第92話 異世界の檜
「この手触りにこの香り……間違いない! こいつは檜だ!」
高級風呂の代名詞。
普通の風呂とは趣が異なる特別感。
そんな檜が、まるで薪のごとく山積みにされていた。
優志は羽が生えて舞い上がるような気分だった。
「ど、どうかしましたか?」
先ほどまでの落ち着きぶりから豹変した優志の様子に、ジョゼフとザックは心配そうな顔をする。
それに気づいた優志は「オホン」と軽く咳をして、
「ここにある木は全部この森で?」
「え、ええ、本来なら暖炉の薪用として売っています」
「暖炉の薪……」
日本でもキャンプなどで檜の薪を使うことはなくはない。
ただ、この世界の檜は優志の知っている檜よりも特徴が少々異なる。
まず目を引くのは外見。
パッと見は一般的な檜と大差はないが、わずかに青みがかっているところが何とも言えない幻想的な雰囲気を漂わせている。それに手触りも最高だ。いつまでも撫でていたくなる気持ちの良さである。
次に香りだ。
強い。
優志も過去に檜風呂のある温泉宿に宿泊した経験があるが、その際に入った風呂よりも檜の良い香りが伝わってくる。
鼻を貫き、脳に直接響いてくるような香り――決して大袈裟な表現ではないと思う。
問題なのは、
「これだけいい香りなのに薪用にしか使ってこなかったんですか?」
「? 木の香りが、ですか?」
ジョゼフは心底わからないと言った具合に首を傾げた。
優志も言ってから気がついた。
この檜が山積みにされている場所――そのすぐ目の鼻の先が木こりたちの職場である森なのだが、よく見るとその木はすべて同じ木のようだ。あれらが全部この木だとするなら、あの森の中はきっとこの香りでいっぱいになっているだろう。毎日その香りを嗅いでいたとするなら感動が薄らぐわけだ。
「えぇっと……あまり良くない香りでしたか?」
「逆だ。とてもいい香りだよ、この木は」
これだけ香りが強いなら、もっと別の使用方法もありそうだ。
例えばアロマとしても癒し効果はありそうな気がする。
いずれにせよ、この木をうまく活用できればこの村は経済的にも凄く潤うだろう。
優志はもっと近くで木を見ようと生えている木に近づくが、
「うおっ!?」
その異変に飛び上がって驚いた。
木の幹は酷く変色していたのだ。
すでに伐られ、加工が施された方は鮮やかな白に流星のような淡い青のラインが引かれた伝統工芸品のごとき美しさであった。
しかし、伐られる前の木はその美しさの面影が一切ない。
それどころか、あの香しい匂いは変色した部分から漂うカビ臭さで台無しだ。
「こりゃ酷いな」
優志がおもむろに手を伸ばすと、
「触っちゃいかん!!!」
無防備な背中へとぶつけられる怒鳴り声にビクッと体が跳ね上がった。
「そ、村長!」
ジョゼフの言葉から、どうやら怒鳴ったのはこの村の村長であることがわかった。
「あ、ああ、すいません。悪気はなかったんですよ」
「その病は人にも移るかもしれん。むやみに手を出すでない」
「は、はい……」
てっきり、商売道具でもある森の木に触るなという忠告と思いきや、この木を触ることで病気が移ると注意してくれたようだった。
――その後、場所を村長の家へと変えて今後についての話し合いが行われた。
「ほう……回復屋、か」
聞き慣れぬ店の名――村長は疑っているようだ。
ならばと優志は村長の家にあった飲料用の水が溜めてある壺からサッとコップですくい、スキルを発動させてその水を村長へと渡す。
水を渡された村長は恐る恐るそれを口に含み、
「! こいつは!?」
すぐさま効果を実感。
「なんてことだ! これまで悩まされ続けてきた腰の痛みが綺麗サッパリなくなってしまったぞ!」
飛び上がって喜ぶ村長。
子どものようにはしゃぐその姿にさすがの優志も呆気にとられる。それに気づいた村長は動きを止め、先ほどの優志のように「コホン」と咳を挟んでから会話を再開する。
「人体への効果はテキメンのようだが、実際に森の木々へ与えて効果が表れるのか……心配ではあるな」
「それについてはこちらも出たとこ勝負という感じなんで」
優志としても断言はできなかった。
これまでは主に人体の疲労回復及び治療にのみ使用してきた回復水。
果たして植物にも効果はあるのだろうか。
「物は試しです。とりあえず、どれかの木で回復水の実験をしてみたいのですが、大丈夫でしょうか」
「木の指定については特にはない。ただ、やるならば私も立ち会うつもりだ」
「わかりました。――早速開始しても?」
「一向にかまわん」
村長からも承諾を得たことだし、と優志は改めて森の木の元へと向かうことに。
村長だけでなくジョゼフにザック――そして、大勢の村人たち(その大半がお年寄り)も集まり、緊張の瞬間を見つめていた。
「な、なんだかやりづらいな」
自分に非があるわけではないが、もしも回復水の効果がなかった場合、この場にいる全員分のため息を背負うのかと思うのこちらの方がため息が漏れてしまう。
気を取り直し、優志は回復水の入った水筒をバシャっと木の幹へぶっかけた。
「あ、あんな適当な感じでいいのか?」
不安がる村人たち。
――が、そんな不安を打ち消すかのごとくすぐさま効果は訪れた。
「! み、見ろ!」
村人のひとりが叫んで指をさす。
それとほぼ同時に、村人のほとんどが騒然としだす。
無理もない。
村長の言葉がそのすべてを物語っていた。
「木の幹からあの忌々しい病の根源が消え去った!?」
こうして、割とあっさり気味に奇跡は起きたのであった。
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