第91話 木こりの森へ

 優志の回復水による木こりの森の復活。


 この前代未聞の取り組みに対してリウィルは、


「困っている人のために惜しげもなく自分のスキルを活用してく……さすがはユージさんです!」


 と、興奮気味に語る。


「しかし、そうなると国王陛下の風呂造りの時以上にこの店を空けることになってしまう……風呂の水はストックしておけるとはいえ、心苦しいな」

「気にしないでください。……あなたは何も気にせず、自分の目指す道をひたすらに真っ直ぐ進んでください。その道を通りやすくしておくのがこの店における私の役目だと自負しておりますので」

「リウィル……」


 優志の目頭がちょっと熱くなる。

理解のある仲間を持って素直に喜ぶ優志であったが、


「…………」


 そんなふたりのやりとりを、美弦と美弦の召喚獣――三つ目の魔犬アルベロスは何とも言えない微妙な表情で眺めていた。


「ど、どうかしたか?」


 ひとりと1匹の様子がおかしいので、優志がたずねると、


「いえ……ただ、そうしていると、おふたりはまるで夫婦みたいですね」

「「えっ!?」」


 美弦の放った言葉に、優志とリウィルは同時に固まった。

 言われてみれば、と優志はこれまでの言動を振り返り――なんだか気恥ずかしくなってしまった。それはリウィルも同じなようで、頬を真っ赤に染めて俯いたまま「うぅ……」と唸ってしまっている。


「なんだか初々しいですねぇ」


 美弦がイタズラっ子のような目でふたりを交互に見やる。


「こ、コラ、あんまり大人をからかうんじゃないぞ」

「は~い♪」


 してやったりと言った感じに上機嫌なまま、美弦は店の奥へと引っ込んでいった。

 残ったふたりには気まずい沈黙。


「ああ……リウィル? あんまり気にすることないぞ?」

「は、はい。そうですよね」


 なぜだかちょっと残念そうにリウィルが言う。

 しばらくすると、「わ、私、仕事に戻りますね」と小走りに優志のもとを去って行った。


「…………」


 美弦の言葉が引き金になったのか、優志は改めてリウィルのスペックの高さに驚く。

 容姿はもちろん、性格だって素晴らしい。今やこの店にリウィル目当てでやって来る者もいるくらいだ。

 

「ああいう子が嫁に来てくれたら文句はないんだけどなぁ」


 これまで異性とは無縁の生活を送り続けてきた優志にとって、リウィルは一部ポンコツ要素を取り除けば眩しいくらいの存在だった。


「どうかしましたか?」


 ボーっとリウィルを眺めていた優志のもとへ、準備を整え終えたジョゼフたちが優志のもとへとやって来た。


「あ、い、いや、なんでもないよ」

「そうですか。……やはり、長丁場になる旅は店にとってご迷惑なのでは?」

「俺のスキルで役に立てることがあるなら、それを一生懸命にやる――俺がこの世界に来て最初に決めたことなんだ。だから、もしも俺のスキルで森を救えることができたのなら、それはこれ以上の喜びはないよ」

「ユージ殿……本当にありがとうございます」

「お礼は森を救ってからゆっくりと聞くことにするよ」


 まだ優志のスキルに効果があるかどうかは定かではない。

 それがハッキリしてからでも、お礼は遅くないはず。


 雇えればライアンの抜けた穴の補充にもなるが、彼らが森に暮らすことを望んでいる以上は無理強いできないだろう。


 優志としても、理想の労働環境で働くことの大切さは、この世界にやって来たから特に強く感じている。なので、どうしても彼らの力になりたいと思っていたのだ。


「じゃあ、行きましょうか――木こりの森へ」


 こうして、必要なアイテムを詰め込んだ冒険者用バッグを背負った優志は木こりの森へ向けて出発したのだった。



 ◇◇◇



 木こりの森へは移動に丸一日かかるほどの距離があった。


「ようやく着いたか……」


 さすがにヘトヘトとなった優志であるが、むしろここからが本番なのだと弛んでいた気持ちを引き締めた。


「それにしても……」


 木こりたちが住む森というだけあり、村は四方を背の高い木々に囲まれていた。

 梢の間から降り注ぐ陽光はなんとも優しげで、どこからどもなく香ってくる木と草花の匂いが気持ちを落ち着けさせてくれる。


「立っているだけでかなりのリラックス効果が期待できるな」


 言ってみれば森林浴をしているわけだから当然だ。


「あちらに村長の家があります」

「了解」


 ジョゼフとその息子のザックと共に、まずは村長に挨拶をしようと歩き出した優志だが、


「うん?」


 村の片隅に積まれていた木材へと目がとまった。


「ちょっとゴメン」


 優志はジョゼフに断りを入れてから、木材へと近づいた。

 遠目からでもわかる美しさと、近づくことでハッキリとわかる良い香り。手触りもツルツルしていて気持ちがいい。


「……こいつはこの森の木なのか?」

「そ、そうですが」


 木を撫で続ける優志の様子を不思議がるジョゼフとザック。

 だが、優志は至って真剣な眼差しで木を撫で続け、


「これもしかして……檜か?」


 そう結論を出した。

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