第130話 報告

「そんなことになっていたんですね」


 帰宅した優志は、今日の出来事をリウィルたちに報告した。

 どうも噂が独り歩きしていたようで、優志が悪の組織に拉致されてそのスキルを悪用するよう強要されているとかいないとか騒がれていたらしい。

常連客や美弦は優志の安否を心配して落ち着きがなかったが、その中でも特にリウィルは大変な状態だった。

 この世の終わりを迎えたかのように暗い表情で、いつもの明るい笑顔は見る影もない。

 

 そんな心境だったから、優志がいつもの調子で「ただいま~」と暢気に帰って来た時の反動は凄まじかった。


「ユージさん!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


 誰よりも先に優志の存在に気づいて、誰よりも先に優志に抱きつき、その衝撃で優志の全身が「く」の字に折れ曲がる。優志がダメージに顔を歪めていることなど露知らず、リウィルは大泣きをしながら優志の無事を喜んでいた。


 その喜びように周りは呆気に取られていたが、優志の顔色が徐々に悪くなっていることに気づいた美弦の手によってようやくリウィルの追撃は収まったのである。


 それから1時間後。


「本当に申し訳ありませんでした」

「い、いや、もう平気だから」


 平謝りのリウィルに優志は手を振って健在をアピール。……するが、やはり腰のダメージは決して軽くはなく、現在は回復水を染み込ませたタオルを当てて回復に努めている。


「それにしても凄い勢いでしたね」


 コーヒー牛乳を持ってきた美弦が心なしか嬉しそうに言う。


「昼間は本当に大変だったんですよ?」

「そうなのか?」

「リウィルさんはもう心ここにあらずで」

「み、ミツルちゃん!」


 リウィルが慌てて美弦の口をふさぐが、優志としてはリウィルの最初の反応でどんな状態であったか手に取るようにわかっていたのでその抵抗はほぼ無意味であった。


 その件についてはリウィルも追及してほしくなさそうな感じなのでサラッと流しておくとして、優志は話を続ける。


 ちなみに、エルズベリー家の当主が魔人化したという点は伏せている。

 これはベルギウスからの指示でもあった。


 というわけで、リウィルや美弦の興味は優志の婚約についてだ。


「それで、エルズベリー家からの縁談はどうするんですか?」


 美弦からの問いかけに、優志はなんら躊躇う様子もなく答えた。


「断る」

「そうなんですか? ……玉の輿ですよ?」


 優志が縁談を断ると告げると、「本当にそれでいいのか?」というニュアンスの言葉を放つ美弦。しかし、優志の意思は変わらない。


「玉の輿と言ってもねぇ……エルズベリーもイングレールも娘の意思を無視した親である当主の暴走という感じだし」


 それに、エルズベリー家のトニアについては他に想い人もいるようだ。それも、優志の知る人物である可能性が高い。

 貴族の中でも高位にあたる御三家のエルズベリー家の令嬢が仮にも一般人に恋をしているなどとバレるとややこしい事態になりそうなので、これもまた優志は胸のうちにとどめておくことにした。


 こうなってくると、リウィルたちには秘密事ばかりだと罪悪感を覚える。


「そういえば、バブルの魔鉱石は手に入ったんですか?」

「あ、ああ」


 優志はリウィルの言葉を受けて、フォーブの街へ赴いた理由を思い出した。


「アドンの悩みはこれで解決するだろう」


 あとはアドンの想い人であるグレイスのことだが……正直なところ、グレイスがアドンをどう思っているかは定かではない。もしかしたら、覚えてすらいないかもしれない。


「ま、まあ、とりあえず当面の悩みはこれで解決するはずだ」


 優志の狙い。

 バブルの魔鉱石を使った――異世界ボディソープの完成。

 それはもう目前に迫っていた。

 さらに、


「例の計画も進めていかなくちゃな」


 コーヒー牛乳を飲み干した優志は力強く語った。その姿を見たリウィルと美弦は「例の計画?」と首を捻る。


「この店を始めた時から、俺にとって、こいつの完成がひとつの到達地点だと思っている」

「それって……」

「露天風呂さ」


 異世界露天風呂こそ、優志が目指すゴールのひとつ。

 クリフを中心とする街の職人たちと共にずっと計画していたそれの完成に向けて、いよいよ本格的に動き出す時が来た――優志はそう感じていた。


「露天風呂かぁ……昔、家族で温泉旅行へ行った時のことを思い出しますね」


 先ほどまでテンションが高めだった美弦は、優志の計画を耳にして少し寂しそうな表情となる。前の世界に別れを告げて勇者となったとはいえ、彼女はまだ女子高生。この世界に来てすでに数ヶ月が経過しているので、ホームシックになっているのかもしれない。


「ロテンブロですか……それが完成して評判になったら、いよいよ御三家が放っておかないですね。今度はオルドレッド家も間違いなく参戦してくるはずです」

「そういえば、オルドレッド家の人間もフォーブの街にいるって話だったけど」


 今回の件はイングレール家のザラとエルズベリー家のグレイスが直接対決し、その間、優志はボロウによって拉致されていた。

 オルドレッド家は影も形も見当たらない。


 ただ、ベルギウスやガレッタなど、優志と近しい人物は御三家の中でもオルドレッド家と懇意にしている者が多いので、そうした縁談もオルドレッド家がまず最初に食いつきそうなものではある。


「オルドレッド家の娘がいないとか?」

「いえ、御令嬢がいらっしゃいます。年齢はたしか……私よりも三つ上です」


 年齢を考慮したら、もっとも優志と釣り合う――とはいえ、それでも若過ぎるとは思うのだが、小学生と女子高生くらいだったエルズベリーとイングレールの娘たちと比較してという話しだが。


 ともかく、縁談話は魔人の乱入によってうやむやとなった。

 できればこのまま静かに露天風呂計画を進めていきたいと願う優志であったが、その願望が叶えられるのはもうしばらく先になりそうだ。


 なぜなら――新たな騒動が、すぐそこまで迫っていたのだから。

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