火曜日(3)
眠りについてすぐ、ユミカを見つけた。彼女は昨日と同じように学校の制服を着て、大樹の根元に寄りかかっていた。僕も彼女に合わせて制服に着替え、歩み寄って声をかける。
「今日は控えめね」
現実のユミカが同じ夢を見ているとわかれば、傍若無人には振る舞えない。うん、まあ、とごまかすように返事をした。
「ほらほら、昨日の豪介はもっと男らしかったじゃない」
からかうように肩を叩かれ、開き直ることにした。僕が笑うと彼女も微笑んだ。
海が見たいとのリクエストがあったので、例の絨毯で砂浜へと向かう。彼女は初めから僕の背中にしっかりと掴まった。心なしか、昨日よりも腕に力がこもっているような気がした。
ビーチの光景は、幼い頃に行った海水浴場の記憶を基に、写真や映像で見た海外のリゾート地をイメージして構成されていた。もちろん僕たちだけのプライベートビーチだ。
どこまでも続く砂浜の真ん中に絨毯を降ろし、そのまま陣取った。目の前には澄み切った海と、雲一つ無い晴れ渡った空、そして、果てしない水平線が広がっている。ユミカはしばしその光景に見入っていたかと思うと、スマホを取り出して写真を撮り始めた。何枚か撮って見直し、難しい顔をしている。納得がいかないようだ。
「カメラ、持ってくれば良かったな」
ユミカは残念がった。スマホのカメラも高性能化しているとはいえ、やはり本格的なカメラで撮るものには及ばないのだろう。
僕はカメラをぽんと出してユミカに手渡した。どんな物が良いかわからないので、父が持っているデジタル一眼レフとかいうものをイメージした。ユミカは興奮してカメラを四方八方から点検している。
「すごいよ、豪介」
写真家の血が騒ぐのか、ユミカは早速ファインダーを覗いて撮影を再開した。背面の液晶で何かを調整したり、撮った写真を確認したりと夢中になっている。もしかしたら、彼女の知識がカメラの性能や機能に反映されているのかもしれない。僕はカメラのことなどほとんど知らないのだ。
ユミカは僕がいるのを忘れたかのように、一心不乱に写真を撮りまくっている。僕はそんな彼女に見とれていた。好きなことに打ち込んでいる人が輝いて見えるというのは本当らしい。
満足したのか、あるいはくたびれたのか、ユミカは腰を下ろして一息ついた。オレンジジュースを差し出すとおいしそうに飲んだ。あとは水着に着替えてくれれば言うことはなかったが、頼んでも好い顔はされないだろう。
「写真、好きなんだね」
僕が言うと、ユミカは笑って「そう言ったじゃない」と応えた。
「いや、僕が思ってたよりもずっと、ってこと」
ユミカは目を伏せ、口元に微かな笑みを浮かべた。そして、膝に載せたカメラを愛おしそうに撫でた。
「……好きなときに好きなだけ写真を撮っていられたら、人生がどんなに楽しいだろうって思うの。でも、生きていくためには、お金を稼がなくちゃいけないでしょ? もちろん、別の仕事をしながら生活費を稼いで、空いた時間で写真を撮るのが現実的だと思うんだけど、自分の写真がお金になって、それで生活できれば、写真を撮り続けられるでしょ? だから、私は写真家になりたいの。夢見過ぎかな?」
そう述べたユミカに、僕は首を横に振って、「そんなことないよ」と応えた。
「何にだって、なろうと思わなきゃなれないさ」
「ふうん。豪介、いいこと言うじゃん」
満足そうに微笑んだユミカは、もう一口ジュースを飲んでから、小さく溜息をついた。
「嫌だな、したくもない勉強や結婚なんて」
海を見つめ、哀愁を漂わせるユミカの横顔は絵になった。それこそ、カメラに納めたいと思うほどに。
波の音にかき消されたように、僕たちは言葉を失い、ただ海を眺めていた。ずっとこうしているだけでも良いと思った。
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