらいこの頃の秀吉の地位は低い。

 だが犬山城主で軍団長の池田恒興から尋ねられたのでは、誰も邪魔は出来ない。


「え、ええ。そうですけど、どうして勝三殿がご存知なので?」


「え、えーとぉ、前に又左が酔っ払ってそんな話をしとったギャ!」


「マジかよ!?そんな正体無くす程呑んだっけ?」


(そういうことにしとけ)


 変な方向に切り返されたので恒興が焦る破目になる。

 そして利家に被せる恒興であった。


「へぇ、そいつはアタシも初耳だな。秀吉は蜂須賀のこと知ってるか?」


「あ、はい。その小六どん・・・あ、いや蜂須賀小六殿の所で働いてました」


 蜂須賀は川並衆の中で最も勢力が大きい蜂須賀党の頭目・蜂須賀小六正勝のことである。

『小六どん』と聞いて林佐渡が険しい顔になる。

 つまり秀吉は蜂須賀のことを『小六どん』と呼べるほど親しいということだ。

 林佐渡の険しい顔には「何でもっと早く言わねぇんだよ」と書いてあった。


「前野はどうだ?知っとるか?」


 続けて佐久間出羽も質問する。前野とは川並衆前野党の前野将右衛門長泰のことで勢力的には川並衆No.2である。彼は蜂須賀党と連携しているのでもしかしたらと思って秀吉に聞いてみた。


「は、はい。将さん・・・じゃなかった。前野将右衛門殿とも知り合いです」


(((なんか友達っぽーい)))


 一般的に通称だけで呼び合える仲であれば友達と言える。

 これに名字まで付くとまた意味が違い、他人が人物を指すためのものとなる。

 林佐渡や佐久間出羽が好例で名前を呼ぶのは失礼なので他人は『林佐渡守殿』『佐久間出羽守殿』と呼ぶ。

 もう一つ理由がある、林と佐久間の姓を持つ者が多いので個人を特定するためにも使っているのだ。

 だがそれでも重複はする。

 余談だが新陰流を創始した剣聖・上泉伊勢守かみいずみいせのかみ信綱は上泉(こういずみ)とも呼ばれる。

 実は上泉伊勢守はあと3人ほどいるらしく、彼だけを別格として扱うためそう呼ばれるらしい。

 あまりメジャーな呼び方ではないが。

 そんな感じで通称で呼び合えるのは知り合い以上の友達で、この通称を変化縮小して呼び合えるのは更に仲が良い証拠である。

 恒興の通称は『勝三郎』だが縮めて『勝三』と呼ぶ者達がそれに該当する訳だ。


(マジかよ。早く言えよ、そういうことは!川並衆のNo.1とNo.2が友達ですって!)


 林佐渡は思わず秀吉に掴み掛かってぶん回したくなる衝動を抑えた。

 何しろ林佐渡も信長同様、川並衆とは交渉しようと頑張っていた。

 川並衆といっても実際は沢山の党に別れているため、何処か交渉出来ないか模索していたのだ。

 そして墨俣砦築城は絶対条件として川並衆の協力が必要不可欠である。

 川並衆が敵対的だと恒興が言った様に褒美目的で斎藤方に即通報される。

 木曽川、長良川、揖斐川は全体が川並衆の勢力圏で、彼等に見付からず建材を運び込むのは不可能である。

 だが味方に出来た場合、通報を防げるだけではない。

 木曽川も長良川も自在に使える彼等ならあっという間に材木を運べるし、墨俣の基礎工事にしても『川並衆の拠点が必要』で誤魔化せる。

 いくら斎藤家でも流通の要である川並衆を怒らせる訳にはいかないので、強行手段は採れないのだ。


「殿、秀吉を用いるべきだ。川並衆を味方に出来れば墨俣築城は可能さ。それに今後を考えても川並衆との関係改善は必須だよ」


(よし!佐渡殿が食い付いたニャ)


