チェッカーズ
関川 二尋
Opening ~試合開始~
♙【ポーン】~名もなき兵士の手紙~
♙
やぁレディ。
どこから話そう?
自己紹介?
たぶんキミは僕のことを覚えてないだろうけど、僕はキミの知り合いだよ。
少なくとも僕はキミの味方だ。
いろいろと疑問はあるだろうけど、それだけは信じて欲しいな。
♙
まぁそれは、さておいて。
キミには伝えなきゃいけないことがたくさんある。
これからキミが暮らすこの世界の事、とくにこの街のことなんかを。
♙
まずはここから始めるとしよう。
♙
僕が暮らすこの街、キミがこれから暮らす街はこう呼ばれている。
【チェスボードシティ】
誰が名付けたのか知らないけど、この名は街の性格をかなり正確に表している。
この街では、とにかくいつもどこかで戦闘が繰り広げられている。
小さな犯罪から、抗争、内戦、クーデター、ちょっとした戦争。
まぁとにかくあらゆる戦い。それを延々と繰り返しているのがこの街だ。
これからキミが暮らすのは『街』という名の『戦場』だ。
♙
でもまぁ、そのこと自体は大して珍しいことじゃないんだ。
この街に限らず、歴史の重要事項なんてものは戦いの積み重ねだからね。
誰と誰が手を組んで、戦って、勝利して、誰が何を手に入れたのか。
この街ではそれがギュッと凝縮されているわけだ。
♙
もちろんそれには理由というか、ちょっとした事情がある。
それはこの街の住人たちのことだ。
『チェスボード市』が特殊な理由は、つまるところそこに住んでいる人間が特殊だからだ。
とにかく、ここにはいろんな連中が住んでいる。
よく言えばユニークでバラエティ豊か。
悪く言えば節操がなく、カオスの巣窟。
♙
まぁ街を構成するのは確かに普通の人間たちだ。
チェスで例えるなら【ポーン】
つまりは歩兵だね。
特に能力もなく、淡々と命令されるがままに前に進むだけの存在。
あんまり命の価値が軽すぎるから、名前すら必要ない存在だ。
もちろん僕もそんなポーンの一人だ。
♙
そんな僕らの上には政治家や富豪、ギャングや軍隊のトップ連中が支配者として君臨している。
駒的には【キング】や【クイーン】
彼らのほとんどは莫大な金をかけて、脳以外を機械に変えた特殊サイボーグになっている。
朽ちることのない強固な肉体、ほぼ不老不死を実現したテクノロジー、単体での戦闘力はけた違いだ。
間違っても相手になっちゃいけないよ。
♙
そんな彼らの下には、さらにユニークな有象無象が集まっている。
彼らはまぁ【ビショップ】【ナイト】【ルーク】といった駒たちだ。
とにかく特殊な能力を持つ連中。
もちろんこいつらにも関わっちゃいけない。
やり過ごすか、目の届かないところまで逃げるべき。
なにしろ彼らの能力は僕らの想像を軽々と超える。
♙
人工知能を持ったロボット、遺伝子改造されたミュータント。
この辺りはまだかわいいものだ。
魔法使いや、異能力者、超能力者。
こんな奴が実在しているなんて信じられるかい?
