エピローグ
年が明けた冬休み。僕たちは空港を駆け回っていた。前を行くユミカに落ち着くよう声をかける。
「そんなに走らなくても大丈夫だよ」
ユミカはスマホを何度も確認している。手続きを終えないと安心できないのだろう。僕は重たいキャリーケースを二つ引っ張って、そんな彼女についていかなければならなかった。
搭乗手続きを終え飛行機に乗り込むと、ユミカはようやく安堵の吐息を漏らした。
「しかし、ユミカのお父さんも極端というか、何というか。年頃の娘を男と二人で旅行に行かせる上に、僕の分まで旅費を出してくれるなんて」
「こうと決めたら、徹底的にやらないと気が済まないのよ、あの人」
暮れに突然声をかけられ、鹿児島県の屋久島へ旅行することになった。新しいカメラを買ってもらったユミカが早速それを使ってみたくて、前から行きたかった屋久島へ……ということらしい。準備やら何やらでバタバタして、僕はすでに疲れ気味だった。
「あんまり楽しくなさそうね。私と一緒じゃ嫌だった?」
ユミカはまた、いつもの意地悪な笑顔で僕をからかう。
「そんなことないよ。僕は幸せ者です」
「とかなんとか言いながら、どうせ夢の中じゃ女をとっかえひっかえしてるんでしょ?」
別に妬いているわけではないようだが、誤解を解いておく必要はあるだろう。
「実は、夢をコントロールすることができなくなったんだ。ユミカが寝込んだ後、戻ってきてから」
あの一件以来、明晰夢を見る能力は失われてしまった。夢を見たとしても映像を眺めているように何もできないし、そもそもそれが夢だと認識することもできなくなった。恐らく、普通の人が見る夢と何ら変わりはない。
「ふうん。まあどうせ、エロいことにしか使ってなかったんでしょ」
「え、それは……」
否定できずにはにかむしかなかった。ユミカは面白そうに笑っている。
好きな夢を見られなくなって、初めは残念に思ったものの、僕は外の世界に目を向け、そして、今まで以上にユミカを想うようになった。夢よりも素敵な現実を手に入れ、間違いなく以前の生活より充実している。今ではユミカに逢うのが楽しみで、次の日が待ち遠しいほどだ。
「でもいいんだ。今はユミカがいてくれるから」
その気持ちを伝えたくて、ユミカの右手を握り、言葉にした。
「……ぜんっぜん似合わないから」
ユミカは馬鹿にするように言って、僕の左手を握り返す。
そうして僕は、少し赤くなったユミカの顔を、いつまでも心のアルバムに残しておきたいと願った。
ドリーマー 土芥 枝葉 @1430352
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