 ここは恒興の狙い通りである。

 織田家筆頭家老である林佐渡が推薦すれば、反対意見を言える人間は少ないだろう。


「よし、いいだろう。秀吉に川並衆の説得を命ずる」


「ははっ!精一杯努めます!」


 恒興の推挙に林佐渡も加わり誰もが反対しにくくなったため秀吉の川並衆担当が決まる。

 まぁ、反対したくても「じゃあお前がやれ」と言われては堪らないが。

 それに信長も林佐渡も実利主義なので、秀吉よりも相応しいと納得させないと翻さない。

 評定が終わった後、秀吉は恒興に礼を言うため別室へ誘った。

 恒興も話があったので丁度良かったが。


「勝三殿、ありがとうございます。早速動きたいと思います」


「実際に決めたのは信長様と佐渡殿だニャー。だが経過はニャーにも知らせてくれ、連携して動くから」


 恒興は墨俣築城を単体の作戦とせず、自分の戦略に組み込んで美濃に大打撃を与える作戦を起図していた。


「分かりました。まずは小六どんと将さんを説得しないとですが」


「そういえば藤吉、家臣いないよな。蜂須賀に会いに行くのに家臣の一人もいなかったら格好付かんニャー」


「仕方がないですよ、私の様な農民上がりに仕えてくれる人は中々いないですから」


「まぁ、そうかもニャー。そういう時に当てになるのは兄弟だ。藤吉、兄弟はいるか?」


 小一郎という弟が居ることくらいは恒興も知っているが、わざと聞いてみる。

 さすがに恒興が秀吉の家族構成まで知っていたら変だからだ。


「ええ、弟が一人。確かにいい案ですね、器用なアイツなら侍もやれるかも」


「あとはおね殿の義弟になった浅野弥兵衛も誘ってみたらどうだニャ。案外付いてくるかもよ」


「そうですね、弥兵衛も誘ってみます」


 この後、秀吉の弟の木下小一郎長秀(長は信長からの偏諱)と義弟の浅野弥兵衛長吉が秀吉の家臣となる。

 血縁や縁戚で家臣にするというやり方はこの時代の基本と言える。

 それを言うと恒興にはほぼいないので家臣を外から引っ張ってこなければならない。


(それでいて二人共優秀とか羨ましいニャー)