さらには吸血鬼や妖怪、ゴースト、極め付きに神や天使、悪魔までいる。
この辺りの存在はもはや冗談にしか思えないレベルだ。
でもこの街には実際にこういう奴が暮らしているんだ。
とにかく片時も油断しちゃいけないよ。
それでなくても今はとにかくヤバい状況なんだ。
♙
最後にコレだけは伝えておかなきゃ。
もちろん今の街の現状だ。
この街はかなりキナ臭いことになっている。
暴力沙汰、抗争、戦乱が日常のこの街でも、これまではそれなりに均衡を保っていた。
何のとりえのない僕でも、それなりに働いて、食べて、たまには酒を飲んで憂さ晴らしして、そんな生活を送れていたのだ。
♙
でも、今は違う。
街は不気味なほどにひっそりと静まり返っている。
沈黙の中、どこにつながっているか分からない導火線がいたるところでジリジリと燃えている。
今まさに【チェスボードシティ】そのものが崩壊しようとしているんだ。
♙
そのきっかけは小さくて大きな事件が起こったせい。
この物騒な街では、些細でありふれた、ただの誘拐殺人事件だ。
だが対象がまずかった。
【市長】の娘が何者かに誘拐されて殺されたからだ。
♙
【市長】というのは、この街で一番の権力者で実力者だ。
これまでの半世紀にわたり、明晰な頭脳と、強大な権力と、絶対的な武力で、この街を支配してきた。
僕らポーンだけでなく、有象無象の連中の首根っこをしっかり摑まえてそれなりの平和という均衡を維持してきた。
♙
でもこの娘の殺害で全てがガラリと変わった
これが地獄の蓋だった。
引いてはいけない、軽い引き金だった。
市長は半狂乱になって復讐をわめていている。
だが肝心の娘も、誘拐犯もまだ見つかっていない。
♙
というのが、今のこの街の状況だ。
暗黒街は右往左往のパニックに陥っているはずだが今は静か。
嵐の前の静けさ、そう言った方がいいだろう。
今はいろんなものが闇にまぎれて暗躍しているが、これから街中をひっくり返すような、なにかどでかいことが起こるだろう。
♙
さて、ずいぶん長くなったね。
でもとにかくこれが今の状況。
キミが知っておくべき世界の状況だ。
♙
最後に告白しておこう。
僕はこの誘拐事件に一枚かんでいる。
それはもちろん僕の望んだものではない。
だいたい僕は名もなき【ポーン】でしかないのだ。
♙
僕がルークやナイト、いや、キングだったらどれだけ良かったか。
キミのヒーローになれたらどれだけ良かったか。
だが僕はどう見たってただのポーンだ。
この状況では、むしろキミのそばにいない方がいいのだ。
最後に僕が出来ることといえば、こうしてキミにサヨナラをするだけなんだ。
♙
あの人の話が本当なら、キミは記憶を失くして目を覚ますはず。
いろいろと混乱していると思うけど、今のキミなら大丈夫。
これからはキミの思う道、願う道を進んでいけると思う。
♙
さて短い間ではあったけれど、僕はキミのことが大好きだったよ。
もちろん今もそうだけど、それはまぁ僕の問題。
キミはこの手紙を読んだら、さっさと焼き捨ててくれ。
ということで、支離滅裂のひどい手紙もこれで終わりだ。
僕も含めて大半の事は忘れて大丈夫。
今度こそキミの望む幸せを見つけてくれ。
♙
さよなら、レディ。
キミの歩く道が光で包まれていますように!
♙
「はぁ? なにがレディよ……」
その少女はクシャリと手紙を握りつぶした。
それだけでは怒りが収まらなかったのか、さらにビリビリと細かく細かくちぎった。
「ムカつくムカつくムカつくっ!」
さらに細かく細かく、気の済むまで小さく小さく。
そしてこれ以上小さく出来なくなると、パッと宙に放り投げた。
それは季節外れの雪のように、少女の黒いドレスにフワフワと舞い落ちた。
「……だいたい忘れるわけないじゃないっ!」
少女はプッと頬を膨らませ、それから傍らの棺桶に腰掛けた。
その蓋はすでに開かれ、蓋そのものは破片となってあたりに散らばっている。
「だいたい、なんで勝手に消えるかなぁ?」
一度そうつぶやいてから
「ポーンの馬鹿ァァァァァ!」
月に向かって吠えてみた。
怒りに満ちた表情ではあるが、彼女はまだまだ少女という年頃だった。
どんなに怒ったところで、可愛さが抜けない年頃だった。
♙
だがまぁ叫んだことで気持ちが落ち着いた。
ちょっと涙も流れたが、すぐに拭き取った。
「ぜったい思い通りになんかさせない」
あどけなさのたっぷり残る顔に、意地悪で楽しそうな笑顔が浮かんだ。
「逃げたって無駄なんだから。必ず見つけだしてやるんだから!」
少女は決意を拳に閉じ込め、ワナワナとその手を震わせた。
「こうしちゃ、いらんない……」
少女の目が静かに赤く輝き、八重歯のような短い牙が月光にきらめいた。
「覚悟してなさい、ポーン。これから迎えに行くからっ!」
その姿が不意に黒く染まり、揺らめき、次の瞬間には無数の
~名もなき兵士の手紙 終わり~
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