第128話 決死の作戦

「なんとしてもここで止めないと」


 目覚めた魔人を食い止めるのは、日々凶暴なモンスターたちと渡り合っている冒険者のダズたちでも無理だった。

 この場でそのダズたちよりも戦闘力がありそうなのはボロウだけだが、そのボロウでさえ叩きのめされている。力量差を考慮したら、ここから大逆転勝利を狙うのは困難だろう。


 太刀打ちできるとすれば――バルザを抑え込んだ優志のスキルのみ。


 ――だが、一つ問題があった。


 優志のスキルによって生み出された回復効果を相手に与える手段がないのだ。

 これまでは回復水という手があったが、見渡す限りおよそ「水」と呼べるものはない。花瓶の水は使用済みだし、自分を回復させた血液を使うという離れ業もあるが、そのためには意図的に自分を傷つける必要がある。それは躊躇われたが、


「この場合は……致しかたないか」


 優志はギュッと口を真一文字に結ぶと、足元に転がっていた木片を手にする。先が尖っているため、こいつで肌を傷つければ出血は間違いない。


「おい待て!」


 優志の異変を悟ったボロウがその腕を掴む。


「何をしようってんだ? ……いや、おまえが今しようとしていたことについてはおおよそ察しがつくが」

「魔人を止めるには俺のスキルで回復水を生み出す必要がある」

「回復水だって? 回復なんかさせてどうするんだよ」

「前に一度だけ、同じような魔人を相手に回復水を使ったことがある。その後、魔人は意識を失って動かなくなった。死んではいない。気を失っていただけだ」

「! 本当か!」

「ああ。……ただ、今回も同じような結果になるとは――」


 優志が説明をしている最中、「ドン!」という轟音が鳴り響くと同時に強烈な横揺れが襲って来た。


 魔人が振り上げた足を地面に叩きつけた――たったそれだけの行為で、地震のような衝撃が優志たちを襲ったのだ。


「まずいな……」


 もはや猶予はない。

 優志は再びボロウへと視線を移し、


「回復水を生み出すには水が必要だ」

「水? しかしここには水なんて……」

「その水は俺の血液でも生み出すことできる」

「! そうか。それで腕を……」


 そこで、ボロウの言葉は尽きる。

 ボロウも理解していた。

 この場ではもうその力に頼るしかない。

 だが、それは同時に優志を傷つけることに繋がる。

 

「人を救う回復スキル……それでおまえ自身が傷ついていたら意味がないだろ」

「俺のスキルはあくまでも人を助けるスキルだ。俺自身は……」

「『どうなってもいい』――なんて言葉は聞きたくねぇな」


 ボロウはゆっくりと優志の前に立つ。


「おまえが回復スキルで人を助けると言うなら、俺は鍛え上げた肉体と技でこのエルズベリー家を守る」

「ボロウ……」


 強い意志がヒシヒシと伝わる。

 同時に、彼もまた決死の覚悟であると悟った。

 臆する態度は微塵も見せず、真っ直ぐに敵を睨みつける。


 優志はボロウの決意の前に言葉を発せられないでいた。

その大きな背中はリベンジに燃えていた。先ほど飲まされた苦渋をそっくりそのまま味あわせてやろうと意気込んでいる。


 だが、それは空元気というヤツだ。


 ボロウは一戦目ですでに自身と魔人の実力差をまざまざと見せつけられている。叶うはずがないと身をもって知っているはずだ。それでも立ち向かうのは相手が魔人であり――自身が忠誠を誓うロブ・エルズベリーだからに他ならない。


 このままでは危険だ。

 何か手はないのか。


 必死に辺りへ視線を移す優志。

 すると、


「!」


 あるモノに気がつく。


「そういえば……」


 ボロウによってこの屋敷へと案内された際に見えた庭の様子。その位置関係を思い出したことで、ある作戦を思いついた。


「ボロウ」

「なんだ?」

「少し……確認したいことがある」


 優志はボロウにそっと耳打ちをする。


「ああ……その通りだ」

「だったら――」

「皆まで言うな。その狙い、乗ったぜ」


 ボロウは優志の狙いを即座に理解した。

 

「ついてこられるか?」

「任せてくれよ」

「頼もしいな。――よし、いくぞ!」

「おう!」


 優志とボロウは一斉に魔人目がけて駆け出した。

 やけっぱちの捨て身――当然ながら、そうではない。

二人にはたしかな計算があった。

 まともに正面から挑んだところで返り討ちに遭うのは目に見えている。それでも二人があえて正面から挑んだのにはもちろんそこに勝機があるから。


「ぐうぅ……」

 

 恐怖心を一切感じさせずに突っ込んでくる優志とボロウを前に、魔人は特に何かをするわけでもなく、受け入れる形をとっている。


 避けるまでもない。


 まるでそう言っているかのようだった。


「その油断を後悔させてやる」


 決意を胸に優志とボロウは魔人に向かって突進し――そのままぶつかった。

 激しいボロウの巨漢に優志も加わったことでその圧力は絶大。

 結果、魔人は勢いよく後ろへと倒れ込んだのだが、そこにあったのは大きなステンドグラスがあった。当然、ガラスは派手に割れ、魔人と優志とボロウは揃って落ちていく。その先に待っていたのは――大きな噴水だ。


 魔人をクッション代わりにして、優志とボロウはその噴水へとダイブ。三人分の衝撃を受け止めきれず、噴水は大破するが、魔人にダメージを与えられた上に回復水用の水も大量に入手ができるという一石二鳥の作戦だった。


「いい作戦だがよ……ロブ様をクッション代わりにしたと知られたら俺はクビだな」

「安心しろよ。目撃者は俺だけだ」


 優志とボロウは顔を見合わせて笑い合い、拳をコツンと合わせた。


 見事に魔人を沈黙させた優志とボロウは最後の仕上げに取りかかる。

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