「それで格好くらい付くだろう。じゃ、いい報告を待っているニャー」


「ありがとうございます、勝三殿。吉報をお待ちください」


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 評定が終わった帰り道。

 恒興は伴で付いてきた加藤政盛と犬山城に向かっていた。

 これから犬山城で家臣や従者、待機中の兵も巻き込んで祝宴を開く予定である。

 その後は家中編成や部下の配置、給料の見直し、そして引っ越しである。

 なので今の内に騒ごうと思った訳だ。

 また急ぎの徴兵に応じた犬山兵に対する労いでもある。

 幸いにも戦闘が無く兵糧が余ってしまったので宴会分くらいは楽に有る。

 その道すがら今日の評定の話になり、政盛が川並衆について恒興に質問していた。


「でも意外でした。木下殿が川並衆の説得役になるとは」


「そうか?でも川並衆は藤吉でないと説得出来ないんだニャー。因みにニャーでも無理」


 基本的に調略や説得の責任者は部将クラスの仕事で、台所奉行のする事ではない。

 ただ昔の縁を買われて特別に任じられている状態である。

 説得役は血縁であったり、何かしら関係を持つ者が選ばれる事は珍しくない。

 今回で言えば責任者は信長で説得役が秀吉という構図になる。


「昔、川並衆に居たからですか?」


「それも有るけど、その前に蜂須賀や前野といった川並衆頭目達は織田家の傘下入りは仕方がないと思っているはずだニャー」


「え?でも交渉受け付けないんですよね」


「アイツ達はバカじゃない、一端の経営者だぞ。部下の生活を背負っているんだ。織田家が美濃を制圧したら反抗したままじゃいられんニャ」


 川並衆の活動地域は木曽三川にあり、完全に尾張と美濃である。

 もし織田家が美濃を制圧すると彼等の生活そのものが成り立たなくなる可能性が高い。

 そして東濃が制圧された今、美濃制圧は現実味を帯びてきた。

 だから川並衆頭目達には決断の時が迫っていると恒興は思っている。

 ただ傘下入りには解決しないといけない問題が川並衆にある。

 コレを放置すると最悪川並衆が崩壊する問題になるのだ。


「他に理由が有るんだニャ。簡潔に言うと部下の方に問題が有る」


「部下の方と言いますと?」


「実はな川並衆には元『織田伊勢守家』に仕えていた人間がかなり居るんだニャー」


 信長は織田伊勢守家を滅ぼした時、そこの家臣を一切引き上げなかった。

 なので織田伊勢守家の牢人が大量発生したのだ。

 そして土地も職も失った織田伊勢守家の家臣の再就職先大手が川並衆だった。

 まず彼等が織田家支持に回る訳がない。


「そして川並衆で働くヤツらが何で結び付いているかだニャ」


「結び付きですか」


「ヤツらはまともな民衆じゃないのは見れば解るニャ」


「まぁ、見るからに荒くれ者の集団ですからね」


 川並衆で働く者達の格好は、一見すれば海賊か山賊にしか見えない。

 その格好で周りを威しながら歩き、喧嘩も頻繁に起こす完璧なならず者集団だった。


「ヤツらの大半が流民か衆から追い出されたはみ出し者だ。だからヤツらは親分子分兄弟分で組織を構成する。つまり侠客気取りなんだニャー」


 侠客とは紀元前の中国の春秋戦国時代からいた硬骨漢達の事である。

 漢を建国した劉邦も若い頃はこの侠客であったという。

 その心構えは儒教の仁義礼智信の五常がベースとなっており、弱きを助け悪を挫く正義の味方の様な存在である。

 ただし大抵の者が荒くれ者であり見た目も山賊や海賊とそんなに変わらないため、あまり正義の味方とは見なされない。

 そもそも彼等は儒教の『徳治』が根付いているため、国が定める『法治』に反抗する存在である。

 一般的にその様な者をならず者という。

 この日の本においても性質は同じで他人と擬似的な親子兄弟関係を作って組織にしている。

 違うところは国を変える様な気概は無いということだ。(むしろ劉邦の様な人物が出る事自体異常)


「ヤツらにはその儒教の精神が根付いている訳だが、儒教の基本に『親兄弟を大切にしよう』があるニャー」


 孔子の儒は法よりも徳を優先する事が多い。

 例えば孔子が裁判長をやっていた時、こんな事件があった。

 父親が敵国と内通していたのを、息子が国を守るため密告したのだ。

 孔子はこれを聞いて父親を敵国密通の罪で逮捕、禁固刑とした。

 ここまでならおかしい事はないのだが、この後直ぐに密告した息子も逮捕された。

 なんと彼は父親を売った親不孝の罪で極刑となったのである。

 こんな判定が下されるのなら家族の不正を正そうという者は消えていくし、国を守ろうとする若者も減っていく。

 孔子の裁判とは大体こんな感じで誰の目から見てもヤバく、その名声から裁判長に3回就任するも3回とも罷免される。

 個人の心構えとしては優れるものの、国家の法に当て嵌めると途端にダメになるのだ。

 だから秦の始皇帝は使えないとして焼き捨てたし、儒教を国教とした漢の劉邦ですら国家の統治は秦の法治丸パクリである。


「・・・で、信長様は実弟の信勝様を処断せざるを得なかった。その事でヤツらは信長様のことを血も涙も無い冷血漢だと嫌っているんだニャー。全く勝手なヤツらだ」


 信長は信勝の謀反を一度は許した。

 だが直ぐに二度目の謀反を画策したため、処断せざるを得なかった。

 これは二度目は許さないではなく、二度目を許すと家中統制に響くからだ。

 ここで許すと信長は何度謀反しても処断出来ない弱気なヤツと舐められる。

 さすがにこの舐められ方は大名として致命的であるため処断に踏み切ったのである。

 ・・・普通は一度目で処断されるのが一般的なのだが。


「ただな、東濃制圧が成って美濃攻略は現実味を帯びてきた。今は誰も彼も内心、織田家と結べないかと考えている頃だニャー。・・・このまま織田家が美濃を制圧したら、最終的にアイツら殲滅されるぞ。完全支配地域に反抗勢力を残す必要もないからな。それくらいはどんな下っ端でもわかってるはずだニャー」


