第54話 イケメンの正体

 美弦は声をかけてきた男に顔を見られるのを恐れてか、優志の背中へと身を隠した。

 近くで見る男はなかなかのイケメンだ。


「は、はじめまして」


 とりあえず、無難に返事をする優志。

 対して、ニコニコと人のよさそうな笑みを浮かべるイケメンは、


「君がユージくんか」


 優志の体を舐め回すように眺めたあとそう言い放った。


「! 俺を知っているんですか?」


 思わず、優志は敬語で聞き返した。

 明らかに自分よりも年下の若い男であるが、敬語で話さなければいけないという気にさせる高貴なオーラを感じ取り、本能的に敬語が出ていた。


 もしかしたら――王族の人間かもしれない。


 優志の疑念を証明するかのように、


「久しぶりだね、ミツル。そんなところに隠れていないで出て来なよ」


 若い男は美弦とも面識があったようで、その名を呼ぶ。

 恐らく、勇者召喚の儀で呼び出された際に会っていたのだろう。

 そうなると、優志の打ち立てた「王族関係者」という線はあながち的外れなものではないかもしれない。


「あの、あなたは一体……」

「ああ、ごめんごめん。話が逸れてしまったね。――ここではなんだから、できたら王都でも話題に上がる君のお店で話をしたいんだけど、いいかな?」


 どうやら優志の店についての情報も握っているらしかった。


「わかりました。案内します」

「助かるよ。――ああ、そういえばリウィルも君のところにいるんだったね?」

「そうですが……」

「なら、元気にやっているか様子を見ていくことにしよう。――では行こうか」


 案内をすると言っているのにそそくさと歩き出した男。その背中を見ながら、優志は小声で美弦にたずねる。


「美弦ちゃん、あの人は一体何者なんだい?」

「ごめんなさい……詳しくは知りません。ただ、私がこの世界に召喚されてきた時、国王陛下の隣で何やら親しげに話をしていました」

「国王と?」


 だとしたら、ますます王族関係者である可能性が高い。


 しかし、そうなると解せない点がいくつかある。


 なぜ王族の関係者が冒険者の街であるフォーブにいるのか。それも、護衛の者が見当たらないときている。神官長のガレッタでさえ、この街へ来た時には変装した騎士たちがあちこちに配置されていたが、周辺にそれらしい影はない。――ただ、ガレッタが連れていた騎士よりも腕の立つ者たちならば気配を消すこともできるかもしれないが。


「……ともかく、リウィルに会せたら何かわかるか」


 元神官のリウィルならば、男の正体についてわかるかもしれない。


 ――と、いきなり男が振り返って、


「そういえば自己紹介をしていなかったね。僕の名前はベルギウス。身分については――リウィルが紹介してくれるはずだ。よろしく」


 そう言って、握手を求めてきた。

 成すがままに「は、はあ」と差し出された手を握る優志。


 なんともマイペースな男であった。



 ◇◇◇



「べ、べべべ、ベルギウス様!?!?!?!?!」



 若い男――ベルギウスを見たリウィルの驚きようは尋常ではなかった。


「どうしてベルギウス様ともあろう御方がこのような場所に!?」

「リウィル……公務って死ぬほど退屈なんだよ?」

「深刻そうに言わないでください!?」


 慣れたようなふたりのやりとり。

 これは相当年季が入っていそうだ。


「あの、リウィル?」

「なんでしょうか?」


 ノリのままに返事をしたせいか、ちょっと怒っている感じに優志へと聞き返すリウィル。


「こちらはどなた?」

「はっ!」


 ここでようやく我に返ったリウィルは周りの客たちの反応に注意しつつ、小声で優志と美弦に告げた。


「こちらはベルギウス様と申しまして……次期国王候補のひとりと目される方です」

「「次期こくお――」」


 叫ぶことを読んでいたリウィルが落ち着いてふたりの口を手でふさぐ。


「詳細は後々お話ししますが、とにかくベルギウス様とはそういうとんでもない立場の人なのです。――なので、本来は護衛もなくこのような場所にいていい御方なのではないはずなのですが……」

「たまには知らない世界に触れてみたいと思うのが男の子なんだよ」


 まるで他人事のように話すベルギウス。

 だが、リウィルの話からすると、そう暢気に構えていていい人物でないのはたしかだ。


「あの、ベルギウス様……念のために聞いておきますが」

「なんだい、リウィル」

「ガレッタ神官長にはきちんと外出する旨を伝えてからいらっしゃったのですよね?」

「まさか。ガレッタに言ったら絶対許可をしてくれないから黙って出てきたに決まっているじゃないか」

「…………」

 リウィルは顔を手で押さえながら崩れ落ちた。


「ガレッタさん……今頃きっと失神して医療室送りになっていますよ」

「大袈裟だなぁ、リウィルは」


「あっはっはっ」と笑うベルギウス。

 器がデカいと言えばいいのか自覚が足りないと言えばいいのか――優志としても判断にとても困る。


「ええっと……それで、ベルギウス様はどうしてここへ?」


 優志が改めて問うと、イタズラ小僧のように無邪気な笑みを浮かべていたベルギウスの顔がキッと引き締まる。その変わりように、優志は一瞬たじろいだ。


「決まっているさ」


 ベルギウスは手近にあったイスに腰を下ろして、


「仕事の話をしに来たのさ――君とね」


 そう言って、優志にウィンクを送った。

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