火曜日(1)

 山城は誰にでも気軽に声をかけるタイプとはいえ、彼女が僕に対し、わざわざ寄ってきて挨拶するというのは、決して起こりえないことではないが、まず起こらない類いの出来事だった。僕だけでなくクラスメイトも驚き、何事かと注目しているようだ。僕は僕で完全に狼狽して、「やあ」と一言返すのがやっとだった。

「そんな、他人みたいな顔しないでよ」

 山城は少し不満げに言った。その一言は皆の好奇心をさらに掻き立ててしまったようだ。悪いことをしてるわけではないのに、あちこちから投げかけられる視線と、聞き取れない程度の話し声がやけに居心地悪く感じられた。返事すらできないでいると担任が入ってきて、山城は席に戻っていった。

 ホームルームの間、僕は昨日の出来事と夢を振り返った。

 山城は何か、鎌をかけるような言い方をした。昨日、現実に起こった彼女との接点と言えば、踏切で少し顔を合わせたことしか思いつかない。しかし、そのときは軽く挨拶を交わしただけで、他人ではない、というほどの関係になったとは思えない。

 ……考えたくはないが、山城も同じ夢を見ていた、という可能性も考慮しなければならないようだ。昨日の夢はいつもと違って、山城を思い通りにコントロールできなかった。それは、僕の夢においてはありえない現象なのだ。そして、先ほどの山城の態度。彼女も同じ夢を見ていたとすれば、それらはぴったりと符合するように思える。果たして、そんなことが起こりうるのだろうか。

 僕の疑念をよそに、山城は涼しい顔をして担任の話に耳を傾けていた。


 休み時間、ユミカは友達と話したり教室にいなかったりで、話を聞くことはできなかった。もっとも、彼女と二人きりにでもならなければ、僕から話しかけることなどできなかっただろう。

 午前中はずっと山城のことが気になって、授業の内容は一つも頭に入ってこなかった。


 昼休みになると再び山城に声をかけられた。彼女は小さな弁当の包みとマグボトルを抱えている。

「屋上、行かない? どうせ一人で食べるんでしょ?」

 断ることもできず、僕は呼び出しを食らった生徒のように、おずおずと山城についていった。視線を感じたが後ろは振り向かないようにした。

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