第93話 森を救え!

 優志の活躍で森の木々を蝕んでいた病は消え去り、木こりたちで賑わう村は救われた。



 ――と、事態は簡単には運ばなかった。

 その最大の要因が、


「一体どれだけ広いんだよ、この森……」


 優志のスキルによって生み出された回復水が木々を蝕む病を救えるという事実は、これまで頭を抱えることしかできなかった木こりたちの村にとってこれ以上ない朗報となった。

 人々は歓喜し、優志を称えた。


 これでまた木こりとしての仕事ができる。

 大好きなこの森も村も見捨てなくていい。

 出稼ぎへ行った若い衆も呼び戻せる。


 村人たちが描く青写真。

 ここまで喜んでもらえた上に人々から次々と感謝の言葉を贈られたら、優志としても悪い気がしない。


 このまますべての木を治そうと気合を入れ直したのだが、


「終わる気配がないな……」


 すでにこの村へ来てから1日半が経過していた。

 その間、優志のスキルによって生み出された回復水を手にした村人たちが総出で出動。

 だが、村人の多くがお年寄りということもあり、作業は思いのほか進んでおらず、現段階では半分はおろか4分の1さえ届いているか怪しいほどである。


「スプリンクラーとか散布用の小型飛行機でもあればなぁ……」


 絶対にあり得ないだろうけどと断定しておきながらも、それら現代科学が生み出した精鋭たちが恋しくなる優志であった。


 森の回復に専念する傍らで、


「これで檜風呂を造ったら……早くクリフに相談したいなぁ」


 とか、


「リウィルや美弦ちゃんは元気に店を切り盛りできているだろうか……」


 など、とにかく店のことが気になっていた。

 それはジョゼフも察知したようで、


「あの、ユージ殿」

「うん? 何かあった――」


 ジョゼフに呼ばれて立ち上がった瞬間だった。

 軽い目眩を覚えた優志は思わず体勢を崩して倒れそうになる。間一髪のところでジョゼフに抱えられたので地面にダイブという最悪の事態は回避できたのだが、全身を襲う倦怠感は自力での歩行を困難にさせるほどのものであった。


「ど、どうかされたのですか!?」

「いや……なんでもないさ」


 優志はなんでもないと装うが、


「なんでもないなんて顔色じゃありませんよ!」


 ジョゼフにあっさり見破られた。


 観念した優志は正直に自身の症状を語る。


「すまない……少し疲れたようだ」

「む、無理もありませんよ。朝から晩までずっとスキルを駆使して例の回復水を生み出し続けているのですから」


 少しでも早く、この森を正常な姿に戻したいという願いと、リウィルたちが働く店に戻らなくてはいけないという使命感から、優志は、村人たちが止めるのも聞かずにスキルを使い続けていた。

 それが少なからず、優志の体に異変をもたらし始めていたのだ。


「はは、人を救うはずのスキルを持つ俺が助けられるっていうのは……なんとも滑稽な感じがするな」

「何を言いますか。あなたのおかげで村人たちは希望を取り戻した。現に、すでに出稼ぎに行った3人の若い木こりたちがこの村へ戻り、今もあなたから受け取った回復水を手に森へと入って行っています。あなたは人だけでなく、この村自体を救ってくださったのですよ」


 体力が消耗し、弱気を見せる優志を励ますジョゼフ。

 今の乾いた心には、そんな優しい言葉がいたく染みる。


「ありがとう、ジョゼフ」

「お礼を言わなくてはいけないのはこちらですよ。こんな無理をされるまで、私たちはあなたの情熱に甘えていました」


 ジョゼフは深々と頭を下げて、


「実はそのことについて村人たちで協議をしたのです」

「協議?」

「ええ――今から村長の家に来てもらえますか?」


 どうやらジョセフが優志のもとを訪ねてきた理由はそれらしい。

 言われるがまま、優志はジョゼフに肩を借りて村長の家に。

 到着するなり、村長は消耗しきった優志の姿に愕然となってしばらく動けなくなってしまっていたが、すぐさま誠心誠意の謝罪をし、ある提案を持ちかけた。


「君にも店舗経営という仕事がある。これ以上、この村にとどめておくことはよろしくないだろう」

「それは……」


 リウィルたちに預けていた回復水もいずれは尽きる。

 それ以外にも、優志の回復スキルを求めてやって来る冒険者たちはいるだろう――そのことを踏まえた上で本音を言わせてもらえば、まさに村長の指摘通りであった。


 店に戻らなければいけない。


 だが、期限は今すぐでなく、この森がもう少し回復してからでいいだろうと構えていたのだが、改めて思い返すとイレギュラーな事態が発生した場合、リウィルたちだけでは応対できないことも多い。


 ――それを見越した上での村長の提案であった。


「定期的に、この回復水をいただきに君の店へ使いを送る。そこで得られた分だけ森の回復に努めたいと思っているのだ」

「しかし、それだと森の回復が完全に終わるまで長期化するのでは?」

「なぁに、その辺は心配はいらん。若い衆も徐々に戻って来ておるしな」


 村長の言葉が空元気から来るものであるのは明白であった。

 ずっと優志にこの村へいてもらいたい――それが彼らの本音だろう。


 しかし、恩人である優志を長期間束縛することは、優志の大切にしている店に大打撃――いや、致命的なダメージを与える可能性がある。


 そうなっては、村人たちとしても困る。


 なので、ここは優志を帰そうということで意見が一致したと読める。


「…………」


 村人の心遣いはありがたいが、このままでは森が生き返る前に村人たちの生活が危うくなってしまう。


「! そうだ」


 優志はふと例の檜風呂計画を思い出した。


「あの、村長」

「なんだ?」

「俺にあの木材を売ってはいただけませんか?」

「何? あれをか?」

「ええ――金額はこれくらいでどうでしょうか」


 優志はその金額を村長へ告げる。

 すると、


「何ぃ!?」


 村長は死ぬんじゃないかと思うくらいに驚いていた。


「わ、我々としてはありがた過ぎる提案なのだが……その値段で本当にいいのか?」

「それだけの価値はありますよ――あの木には」


 店の収益を考えれば、すぐにペイできると優志は確信していた。

《異世界檜風呂計画》はこうして実行に移されたのである。

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