第129話 騒動の結末
優志とボロウの決死の特攻によってなんとか最小限の被害にとどめられた魔人騒ぎ。
だが、当然このまま事態が鎮火するはずもなく、
「これからどうしたものかねぇ」
武骨な手で頭をボリボリとかきながら、ボロウは困ったように言う。
とりあえず、動きの止まった魔人を拘束して腕に覚えのあるボロウの部下たちで周りを取り囲んでおく。ただ、魔人の力を考慮すると、これでもまだまだ不安だ。
優志はこれまでに得た経験をもとにボロウへアドバイスを送る。
「今は沈黙しているけど、目が覚めた時はどうなるかわからない。これだけの人数がいたとしても、魔人には意味がないだろう」
「だろうな。魔人の力に関してはこちらも報告を受けている。正直なところ、俺たちだけじゃ抑えきれないな」
ボロウも魔人の危険性は承知しているようだった。
それでも果敢に挑んでいったのは、ひとえに忠誠心からだろう。
トニア・エルズベリーの証言から、あの魔人がロブ・エルズベリーである可能性が高いことがわかった。となれば、そのエルズベリー家に仕えるボロウとしてはなんとしても主人であるロブを助けようとするだろう。
その願いは――とりあえず叶えられた。
まだ魔人の姿のままではあるが、あのまま本格的に暴れはじめたら、もうこの場にいる人間だけではどうすることもできなかっただろう。
優志の咄嗟の判断により、事態はひとまずの解決を見た。
その後、城へと使いを送り、今後についての対応を求めることにした。
しばらくすると、エルズベリー家の別宅に多くの騎士を引き連れて現れたのは魔人関係の専門家になりつつある人物だった。
「まさかこのような事態になるとはね」
意識を失っている魔人(元ロブ・エルズベリー)困惑した表情を浮かべていたのはベルギウスであった。
優志としては魔人の扱いに慣れているベルギウスに事の顛末を話し、ここへ来てもらうようにしようと提案したのだ。
「御足労いただき感謝します、ベルギウス様」
「魔人絡みとなっては黙っていられないし、何より他ならぬ君の頼みだからね」
ベルギウスは優志と会話を交わした後、連れてきた騎士たちに魔人を持ってきた専用の檻の中へ入れて運ぶよう指示した。
「…………」
慌ただしく作業に取りかかる大勢の騎士たちの動きを複雑な表情で見守るのはエルズベリー家の使用人たち。その中にはフォーブの街から帰還したグレイスの姿もあった。
「グレイス……」
「まさかこんな事態になっていたなんてね……」
グレイスはショックを隠し切れない様子で、美しい顔には暗い影が落ちていた。優志は落ち込むグレイスをなんとか元気づけようとするのだが、気の利いた言葉のひとつもひねり出せないでいる。
優志がグレイスを前に何もできないでいると、作業を指示するベルギウスのもとへ大きな影が近づく。
「……ロブ様はこれからどうなるんですか?」
ベルギウスにそうたずねたのはボロウだった。
彼はロブ・エルズベリーが特に信頼を置く男であり、まだ若く、父の変わり果てた姿に涙が止まらないトニアに変わって今後の方針の確認にやってきたのだ。
「とりあえずはこちらの研究機関に身柄を預けてもらうことになるだろうね」
「その研究機関というのは……オルドレッド家の?」
「そうだ」
エルズベリー家と同じく御三家の一角を構成するオルドレッド家。
そこと関わりの深いベルギウスに対応を任せたとなれば、やはり顔を出してくるのは必至となる。
魔人絡みとなってはもはや使用人たちだけではどうしようもない。ましてや、まだ若い娘のトニアでは……
「難しい、か」
優志はボソッと呟く。
今もメイドのひとりにすがりつき、人目もはばからず大泣きをしている十代の少女に何かを求めるのは酷というもの。決して無能だというわけではない。まだまだ経験不足の少女には荷が重いと優志は判断していた。
それは使用人たちも感じているようで、今後のやり取りの中心は当面の間、ボロウが代理として引き受けることで決定したようだった。
一連の騒動は徐々に収束の方向へ向かって歩み始めていた。
そんな空気を感じ取った優志は、空がすっかり橙色に染まっていることに気づき、ハッと自身の仕事を思い出す。
「し、しまった……」
思えば、バブルの魔鉱石を手に入れるために買い取り屋へ行き、そこでエルズベリー家とイングレール家のメイドが引き起こした騒動に巻き込まれ、とうとう魔人まで出てくる事態にまで発展してしまった。
優志はベルギウスに許可をもらい、一旦帰宅することとなった。
しかし、御三家の一角であるエルズベリー家の当主が魔人化したという前代未聞の大事件について、後日改めて詳細な情報を集めるため調査に協力をしてもらいたいと要請を受けた。
優志はそれを快諾し、一時帰宅のため騎士たちの護衛つきで店へと戻る運びとなった。
こうして、なんとも騒がしい優志の一日は終わりを告げた。
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