「それなら交渉に応じても良さそうなものですが・・・困ったものですね」


「自分の発言を翻す事が難しいんだろうよ。そこで藤吉の出番だ、アイツには織田家と川並衆を繋ぐかすがいになってもらうニャー」


 秀吉は実家の継父と仲が悪く、幼少の頃に家出して川並衆の蜂須賀正勝に拾われた。

 その後、川並衆として働き成長すると侍を志して遠江の今川家臣・松下加兵衛之綱の小者として働く。

 これは上手く行かず、同僚の嫉妬をかって出戻ることになる。

 また川並衆として働きながら侍を目指し、今度は尾張豪族の生駒家の小者になった。

 そこで目覚ましい働きをしたので、生駒家から嫁入りした信長の側室・吉乃きつのから信長に紹介される。

 その後、信長の小者を経て台所奉行に出世し今に到る。

 なので秀吉はかなり長い期間、川並衆にいたはずである。


「藤吉は川並衆の中でも皆から一目置かれる立場にいたはずだニャ。でなければ蜂須賀や前野ら頭目と親しくなるわけがない」


 川並衆の仕事は多岐にわたるが、その殆どが仲間との共同作業になる。

 その働きが頭目に認められるほどなら部下の間でも頼りにされたであろうと恒興は予測している。

 秀吉の面倒見の良い人柄からしても、おそらく慕われたであろう。


「つまり川並衆全ての取り纏めが藤吉なら川並衆から不満も出ない。形式的には織田家ではなく木下秀吉に仕えていることになるからニャ。信長様も藤吉を通せば川並衆に命令出来るから問題ない」


「待ってくださいよ、殿。それはもう台所奉行どころではないですよ」


「ああ、川並衆だけで2千人近い兵力が出てくる。これはもう一端の大豪族クラスだニャー」


 2千人というのは川並衆のほぼ総数である。

 彼等は土地は無いし農作業もしていないので、殆どの人間が参戦可能である。

 しかし彼等は訓練していないただの無頼が大半なので、実際に怖じけず戦に来るかは別問題だ。

 これだけの兵を統率するのだから、秀吉はただの奉行では権限不足となる。


「何れにせよ、川並衆との関係改善は必須。それが出来るのは藤吉だけなのだから、ニャーは見守るだけだ」


 このまま行けば墨俣築城も秀吉の仕事となる。

 木曽三川を自由に扱える川並衆が配下なのだから当然で、彼等以上の人員など存在しないのだから。


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 季節は夏に差し掛かる日の夜、恒興の城主就任と東濃制圧作戦の成功を祝い宴が催された。


「殿、此度はおめでとうございます」


「ありがとうだニャー。今日は皆への労いでもある。飲んで歌って騒ぐといいニャ」


「「「おー!!」」」


 恒興の掛け声に家臣や兵士達が応える。

 宴は犬山城内の敷地で催された。

 さすがに3千人を超える人間が建物内で宴会は無理なので、庭などを使って野外でやっている。


「よっしゃ!俺が元猿楽師の本領を見せるっすよ」


「いいぞー、長安!舞え舞えー!」


 土屋長安が猿楽を舞おうとしたが、途中で多数の乱入を受けて盆踊り状態になってしまった。

 兵士も将も入り乱れての無礼講なので良しとした。

 恒興もそれを眺めて笑っていたところに、宗珊が酒の入った瓶子を差し出し酌をする。


「東濃制圧が上手くいって一安心ですな」


「まあな。しかし内部の事を早急に整備しなきゃならん。給料面の見直し、部下の配置、軍の再編、特に親衛隊指揮官と新しく作る鉄砲隊指揮官を誰にするかだニャー」


 恒興の犬山城主就任は突然であったため、統治に関するあらゆる事が未設定である。

 大筋は既に恒興の中にあるので、それを宗珊と擦り合わせる事になる。

 ただ池田庄の親衛隊と新設される鉄砲隊の指揮官人選は恒興の頭を悩ませていた。


「親衛隊指揮官は敏宗ではないので?」


「敏宗はこれから備大将になってもらおうと思ってニャ。なんだかんだ言っても犬山兵を一番上手く扱えるだろうし」


 これまでは恒興には池田庄の親衛隊しかいなかったので、恒興が指揮官で飯尾敏宗が前衛隊長でよかった。

 だがこれからは犬山兵が主力となるので、恒興は本陣を構え敏宗は前衛備を率いる事になる。

 つまり親衛隊の面倒を見れなくなるのだ。


「長近や一盛も備大将で、ニャーと宗珊が本陣。政盛は荒事に向かないから本陣で伝令統括、長安と休伯は後方支援と荷駄隊てとこだニャー」


 ザックリとではあるが恒興は家中の軍編成の大筋は既に決めていた。

 これが新しい池田衆となり、この回りに附与力の城主の軍を置いていく。

 現在恒興の附与力は久々利頼興の久々利衆1千2百しかいない。


「成る程、ならば某の家臣を推挙したいのですがどうでしょうか?」


「おお、良い者がいるなら紹介して欲しいニャ」


「二人とも若手ではありますが、才能はあります。一人は渡辺教忠、荒削りですが冷静な判断ができる将です。もう一人は土居清良、少数ですが鉄砲隊を率いていた経験があります」


