第37話 コーヒーを手に入れろ!

 風呂上りに欠かせないコーヒー牛乳を入手するため、優志は早速行動を開始した。


 風呂場の排水関連は業者に、サウナはダズたちに任せ、優志はこの世界の食糧事情に詳しいリウィルを伴ってフォーブの街へと向かった。


 目的地は食事を差し入れてくれた街の食堂。

 お礼も兼ねて、コーヒーをどこで入手しているのか、また、どのように淹れているのか、その方法を聞き込もうとしていた。

 街へ向かう道中、手始めとばかりに優志はリウィルに知っている限りの情報を求めた。


「コーヒーですか?」

「ああ。これからうちの店でもコーヒーを――まあ、厳密に言うとコーヒーってわけじゃないんだが……ともかく、コーヒーが必要不可欠になってくるんだ」

「それなら簡単に入手できますよ」

「そうなのか?」

「ええ。コーヒー豆なら普通に売っていますし」

「やっぱり豆か」


 味こそ優志のいた世界のコーヒーとまったく同じであったが、それだけでなく生豆を炒る加熱作業――いわゆる焙煎に至るまでの行程も大体同じであった。


「ここまでそっくりだとなんだか逆に怖くなってくるな」

「そんなに同じなんですか?」

「ああ……ちなみに、この世界で初めてコーヒーを作った人とかって知っているか?」

「うーん……ごめんなさい。わからないですね」

「そりゃそうだよな」


 優志が同じ質問をされたとしても出てはこないだろう。

 

 ただ、こうも共通点が多いとただの偶然とは思えなかった。

 もしかしたら、


「なあ、リウィル」

「はい?」

「勇者召喚をする以前に……この世界に転移してきた者っていないのか?」


 魔王討伐のために行われた勇者召喚。

 優志の場合はリウィルの失敗によるものだが、美弦を含む若者たち数人がこの世界に特殊なスキルを引っ提げて転移してきた。

 しかし――もしかしたら、優志たちが勇者召喚でこの世界に来る以前に何者かがすでにこの世界を訪れており、コーヒーを広めたという可能性はないだろうか。


「それはないと思いますよ」


 優志の仮説は呆気なく否定された。


「そもそもこの世界とユージさんのいた世界を結びつけることに成功したのがほんの1年くらい前の話なのです。それより前に異世界の者がこの世界にいたという話は聞いたことがありませんね

「そうか……」


 どうやら優志の思い過ごしのようだ。


「そういえば、コーヒーという飲み物が一般に普及したのはここ数年の間ですね」

「ここ数年?」

「はい。それと、これから向かうフォーブの街がコーヒー発祥の地とも言われています」

「へぇ……」


 意外にも、この世界におけるコーヒーの歴史は浅いようだった。

 それともうひとつ――大変興味深い話を聞けた。


 フォーブの街がコーヒー発祥の地。


 となると、フォーブの街にいけば、この世界にコーヒーを広めた人物の話を聞けるかもしれない。それが勇者召喚をされる前に、なんらかの理由によってこの世界へと飛ばされてきた転移者であったなら――もしかしたら、元の世界に戻れるヒントにつながるかもしれない。


「……少し急ぐか」


 待ちきれないとばかりに、優志の歩くスピードは加速していくのだった。



 ふたりで会話をしているうちに、フォーブの街へと到着。

 早速、昼を差し入れてくれた食堂へ入る。


 そこはお世辞にも広くて綺麗な空間とは呼べなかったが、生活感に溢れた場所――絵に描いたような「大衆食堂」であった。


「あら、いらっしゃい」


 店を切り盛りしているのはモニカという中年女性だった。

 外見から察するに40代後半くらいだろうか。

 現在は昼のピーク時を過ぎているため客足はまばらであり、店内にはゆったりとした時間が流れていた。


「お昼の差し入れ、ありがとうございました。とてもおいしかったです」

「あら、わざわざお礼を言いに? 律儀だねぇ」


 店主のモニカは男顔負けの豪快な笑い声を響かせて優志たちを出迎えた。


 挨拶もそこそこに、優志は早速本題を切り出す。


「あの、食事と一緒に差し入れていただいたコーヒーについてお伺いしたいのですが」

「コーヒーがどうかしたのかい?」


 女性はキョトンとした顔で聞き返してくる。


「ええ。実は、私の店でもコーヒー……じゃないんですが、コーヒーを使った飲み物を売り出す予定でして」

「うちで使っている豆や焙煎を教えろっていうのかい?」


 それまでニコニコしていたモニカの口調がちょっと強くなった。

 優志としても、それは懸念材料として頭の片隅にとどめていた問題であったため、それほど驚きはしなかった。


 ここは食堂。


 メインは食事だが、食後に出されるコーヒーを楽しみにしている客もいるだろう。つまりコーヒーもこの店にとっては大事な飯の種なのだ。


 それをライバルになるだろう優志に教えるということは、敵に塩を送ることと同義。


 ――だが、



「別に構わないよ」


 

 険しさが浮き出てきた顔が、すぐにニパッと元通りに笑う。


「聞いておいてなんですが……本当にいいんですか?」

「もちろんだとも。さっきの話だと、そっくりそのまま真似るのではなく、何かオリジナルの要素を付け足す気なんだろう?」

「ま、まあ……」


 コーヒーについて調査しているが、実際に求めているモノはコーヒー牛乳だ。


 ともかく、店も暇をしているということもあって、優志は実際にこの世界で一般的に使用されるコーヒー専用機械の説明と豆選びについて説明を受けた。


 かつていた世界で同僚が電動式焙煎機を購入したと語っていたが、この世界はハンドルを回して行う手動式の物であった。

 その力加減や炒った様子などを、モニカは懇切丁寧に優志へと伝授した。


 リウィルがカウンター席で見守る中、作業を進めていく優志はふと浮かんだ疑問をモニカにぶつけてみた。


「ところで、モニカさん。コーヒーを生み出した人物ってご存知ですか?」

「この飲み物自体はずっと昔からあった――けど、今みたいにコーヒーと呼び、さまざまな種類があると教えてくれたのはひとりの伝説的な冒険者だったと聞く」

「伝説的な冒険者?」

「そうさ。今は現役から身を退いたのか、めっきり見かけなくなっちまったがね」


 ここでも冒険者が絡んでいるとは。


「その冒険者の名前ってわかりますか?」

「私はちょっとわからないね。――でも、町長なら知っているはずさ」

「町長が?」

「何せ、町長はその伝説の冒険者とパーティーを組んでダンジョンに潜っていたくらいだからね」

「ええ!?」


 驚愕の事実を耳にした優志は思わず大きな声をあげてしまった。

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