第139話 大失敗
「なんてこった……」
「よもやそんな事態になっていたなんて……」
兵士スコットの話を聞いた優志とボロウは愕然とした。
特にボロウはかなりのショックを受けているようで、呆然とその場に立ち尽くし、大きな体を小刻みに震わせている。
魔人と化したロブ・エルズベリーの暴走はそれほどの衝撃を与えていた。
一方、優志はベルギウスの安否が気になっていた。
「で、ベルギウス様は今どこに?」
「そ、それは……」
スコットは答えにくそうに目を伏せた。
その動作だけですべてを察する。
「まさか……そんな……」
優志の顔が青ざめる。
この世界に来て、いろいろと世話になったベルギウス。時にはトラブルを持ち込むこともあったが、結果として優志の名を広めるのに一役買う形になっていた。だから、優志はベルギウスに恩を感じていたし、ベルギウスの依頼であれば大抵のことはこなしていこうと密かに思っていた。
その恩人であるベルギウスが魔人に襲われた。
そして、その安否は不明のまま――優志の背中にゾクリとする寒気が走る。
ベルギウスは……もう……
「やれやれ……人を勝手に死亡扱いしないでもらいたいな」
突如背後から聞こえてきた声に、優志たちは驚きながら振り返る。そこには、ついさっきまで死んでしまったのではと思っていた人物が立っていた。
「「「ベルギウス様!」」」
「そんな大声を出さなくても聞こえるさ」
苦笑いを浮かべるベルギウスだが、その全身はボロボロでまさに満身創痍。体の至るところから出血し、意識が朦朧としているのか、視点が定まっていない。それに、今にも倒れそうにフラフラとしていた。
「おっと」
おぼつかない足取りで優志たちのもとへ歩き出したベルギウスだが、バランスを崩してしまう。そこで、ハッと我に返った三人がベルギウスを支える。
「すまないな……ヤツにやられた傷が思ったよりも深かったようだ」
「無理をしないでください。今、持ってきた回復水を出しますから」
「ああ……頼むよ……」
ボロウに支えながらも力なくその場に座るベルギウス。
優志はすぐさま回復水を取り出し、手渡した。
それを一気に飲み干すと、あっという間にベルギウスの顔色が回復していく。荒れていた呼吸も整い、出血も止まった。
「助かったよ、ユージくん」
「いえ、ベルギウス様のためならば」
回復したベルギウスの様子を見て、優志はホッと胸を撫で下ろす。だが、直後にベルギウスは、普段見せない真面目な顔つきとなった。
「これは完全に僕の失態だ。……魔人を国家戦力として運用しようといろいろと研究を進めていたが、まさかこのような事態に――」
立ち上がったベルギウスは息を呑んだ。
彼がの眼前に広がっていたのは負傷した多くの兵士たち。
その凄惨な現場を目の当たりにしたベルギウスの瞳から涙がこぼれ落ちる。
「こんな……こんなことになるとは……」
「べ、ベルギウス様!」
再び倒れかけたベルギウスを、ボロウは体を張って支える。
「……なあ、スコット」
「え?」
「さっきの説明だけど……何か俺たちに隠しているだろ?」
「! そ、それは……」
優志は直感する。
先ほどのスコットの説明には肝心な部分が抜けている、と。
根拠などはない。
ただ、何か違和感のようなものを覚えていた。
「俺も回復屋と同じ考えだ。……ここで何をしていたんだ? 本当に魔鉱石や魔人の研究だけなのか?」
ボロウも加わってスコットへと詰め寄る。
口を閉ざそうとしていたスコットであったが、周辺の惨状からもう隠し通しておくわけにはいかないと思ったようで、ゆっくりと口を開いた。
「……初めにこれだけは言っておきます。自分はすべてを知っているわけではない、と」
「知っていることだけでいい」
「ああ、ここで何が行われていたのか、君が知っていることを話してくれ」
「分かりました」
ひとつ深呼吸を挟んでから、スコットは語り始める。
「まず、ここが魔鉱石の研究を行っていたのは事実です。魔鉱石を詳しく調べ、その効果を人工的に生み出すことができるかどうか……それを長年にわたり研究していたのです」
ケリムの塔が魔鉱石の研究をしているという話は事実のようだ。
「王国の発展を目指すためには魔鉱石の安定供給が絶対の条件でした。……しかし、それが進むにつれ、必要となる魔鉱石の効果は希少な物が多くなり、一定数を確保するのが難しくなってきたのです」
いわゆるレア度の高い魔鉱石を指しているのだろう。
そうした魔鉱石を手に入れるためには、ハイランクのモンスターを倒すことが必須条件になってくる。ダズやエミリーたちのような熟練の冒険者であっても討伐が困難なモンスターを相手にしなければならないのだ。
「その辺は俺の知っている情報と一緒だな。……で、問題はその先だろ?」
ボロウが詰め寄ると、スコットは小さく頷いた。
「確かに、それが表立って知れ渡っているこの塔の役目……ですが、その裏には別の目的が潜んでいました」
「やっぱりな。それで、その別の目的とやらはとういったものなんだ?」
「それは……魔人の持つ力を誰もが扱えるようになるための研究です」
「「!?」」
優志とボロウは思わず顔を見合わせた。
「それはつまり……誰もが魔人になれるということか?」
優志の問いかけに、スコットはすぐさま返答する。
「魔人と言っても、ただ暴れ回るのではなく、自我を持ち、こちらの指示通りに行動できるようにするのです」
その言葉を受けて真っ先に浮かんできたのはバルザの存在だ。
最初はただの戦闘狂だったバルザは、戦勝パレードの際にはベルギウスの忠実な配下のように振る舞っていた。あれはここでの研究成果であったのだ。
「そんなことが……」
そんなことができるのか、と驚くボロウ。しかし、すぐに先ほどの魔人(ロブ・エルズベリー)が遠くへ逃げていくシーンが脳裏を過る。
「だけど、失敗したんだな?」
改めて優志が問うと、スコットは再び首を縦に振った。
ベルギウス発案だという魔人計画は、ここに大失敗という最悪の結末を迎えたのだった。
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