 推挙というのは部下を紹介し、上司の配下にする事を指す。

 なのでこの提案を恒興が受け入れると、渡辺忠教と土居清良の二人は宗珊の部下から恒興の家臣に変わる。


「それは良いニャ、是非紹介して欲しい」


「承知しました。二人を探してきますので、暫しお待ちを」


 そう言って彼は二人を探しに行った。

 再び恒興は無礼講祭の様相を呈している宴会場を見渡した。

 恒興の家臣や親衛隊が犬山兵達と共に踊っているのを見て安堵する。

 そこに踊り疲れたのか加藤政盛が恒興のところにやってくる。


「殿、今回は本当に祝着至極に存じます」


「政盛、祝いの席だからって羽目を外し過ぎるニャよ。後でへべれけになって妻に叱られてもニャーは知らんからな」


「そ、それはご勘弁を」


 恒興のところにきた政盛は結構酔っている様でかなり陽気だった。

 とりあえず恒興は釘だけは刺しておく事にした。

 政盛の妻は彼と同じ商家の出身だが、真面目でキッチリとした性格で怒ると怖い。

 しかも同じ商家出身の藤と仲良くなっているそうで、下手をすると夫への不満が直接恒興に来そうなのだ。


「そういえば評定の時、他の家の従者から聞いたのですが、今回の東濃制圧に公方様から祝辞の使者が来たそうですよ」


「斎藤家の領地が取られたことを公方様に祝われるとは龍興も憐れな。しかし使者の細川殿もマメなことだニャー」


 足利義秋の現状は何とか朝倉家を動かそうとしている感じだ。

 だが肝心の朝倉家当主・朝倉義景は義秋の前では威勢のいい事を言うのに、全く家中の意見を纏められなかった。

 義秋もこの状況に飽いたらしく、積極的な行動をしている織田信長に秋波を送り始めたのだ。


「あ、聞いた話ですが使者は細川殿ではないようですよ」


「ん?そうニャのか」


「ええ、確か・・・そう、明智光秀殿とか」


「あ、明智・・・光秀・・・だと?本当か!?」


「は、はい。殿、お知り合いで?」


 その名前を聞いた瞬間、恒興には前世における『あの記憶』がフラッシュバックして蘇る。

 信長が本能寺で討たれた時の絶望感と喪失感、光秀への果てしない憎しみと何も出来なかった己への無力感。

 恒興はこれらも同時に思い出した。

 そして自身も気付かぬ内に顔は嗤い、全身から殺気を放っていた。

 政盛もそれを感じ取った、それまでのほろ酔い気分など吹き飛ぶほどに。


「そうかそうか、そうだったのニャ。そんなところに居たのか。・・・よし、殺しに行こう」


「ええええ!?ちょ、殿、いきなりどうしたんですか!?」


 明智光秀の存在を知るや、恒興は即断する。

 というより最初から決めている。

 異常を察知した政盛は恒興の服にしがみつき止めに入る。


「今宵の村正は血を欲しているニャー、うへへへ」


「ちょっ、殿が乱心した!誰か止めてくれ!」


「殿、行かせませんぞ!」


 政盛の叫びに敏宗がいち早く反応し、恒興を止めようとする。

 敏宗も恒興のただならぬ殺気を鋭敏に感じ取ったようだ。


「放せぇ、政盛!敏宗!ニャーは何としても光秀を殺さねばならんのニャー!!」


「殿さん、正気に戻ってくれっすー!」


「友よ、さすがにコレは剣呑だよ。何があったんだい」


「はーなーせーニャー!」


 異常事態を察知した他の家臣たちも寄ってきて止めに入る。

 だが一方の恒興は刀を抜き放ち、突破を試みる。

 流石に刀は上に掲げられ振るわれる気配はないが、恒興が乱心しているのは誰の目にも明らかだった。


「喝あああぁぁぁぁっつ!!」


「「「!?」」」


 物凄い大音量の『喝』に恒興を含めた全員が固まる。

 その大声の主は紹介したい部下を連れて戻ってきた宗珊であった。

 彼は白刃を抜いている恒興に異常な気配を感じ、即座に『喝』を放った。

 この『喝』には相手に憑いた邪気を吹き飛ばし、正気を取り戻す効果があるとされている。


「一体何事か、これは!?」


「宗珊殿、殿が乱心してしまったんすよ」


