第55話 依頼

「仕事? 俺にですか?」


 ベルギウスから持ち掛けられた意外な話に、優志は目を大きく見開いた。

 

次期国王候補。

 

 その言葉の重みは、異世界から来た優志にも十分伝わる。

 それに、仕事の話になった途端にベルギウスの雰囲気がガラリと変わった――まるで別人と入れ替わったかのようなその変わりようにも驚いた。


 正直なところ、最初はリウィルの言った「次期国王候補」という言葉を受け入れられなかった。しかし、今なら信じられる。


「どうかしたかい?」

「あ、いや……」


 物言わぬ静かな迫力。

 音を立てずに優志を震わせるそのオーラ――王の名を継ぐ者として申し分ない。


「えっと、それで……仕事の話なら別室でしましょうか?」

「それもそうだね。ここだとちょっと問題があるかな」


 すでに先ほどまで優志を震わせていた静かな迫力は鳴りを潜め、初めの頃と変わらない軽薄な感じにベルギウスは戻っていた。


 とりあえず、優志の提案通りに部屋を移動。開店前とはいえ店内には宿泊客もいるための処置だった。

 また、同席するのは優志のみ。

 リウィルと美弦には後々詳細を説明することにした。


「さて、本当は苦手なんだが……少々堅苦しい話をするよ」


 部屋に入り、イスに座るや否やそう口走るベルギウス。

 だが、それが嘘であることはすぐに見破れた。

 正確に言えば、堅苦しい話をすることが苦手という点については恐らく真実だろう。それでもこうしてわざわざ優志の店に足を運んでその話をしようとする――それほどまでにベルギウスは今回の件に対して「本気」なのだ。


「話と言うのはズバリ――君のスキルについてだ」

「俺のスキル……」

 

 想定通りだった。

 王族関係者が優志に用があるとすればそれしかないだろう。


「魔王討伐にも関係があるんだ」

「魔王討伐?」


 美弦をはじめ、数人の優れたスキルを有した若者たちが召喚された――その目的こそが魔王討伐である。


「我が国が主導で行う魔王討伐は間もなく最終段階へと到達する」

「魔王との決戦が近い、と?」

「そういうことだ」

「まさか……俺に他の召喚者たちと一緒に魔王討伐へ向かえ、と?」

「あ、その心配はないよ」


 優志の予想はあっさりと否定された。

 

「それもまた大変魅力的な提案ではあるが――君は君でしなければならないことがあるだろう?」

「…………」


 優志は静かに頷いた。


 しなければならないこと――それはこの店のことだ。


 魔王討伐による遠征に参加となれば、長い期間この店を空けることになる。優志の回復スキルが使えることを前提に運営しているこの店にとって、それは致命的なダメージだ。


 だから、ベルギウスは魔王討伐に優志を招聘しない。

 そう明言したのだ。

 

「お心遣い……感謝します」

「君の召喚に関しては完全にこちら側に非がある。それでも懸命に生きようとする君にこれ以上苦労をかけさせるわけにはいかないからね」

「ありがとうございます」


 優志は深々と頭を下げる。

 

「頭を下げるのはこちらの方さ。君にはかつていた世界での生活もあったろうに……」


 初めて見せるしんみりした表情だった。

 

「――ですが、私はこの世界での暮らしを気に入っています。この店も、気の良い仲間たちに支えられて開店することができました。今はこの店からいろんな人を元気にさせていきたいという気持ちでいっぱいです」

「そう言ってもらえると助かるよ」


 大きく息を吐いたベルギウスは本当に安心したように映った。


「話の腰を折ってしまいすいません。それで、魔王討伐の件ですが」

「そうだったね。――実は、僕の指揮下にある騎士団が現在魔王の配下が潜伏している地で日夜激戦を繰り広げている。そこにはかつて大きな国があったのだが、魔王軍のモンスターたちによって陥落し、今はヤツらの牙城となっている」

「そこを攻め落とす、と?」

「ああ。だが想定よりも敵の攻勢が凄まじく、前線で戦う者たちは満足に傷を癒すこともできず戦い続けているのだ」


 魔王軍の城。

 たしかに、攻め落とすのは容易ではなさそうだ。


「先日、城へ伝令が来た。間もなく回復系アイテムが底をつくので大至急補給部隊をよこすようにとのことだ」

「まさか……」


 ここまでの話で大体見えてきた。



「君ならば、戦場で戦う騎士たちをどう癒す?」


 

 あえて、「君の力が必要だ」とベルギウスは問わなかった。


 ベルギウスは見抜いていた。


 ここで優志を強引に誘えば、きっと乗って来る――たとえそれがどんな無茶な話であったとしても、優志は応じる。そういう人間なのだ、と。


 だから、助言を求めるという形にとどめた。

 それでも優志が助太刀すると現地へ向かうと言い出せば止めない。

 或は、ベルギウスが手にしていないだけで何かこの窮地を切り抜けるための追加効果を得ている可能性もある。


「…………」


 優志からの返事は「沈黙」――それから、

 

「騎士の数は?」

「およそ200」


 短い質問をして、再び沈黙。


 200人の騎士を回復させる手立て。

 

「回復水を運搬するという手は?」

「200人分の飲料水を運搬するのは困難だ。……運搬の負担を最小限に抑え、尚且つ200人の兵を癒せる――そんなプランが欲しい」


 無茶だ――それが、ベルギウスの話を耳にした優志の率直な感想だった。


「やはりダメか?」

「……現状では最善の策が浮かびません」


 優志は素直に告げた。


「そうか。……邪魔をしたな」


 対して、ベルギウスはあっさりと引き下がった。

 恐らく、向こうとしてもダメ元だったのだろう。



 結局、優志とベルギウスの会談は重苦しい空気のまま終了となった。

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