第38話 牛乳と伝説の冒険者
「伝説の冒険者か……」
「そんなに気になりますか?」
食堂を出た優志はどうにもモニカの言っていたその言葉が引っかかっていた。
「また今度町長の家に言って話を聞いてみましょうよ。ユージさんの願いとあったら絶対に教えてくれるはずです」
「……そうだな」
リウィルに言われて、優志は気持ちを切り替えた。
今はとにかく開業へ向けた準備に集中しよう。
そんな優志の手には大きな袋があった。
食堂の女主人であるモニカが譲ってくれたこの世界のコーヒー豆だ。
店に戻ったら、ヒートの魔鉱石を使って豆を炒り、独自の焙煎を編み出してほしいというモニカからの贈り物であった。
オリジナルブレンドのプランも考えていた優志には願ってもない申し出であったが、もらってばかりで申し訳ないとお金を払おうとした。しかし、モニカは魔人が巣食うことで冒険者が離れ、街に閑古鳥が鳴くような事態になるのを防いでくれた英雄である優志の力添えができて光栄なのだと言ってお金を受け取らなかった。
開店資金がまだまだかかりそうなので、懐具合と相談してもこの申し出は大変ありがたいものだった。
そうこうしているうちに次の目的地である店に到着。
コーヒーを手に入れたら、次は、
「牛乳だが……果たしてあるかな」
優志が訪れた店は――いわゆる喫茶店であった。
と言っても、優志たちの世界にある喫茶店とはだいぶ趣が異なり、ドリンク系アイテムの専門店と言った方がしっくりくるのかもしれない。
例えば解毒薬や解呪薬などの効果がある飲み物である。
これらは特殊な薬草などを調合して作るらしく、ほとんどは専用スキルを有した者がやっているとリウィルは語っていた。
早速店に入ると、白髪の男性が出迎えてくれた。
年齢は70歳前後で年季の入ったシワが体中に刻まれている。
「ご用件は何かのう」
「実は――」
優志は「牛乳」の特徴を店主の老人に伝えた。
「ふむふむ……恐らくこいつがそれに近いかの」
優志から牛乳の特徴を聞いた店主は、カウンター脇にある大きな箱を開けた。すると、ある程度離れている優志がピクッと反応を示した。
「今の……冷気か?」
優志は箱の中身を見ようとカウンターからのぞき込む。
「こいつがそんなに珍しいかい?」
優志の動きを察した店主が、よく見えるようにとカウンターへその箱を置いた。
ひんやりとした空気が優志とリウィルにも届く。
これは――
「冷気を含む魔鉱石ですか?」
「御名答。こいつは《アイス》の魔鉱石だ」
やはり魔鉱石による効果だった。
店主はアイスの魔鉱石によって冷えた箱からひとつの瓶を取り出す。そこにはまさに牛乳のように白い液体が入っていた。
「1本ただでプレゼントしよう」
「い、いいんですか?」
「あんたは英雄だからねぇ」
どうやら優志の活躍ぶりは相当広範囲に知れ渡っているようだ。
「ありがとうございます」
「いいってことよ」
「ちなみに、正規の値段だといくらくらいですか?」
「まあ、30ユラが相場かねぇ」
「それは安い」
「人気がないからねぇ、こいつは」
「え?」
なんだか不安になる言葉だ。
気を取り直し、優志は瓶のふたを開けてみる。
「ちなみにこいつはなんて飲み物ですか?」
「名前は……特にねぇかな。そいつはダンジョン内にいる双頭牛ってモンスターの雌から搾り取った乳だ」
「双頭牛……」
まさに牛だ。
その牛の乳――それ即ち《牛乳》。
「ああ……これ私は苦手なんですよね」
優志の横に立つリウィルは表情を歪めてそう言った。
たしかに、牛乳は好き嫌いがハッキリと出やすい飲み物だ。優志のいた世界にも、チーズなどの乳製品がまったく食べられないという人も決して少なくはなかった。
「ダメだよ、お嬢さん。冒険者は体が資本。こいつを飲んで体を強くしなくちゃ立派な冒険者にはなれんぞい」
「いや……私は冒険者じゃないんですけど」
店主とリウィルのやりとりを横目で見ながら、
「どうやらいきなり正解に当たったらしいな」
目的のものがすんなりと見つかってご満悦の優志。
だが、まだ安心するわけにはいかない。
肝心の味を確認しようと、優志が瓶を口に近づけると、
「!?」
思わず、瓶を口から離した。
「? どうしたんだい?」
店主は不思議そうにたずねるが、優志からするとなぜ平気なのかと逆に問いたいくらいだった。
「これは……なかなかに強烈だな」
優志の苦悶の表情――その原因は「臭い」にあった。
強烈なのだ。
ただ、臭いというわけではなく、牛乳本来の臭いが数倍増しになっている感じで、思わず「うっ!」と鼻をつまんでしまうほどのインパクトがある。どうやらリウィルが苦手なのはこの臭いが理由のようだ。
牛乳好きの優志でさえも顔を背けてしまったが、肝心なのは味だと臭いに耐えながら口へと運ぶ。
味は間違いなく牛乳だ。
しかし、これだけ臭いが強烈では、せっかくのコーヒーの香りが押し潰されてしまう。いくら焙煎にこだわっても、これでは意味がない。
「これじゃあ風味も死んでコーヒー牛乳として成立しない……」
悩んだ末、
「店主、ひとつお伺いしたいことがあるのですが」
「なんだい?」
「その双頭牛と同じように、乳を飲料として使っているモンスターはあのダンジョン内にいますか?」
「双頭牛の他に?」
今度は優志に代わって店主が腕を組んで考え込む。
しばらくすると、
「そういえば……確証はないが、かつてダンジョン近くにもうひとつ小さな集落が存在していた時期があったが、そこの住民たちはダンジョンに生息するモンスターの乳を好んで飲んでいたと聞いたことがあるのう」
「そのモンスターというのは?」
「一角牛と呼ばれておる」
名前からして、そのモンスターも牛に似ていると思われる。
だったら、
「それに賭けてみるか」
「しかし、一角牛を狩るのはかなり難しいぞい」
「そうなんですか?」
リウィルがたずねると、店主は店内に飾られていた一枚の絵を指さす。そこには大きな獲物を仕留めて得意満面のドヤ顔を披露する冒険者が描かれていた。
「昔、世界中のダンジョンをまたにかけて活躍した伝説の冒険者によって仕留められた時の様子を絵にしたものだが……サイズは人間よりも遥かに大きいし、性格も獰猛。並大抵の冒険者では相手にならん」
ここでも、伝説の冒険者とやらの名前が出た。
「まさか、彼もコーヒー牛乳を作ろうとしていたのでしょうか」
リウィルとまったく同じことを、優志も考えていた。
伝説の冒険者については気になるが、今はそれよりもコーヒーと合う牛乳を探す方が先決だと判断した優志は、ダズたちに相談をしてみることにした。
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