第53話 朝の一幕
店舗開店5日目の朝。
『すでに王都では君の店があちこちで話題に上がっている。利用者の評判は良好なようだ』
「ありがたい話ですね」
《コール》の魔鉱石から聞こえてくるガレッタの声。
録音ではなく、城にガレッタの声がそのままこのコールの魔鉱石を通じて遠く離れた優志に届く。
その効果を利用し、優志はガレッタへ近況報告をしていた。
「よければガレッタさんも来てくださいよ。リウィルもあなたに会いたいと言っています」
『リウィルが……』
リウィルの名前を出された途端、ガレッタの声色が変わる。
ガレッタからすれば娘も同然のリウィル。
しかし、神官長として重大な規則を破ったリウィルをそのままにしておくわけにはいかなかった。神官という仕事に強い憧れを抱き、ようやく掴んだその夢を奪ったのはガレッタ自身なのだ。
恨まれても仕方がない。
ガレッタはそう思っていた。
――が、
「リウィルは……現実をしっかりと受け入れていますよ。自分には神官としての才はなかったと。だから、ガレッタさんを恨んでなんていませんよ」
『そうか……』
ガレッタは何も無理難題をふっかけて無理矢理リウィルを城から追い出したのではない。それまでの実績のなさに加えての優志召喚という違反行為。神官長として見逃すことは他の者へ示しがつかない。まさに苦渋の決断だった。
『それを聞けてよかったよ』
「でしたら是非」
『あいにくと業務が立て込んでいてね。魔王討伐作戦がいよいよ佳境に入りそうなんだ』
「魔王……」
開店準備に忙しくてすっかり忘れていたが、元々優志は魔王討伐のための勇者召喚の儀でこの世界へとやってきたのだ。
しかし、実際に勇者召喚の儀を経てこの世界に正規ルートでやって来たのは10代の若者たち。その中にはかつて美弦もいた。
「あ、そういえば……美弦ちゃんについてですけど」
『彼女の処遇については特に何も考えていない。――ここだけの話にしておいてもらいたいのだが、私は勇者召喚に対してあまりいい考えを持っていないんだ』
「え?」
意外な言葉だった。
『国王陛下の方針に逆らうわけにはいかんからな。……しかし、一個人としては異世界の人間とはいえ、まだ成人に満たない若者を戦いの場へ送り出すのは気が引けてね』
「それを俺なんかに打ち明けてもよかったんですか?」
『君は信頼に値する人間だと判断したのさ』
神官長という立場のある人間にそこまで言われることは素直に喜べた。
このことからもわかるように、今や優志とガレッタは友人と呼んでも差し支えない関係であった。
朝の通信を終え、優志は自室から出る。
店の入り口へ向かうと、すでに一番客が待っていた。
優志は店のドアを開けてその客を迎える。
――正確に言えば客ではなく業者と呼ぶべきか。
「おはよう、ロザリア。今日も牛乳の配達ありがとう」
「…………」
優志は朝一で一角牛の牛乳を届けてくれたロザリアにお礼を言う。
長らくモンスター(一角牛)と生活を共にしてきたロザリアにとって、同じ人間同士でのコミュニケーションは難しいように思われたが、
「おはよう……ございます」
「! うおお……ついにロザリアが朝の挨拶を!?」
徐々にではああるが、言葉を通したコミュニケーションができるようになっていた。それもこれも、日中、自宅へ呼んでいろいろと世間常識を教え込んでいる町長の努力の賜物と言えるだろう。
「あれからバリエーションを増やしたんだ。コーヒー牛乳の他にフルーツを盛り込んだフルーツ牛乳もあるぞ」
「!」
優志の狙い通り、ロザリアはフルーツ牛乳に興味津々。
「長い移動で疲れたろ? 今なら人も少ないから、女風呂の方に入って行きなよ」
「でも……」
「お代は取らないから」
「な、なら……」
町長との生活で正しい金銭感覚も身に付けつつあるようで優志はひと安心。
「おはようございます、ユージさん」
「おう。おはよう」
ロザリアが女風呂へ入って行ったとほぼ同時のタイミングで、リウィルがやってきた。間もなく美弦もアルベロスを連れて出てくる。
「さて、じゃあ店が始まる前にちょっと街へ買い出しに行ってくるよ」
「あ、私もついていきます」
「荷物持ち用にパワーのある召喚獣を頼むよ」
「それくらいならユージさんひとりで大丈夫でしょう」
冗談を言い合いながら、優志と美弦はリウィルに見送られてフォーブの街へと向かった。
◇◇◇
早朝だと言うのにフォーブの街は熱気に包まれていた。
というのも、冒険者たちにとってこの時間帯こそが勝負どころでもある。きちんとアイテムを整え、万全の状態でダンジョンを目指すのだ。
優志はあらかじめメモをしておいた買い物のリストをチェックしながら、店を渡り歩いて購入。また、自分の商売に生かせるモノはないか、出ている店の中身は漏らさぬようチェックしていく。
すると、
「おや?」
「なんでしょうか、あれ」
優志と美弦は人だかりにぶつかった。
賑やかな朝市なので人が大勢集まる場所もあるにはあるが、そこはちょっとよそと様子が異なっていた。
「はっはっはっ! 実に愉快だ!」
誰かが楽器――それも、音色からして弦楽器だろうか。ともかく何かを弾いて楽しい音を奏でている。その音の中心には大柄の若い男がいた。
少し垂れ下がった目に美しいブロンドの真ん中分。
服を着こんでいるが、素人目にも相当鍛え込んでいることがわかる。
何より、明らかにそこらの人間とは醸し出すオーラが違うのだ。
男は華麗なステップで舞う。
その動きはどこか日本舞踊を彷彿とさせるしなやかさと気品があり、行き交う人々の視線を釘付けにしていった。
にこやかに笑う男だが、ほんの一瞬――優志とバッチリ目が合うとキッと細められ険しいものになる。
やがて、男は舞を辞めた。
その鋭い視線は寸分の狂いなく優志を射抜いている。
「え? 俺?」
なぜ自分が見つめられているのか理解できないまま、男はゆっくりと歩き出して優志へと近づいてくる。
その距離が2mを切った頃になってようやく、
「はじめまして」
先ほどまで浮かれ切っていた男とは思えぬ涼やかで落ち着いた口調。
思わず優志も「は、はじめまして」と頭を下げた。
――と、
「あっ!?」
横に立つ美弦が声をあげる。
その反応――どうやら美弦は男の正体を知っているらしい。
果たして、この男は一体何者なのだろうか。
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