第138話 兵士が見たモノ
「俺たちはいつもと変わらず……ここで警備任務に就いていた。異変が起きたのは今から一時間ほど前だった」
「一時間前……一体何があったんだ?」
優志が説明を求めると、途端に兵士は震え出した。ボロウが心配して兵士の肩を抱きながらたずねる。
「心配ない。ここにはもうなんの脅威もない。落ち着いて、何が起きたのか俺たちに説明をしてくれ」
ボロウから声をかけられると、兵士の震えが若干収まった。乱れていた呼吸も整い始め、視線も安定している。どうやら、まともに話ができるくらいには精神的に落ち着いてきたようであった。
「す、すみません、取り乱してしまって」
「大丈夫だ。それより――」
「はい。説明します。……ここで何が起きたのか」
兵士はゆっくりと立ち上がり、半壊状態の塔へと視線を移す。
事の発端は一時間前――
その日、優志たちによって救出された兵士のスコットは、いつも通り、変わらぬ警備任務を淡々とこなしていた。
休憩時間となり、いつもの部屋で同僚の兵士たちとなんでもない世間話をしながら食事をとり、それが終わるといつもの持ち場へと戻る。
異なる点があるとすれば、ベルギウスが視察に来るという点。
だが、それは上役たちの管轄であるため、スコットの出番はなし。日常任務を無難にこなして終了となるはずだった。
しかし、昼食をとってからしばらくして、異常事態を知らせる警戒音が《サウンド》の魔鉱石から流れ始めた。
何事だと兵士たちが慌てふためていると、突如としてスコットたちのいる塔一階部分の天井が抜け落ちた。多くの兵士が、その天井の下敷きとなってしまう。
「一体何事だ!」
誰かが叫んだ。
事態がまったく把握しきれないスコットたち兵士はその叫び声でハッとなり、すぐさま武器を手にし、戦闘態勢へと移行する。
だが、具体的に何が起きているのか、状況を適切に把握できていなかったことが災いして現場は大混乱となり、指揮系統が大きく乱れることとなる。
敵が襲ってきたかもしれないというのにこの失態はいただけない。
スコットは気を取り直し、天井崩落の原因追求のため数人の部下を率いて二階へと駆け上がった。そこで見たものは、恐るべきものであった。
「魔人……だと?」
人間に味方する魔人のバルザではなく、極秘裏にこの塔へと担ぎ込まれたエルズベリー家の当主、ロブ・エルズベリー(魔人状態)であった。
「ど、どうして……」
スコットには訳が分からなかった。
ロブの足元にはまるで木彫りの人形のごとく、微動だにせず横たわる多くの兵士の姿があった。皆、ロブにやられたのだと理解するのにそれほど時間は要さなかった。
「ロブ・エルズベリー!?」
スコットはそれから言葉を失った。
あの優しいと評判の御三家エルズベリー家当主が、警備兵を血祭りにあげている。もはや王国の騎士では手が付けられないところまで成長していたのだ。
「なんてことだ……」
ベルギウスの立てた計画の失敗を悟ると、スコットは本国へと応援を要請する必要があるとすぐにその場を離れようとした。
自分がここであの男と真っ向から勝負をするのは得策ではない。騎士団を総動員しなければとてもじゃないが敵わない。
しかし、魔人が足元の瓦礫を払いのけて何かをその下から引っ張り出した時、スコットは血の気が引いた。
ロブが引っ張り出したのは人だった。
それも一般人ではない。
「ベルギウス様!?」
次期国王との呼び声も高いベルギウスであった。すでに全身から出血を伴う怪我を負っているベルギウス。そんな彼を睨むロブ・エルズベリーの顔は、さわやかさとはかけ離れた表情をしていた。
「くっ!?」
スコットは凍りついて動けなくなる。
「そこをどけ」
ロブが変身している魔人は、突如、春の風を感じながらそっと頬を撫でるような動きを見せた。すると、あっという間に牢屋が引き裂かれ、逃亡生活が始まった。
逃げるロブは兵士たちの目をくらませようと、あの手この手を使って暴れ回る。徐々に理性をなくし、その姿はもはやただの凶暴な獣であった。
事態は、颯太たちの想定を遥かに超えたところで起きていたようだった。
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