火曜日(2)
うちの学校は昼休みに屋上を開放している。四方を高いフェンスに囲まれ、そのへりは腰掛けるのに丁度良く、人気のランチスポットとなっているらしい。らしい、というのも、僕がここに来たのは初めてだったのだ。そのため僕は間違えてお洒落な店に入ってしまったように気恥ずかしい思いをしていた。
ほとんど山城にエスコートされる格好で、空いている場所を見つけ、並んでそこに腰掛けた。周りにはカップルが目立つ。
「怯えたような顔しないでよ。迷惑だった?」
山城は僕の顔を覗き込んで言った。僕は慌てて首を振り、愛想笑いを作ろうとしたが、自分がどんな顔をしているのかも分からなかった。
「……やっぱり、ゴースト君なのね。まあいいわ。食べましょう」
山城は太ももの上に弁当を展開した。彼女の悩ましい大腿部をじろじろと見つめないよう、細心の注意を払わなければならなかった。
「……珍しいね。どうしたの、突然」
何とか喋ると、山城は咀嚼を止め、唖然として僕の顔を見据えた。本当は彼女も同じ夢を見たのか確かめたかったのだが、そこまで言葉が続かなかった。山城は口の中のものを飲み込み、お茶で喉を潤してから答える。
「……ええと、まず昨日起こった出来事を振り返ろうか。踏切の前で、私は猫の写真を撮ろうとしていた。そこに君が通りかかって、猫は逃げて、私はパンツを見られた」
「ご、ごめん」
「その夜、私は君の夢の中に迷い込んで、そこで私たちは出会った。君に空飛ぶ絨毯に乗せてもらって、ファミレスに入って色々話をした。そうでしょ?」
ああ、と返事して僕はうなだれた。何ということだろう。やはり山城も同じ夢を見ていたのだ。そうと分かると気まずく、恥ずかしくて顔から火が出そうになった。
「やっぱり、そうだよね。私たち、同じ夢を見てたんだよね」
しかし、山城が納得して笑顔になったのを見て救われた気がした。
「どうして、僕と同じ夢を見たと思ったの? どうも、確信してたみたいだけど」
んん、と山城は噛みながら唸って、飲み込んでから答える。
「昨日の夜ね、寝てたら誰かに呼ばれたの。男の人の声で、こっちにおいでって。夢だろうと思って、そのまま声のする方に歩いていったら、景色が変わって、豪介が現れた。君はまったくの別人みたいだったけど、いつも見る夢に比べて現実感がありすぎたんだよね。草の匂いも、アップルティーの味も。豪介の背中の頼りない感触も憶えてたし、朝起きても君の声が耳に残ってたの。今の今まで実際に話してたみたいに」
さりげなく酷いことを言われた。それは事実だから仕方がない。
「もしかしたらと思って今朝声をかけたら、豪介が後ろめたいような目をしたから、やっぱりそうだって確信したんだ」
山城は悪戯を成功させたおてんば娘のように笑みを浮かべた。僕はどんな顔をして何を言えば良いのか分からず、ただ照れたようにニヤニヤしていた。自分の顔が紅潮していることだけは分かった。
「……ごめん、現実だと、上手く喋れなくて。特に女の子とは……」
なんとか言葉を絞り出して謝ると、背中をぽんと叩かれた。
「そんなこと気にしないで、夢の中と同じようにしゃんとしてなさい。それと」
「それと?」
「ユミカって呼んでよ」
僕たちは弁当を食べながら、妙なこともあるものだと昨日の夢を振り返った。ユミカが写真家を目指しているのは本当らしい。彼女が夢の中で見せてくれた写真は、現実のスマホにもすべて収められていた。
僕の特技については話さなかったが、ユミカは「また、夢で会えたらいいね」と言った。その言葉は僕の胸を騒々しくさせた。社交辞令だと分かっていても、そう思いたくはなかった。
放課後、特に挨拶を交わすでも、一緒に帰ったりするわけでもなく、僕たちはいつもどおりそれぞれの帰路についた。僕は当然、その夜もユミカに逢いたいと考えていた。思い上がりには違いないが、ユミカとの縁に運命的なものを感じていたのは確かだ。
僕が石ころならば、ユミカは夜空の星だった。石ころが星に憧れたところでどうなるとも思えない。それでも、宝くじだって買わなければ当たらないのだから。
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