第72話 ベルギウスとライアン

「作者……ですか?」


 一瞬、優志はベルギウスの言葉を理解できず固まってしまう。

 だが、すぐに、


「あっ――ああ! その絵を描いたのはうちの従業員なんですよ!」

「従業員? 新しく雇ったのかい?」

「ええ。画家志望の若者です」


 優志の言葉を受けて、ベルギウスはひとつ大きく頷いた。

 そして訪れる沈黙。

 あのベルギウスらしからぬ物静かな振る舞いに、優志は軽く混乱していた。


「え、えっと……その絵が気になりますか?」

「ああ――とても、な」


 そして再びだんまり。

 なんだか重苦しい空気が漂い始めてきたので、優志は近くを通りかかったリウィルに助けを求めた。


「な、なあ、リウィル」

「どうかしましたか?」

「いや、なんだかさ……ベルギウス様の様子が変なんだ」

「? ベルギウス様はいつだって変ですよ?」


 この言い草である。

 

「あぁ……そうじゃなくてさ――あれ見て」

「へ? ――なっ!?」


 真剣な表情でライアンの描いた絵を見つめるベルギウス。 

 あまりにも衝撃的な光景に、リウィルはこれまでに見たことのない顔で驚いていた。


「あ、あのベルギウス様が……あんなにも真剣な顔つきで!!」


 ついには震え出す始末。

 日頃、ベルギウスがどう思われているかが改めてよくわかった優志だった。


 ――それはさておき、


「と、とにかくいつにない雰囲気なんだよ」

「そうですね――あ、そういえば」


 ポン、と手を叩いたリウィルは思い出したことを語り始めた。


「いつもチャランポランなベルギウス様ですけど、こと芸術に関しては造詣が深く、真剣になると噂で聞いたことがあります」

「……どうやらその噂は事実らしいな」


 ふたりは再びベルギウスの方へ顔を向ける。

 眉をひそめ、腕を組み、時折「ほう」と何やら意味ありげに呟くその姿は教養と知識に溢れた文化人のようだった。


「でも、ライアンくんの絵を気に入ったというのはたしかなようですね」

「うん……」

「ユージさん?」

「ただ、さ……絵の評価について気に入ったかどうかは直接耳にしたわけじゃないからまだわからないんだよ」

 

 熱心に見ている――その様子から、ライアンの絵について好感を持っていると感じた優志とリウィルだが、実際にベルギウスから評価を聞いたわけではない。もしかしたら、逆の意味ということもあり得る。


「で、でもなぁ……素人目から見ても、ライアンの絵は凄いと思うけど」

「私も同感です」


 ふたりにとっては力作と思える作品も、目利きにはどう映るのか。

 優志はお世辞にも芸術的感性が優れている方ではない。

 学生時代の美術の成績は大体「3」で、コンクールの賞とは無縁だった。

 そんな優志の絶賛では心もとないのはたしか――だが、ライアンから伝わる熱意は、しかとあの絵に注がれている。それをベルギウスがどう受け止めるのか。


 ふたりの間に緊張感が走る中、


「あの……その絵がどうかしましたか?」


 まさかのライアン本人が切り込んだ。


「「!?」」


 優志とリウィルは想定外の事態に軽くパニックとなる。

 足湯で接客していたはずのライアンが偶然店内へと戻って来て、これまた偶然自分の描いた絵に熱視線を送るベルギウスを発見し、絵の感想を求めたのだ。


 ライアンはベルギウスの立場を知らない。

 恐らく、ダズやエミリーたちのような冒険者だと思って話しかけたのだろう。

 

 絵の良し悪しに関係なく、冒険者たちの多くは絵画などの芸術作品に対して疎い面が多々見られる。なので、ベルギウスのように熱心に見つめている人物は珍しいから話しかけたのだろう。


 ベルギウスがどう答えるのか――優志とリウィルがハラハラしていると、



「とても――いい絵だ」



 高評価が飛び出した。


「作者の真っ直ぐな気持ちが伝わってくる。筆の走らせ方や配色の選択など、随所に高いセンスを見せつつ、それに頼り切りとなるのではなく確かな技術で作品を仕上げている」

「そ、そうですか……」


 ベルギウスは作者であるライアンの顔を知らないため、まさか作者が目の前にいるなどと夢にも思わずべた褒めする。

 だが、その目の前にいる青年の反応から、


「もしや――これを描いたのは君なのか?」

「恥ずかしながら……」

「そうだったか……」


 その後、ベルギウスは優志にしばらくライアンを借りたいと申し出た。それに対し、優志は申し出を快諾。ライアンの自室でふたりは何やら語らうことになった。


「ベルギウス様……ライアンくんに何を話すんでしょうか?」

「さあ……皆目見当がつかないよ」


 ベルギウスとライアンが入って行った部屋を見つめながら呟くふたり。その背後から、


「優志さ~ん! リウィルさ~ん! そろそろ戻って来てくださ~い!」


 ひとりで店を切り盛りしていた美弦からSOSが放たれた。


「とりあえず詳しい事情はあとでライアンから直接聞くとしよう。今は美弦ちゃんを援護に行かないと」

「ですね。……あれ? ユージさんは職人さんたちと城へ向かうのでは?」

「本職優先の許可は得ているからね。とりあえずピークが過ぎるまではこちらで働くさ」


 それから、職人たちの準備が整うまでの間、優志たちは接客に勤しんだ。

 


 ――優志は密かに期待していた。

 ベルギウスとの出会いを経て、ライアンの夢が大きく前進することを。

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