「明智光秀殿を殺しに行くと言って聞かないのです」


「明智光秀殿?少し前に公方様の使者として来られた?」


 宗珊がギロリと恒興を睨む。


「それで殿は何故、明智殿を殺めようとなさっているのですか?」


「え、えーとぉ。ニャーの背後霊がそう囁くから・・・じゃダメ?」


 宗珊の『喝』を食らってすっかり正気に戻った恒興が自信無さげに言い訳する。

 実際は背後霊ではなく前世の記憶なのだが、どちらにしても人を納得させるのは不可能だろう。


「喝あああぁぁぁぁっつ!!」


「ニャッ!?」


 今度は間近で目の前から大音量の『喝』を食らう。

 既に恒興は萎縮状態で正座している、完全に叱られている子供である。

 因みにそんな『喝』の余波を浴びて、家臣も兵士も正座している。

 そんな恒興を宗珊は背中から掴み上げ、引きずって城内へと連れて行く。

 主君を家臣や兵士の前で叱るのは流石に悪影響が出るので部屋でやろうというわけだ。

 説教自体をしないという発想は宗珊には無い。

 そして宗珊は恒興を連れて行く途中で振り返り、正座している全員に告げる。


「宴に出された食べ物は全て平らげる様に。棄てることはこの宗珊が許さぬと知りなさい」


「「「ははーっ!!」」」


 既に宴の熱狂は冷めてしまったが、全員後始末は全力でかからねばならない事を認識した。


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 犬山城の一室において、家老の土居宗珊による説教が続いていた。

 軽々しく人を殺めてはならないという道徳的なところから始まり、織田家の損得へと説教内容が変わっていく。

 その過程で恒興はすっかり忘れていた事実を認識する。


「解っているのですか、殿。明智殿は『幕臣』なのですぞ。そんな方を殺めたりすれば、当家の信用は地に落ちます」


「・・・ん?幕・・・臣?・・・あ、あああ!?」


(そうだった!忘れてたニャ!アイツ、幕臣じゃねーか!!・・・あれ?てことは、アイツを殺したりしたら・・・)


 そう、明智光秀は幕臣である。

 何時そうなったかは定かではなく、朝倉家から紹介(厄介払い)されたという説もある。

 だがこの頃には義秋の家臣であり、北近江高島で浅井家と戦ったりしている。


「公方様の信頼を失えば、最悪織田家の上洛話まで吹き飛んでしまうのですぞ!」


 当然ではあるが義秋が自分の家臣を殺められて、信長を信用するというのは無いだろう。

 つまり恒興が光秀を殺せば、織田家は上洛の大義名分を失い、信長自身をも大きく落胆させる。

 というか、こうなると信長は恒興の首を刎ねて義秋に詫びに行かねばならない事態だ。


(ヤ、ヤバイニャー。織田家に移籍したら直ぐに公家との折衝役になって、確固たる地位を築いてしまう)


 現在の織田家に京の都の公家と上手く付き合える人間はいない。

 その点から言っても光秀の存在は織田家にとって重要だった。

 信長が光秀をスカウトした理由は将軍との繋ぎだけではなく、公家との折衝も見込んでの事である。

 その点は恒興でもまだ実力不足だ。

 恒興は茶会は上手く出来るが、連歌会などの『和歌(詩)』はからきしだからだ。

 公家の間で茶道・和歌・蹴鞠は特に重要視され、光秀はこの全て上手くこなせる人物なのだ。

 明智光秀が織田家において物凄い速さで出世したのは、この京の都との折衝を一手に引き受けたからが大きいのだ。


「何時も信長様のためを考えて行動している殿らしくありませんぞ!」


(神様でも仏様でもデウス様でもいいから、ニャーをもう一度桶狭間に戻してくれーっ!次は真っ先に殺しに行くからーっ!)


 恒興は祈った、自分をこの世界に連れてきた何かに。

 だがそれに応えるモノは存在せず、恒興の時間が逆行することはなかった。

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