第73話 感謝

 ベルギウスがライアンの部屋から出てきた時にはすっかり日が暮れていた。

 優志が職人たちと城へ行き、簡単な打ち合わせを終えて戻って来てもまだふたりは部屋の中だった。

 

 ちょうど、優志が店に戻る頃――城からの使いが優志の店を訪れていた。

 城内にベルギウスがいないことに気づき、「恐らくあの店だろう」というガレッタからの助言を聞いてやって来たのだと言う。


 ガレッタの読みは的中しており、ベルギウスは優志の店で若い画家の男とふたりっきりで部屋に閉じこもり、何やら議論を交わして盛り上がっていた。

 それは扉越しでも伝わってきており、迎えに来た城の使いも思わず二の足を踏んでいた。


「ここまでアツく語るベルギウス様は初めてだ」

「いつもは王国議会でさえ適当に流しているのに」


 それはそれでどうなのかとも思うが、たしかにあのベルギウスがここまで真剣に何かを語るというのは初めてだった。


 

 ――その後、話を終えたベルギウスは部屋から出てきた瞬間に確保され、城へと強制連行されていった。


「いやいや、実に有意義な時間を過ごせたよ」


 と、去り際に語っていたベルギウスであったが、その様は強制連行されていく容疑者のようだった。


「……本当にあの人が国王候補筆頭なのか?」

「そのはずですが……」


 本気の時とそうでない時の温度差が激しいベルギウスであった。


 ベルギウスが連行されてからおよそ5分後。


 今度は部屋からライアンが出てきた。

 その様子は――ベルギウスとは対照的にどこか憔悴しているような、ともかく疲れ切ったという印象を受ける。

 つまり、


「ら、ライアン……?」

「ベルギウス様に何か言われましたか?」


 優志とリウィル、そして仕事終わりの美弦とアルベロス――3人と1匹は疲れ切ったライアンへと駆け寄った。


「と、とりあえず、これ飲んでください!」


 美弦が差し出したコーヒー牛乳を、ライアンは無言のまま受け取って一気に飲み干した。


「ふぅ……」


 ひと息をつくと、フラフラとした足取りのまますでに客足が途絶えた浴場へと向かって歩き出した。


「ら、ライアンく――」


 リウィルが呼び止めようとするが、優志はそっと手を差し出してそれを制止する。それからアイコンタクトで「俺に任せろ」と告げてライアンのあとを追った。


 ベルギウスに言われたことがきっかけでああなったおのは違いない。

 果たしてそれはいいことだったのか悪いことだったのか。


 真相を知るために、優志はライアンの入って行った男湯へと足を踏み入れる。


「ライアン」


 優志の呼びかけに、ライアンは反応を示さない。

 ただジッと、完成途中の絵を眺めている。


 しばらくの沈黙が流れてから、


「ベルギウス様が提案してくれました」


 ライアンはゆっくりと語り始める。


「1週間後――美術品の修繕や保全を目的に国内全土を巡る遠征団が王都を発つそうです」

「遠征団……」

「その遠征団の責任者である画家は……僕の憧れの存在なんです。雲の上の人というか、もう神に近いんです」

「ライアン……」


 ライアンの言葉に熱がこもり始めていることを優志は感じ取った。

 だから、なんとなくベルギウスがライアンへ送った言葉が読めた。


「誘われたんだな、その遠征に」

「! は、はい、その通りです。ベルギウス様が店に飾ってあった絵をご覧になられて、『これほどの腕を持っているならその人へ紹介をする』と仰ってくださって」


 優志の予想はドンピシャだった。

 ただ、ライアンが気にしているのは完成途中の絵についてだろう。

 

 迷うライアンに、優志は、


「行ってこいよ」

「え?」

「行って来い。せっかく画家としての実力を見出されて遠征団入りを要請されたんだ。行かない手はないだろ?」

「そ、そうなんですけど……」

「絵はこのまま取っておくからさ」


 そう言って、優志はライアンの肩を優しく叩く。

 いつかまた、この店に戻って来た時に続きを描けばいい――優志はその気持ちをライアンへ伝えたが、


「……いいえ」


 ライアンは首を横へと振った。


「この絵はあと1週間で完成させます。幸い、すでに下書きはほぼ終わっていますので、残りは色を塗るだけ――完成できます」

「慌てなくてもいいぞ?」

「いえ、必ず完成させます。この絵は……僕と、ユージさんをはじめこの店でお世話になった方々への恩返しの形です!」


 ライアンにとって、この絵はこれまで描いて来たどの絵よりもずっと特別なものだった。ダンジョンで死にかけた自分を助け、遠征団への誘いを受けるようになったのも、この店がきっかけになっている。


 優志。

 リウィル。

 美弦。

 ダズ。

 エミリー。


 多くの人たちとの関わりを経て、巡って来たチャンス――それに対し、少しでも形ある物でお返しをしたいというのが偽らざるライアンの本心であった。


「ユージさん、僕はこの絵を必ず完成させます。完成させて、遠征団に加わりたいと思っています!」

「そうか――わかった。そこまで言うならあとは君に任せるよ」

「ありがとうございます!」


 ライアンの熱意はまた、優志にも大きな影響を与えていた。


「俺も負けちゃいられないな。国王陛下の浴室造り――気合を入れていかないと!」



 若者から活力をもらった優志。

 いよいよ本格的にフィルス国王専用浴場の建設に取り掛かる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る