第36話 異世界式サウナ

「何? 新たに部屋を作る?」


 フォーブの街から差し入れを食べながら昼休憩を満喫しつつ、優志は午後からのプランをダズへ話した。

 風呂の排水機構については現在専門の業者が下見を行っている。

 ただ、浴槽の浄化などは手間もかかるということだったので、こちらは業者の進める動力に魔鉱石を使用したポンプ式の装置を取り付けることにした。


 そのため、現段階では風呂は手を付けられない。

なので、それ以外の作業――できる限り店の補強に費やそうと思っていたダズだが、優志には他に試したいものがあるという。


 優志は大まかな部屋の構想を語るが、


「? 壁の強度については多少手入れをしなければいけないが、それくらいの規模ならば問題ない。……だが、なぜ今さらそのような部屋を?」


 ダズは優志がなぜそのような部屋を新たに作るのかが不明だった。


「そこはサウナという場所にする」

「サウナ? なんだ、それは?」


 聞いたことのない名前に、ダズはキョトンとした顔で優志に聞き返す。


「サウナっていうのは……簡単に説明すると、部屋を高温に保って汗を流す。それから水風呂に入って高まった体温を冷やす――これを繰り返す温冷交代浴だ」


 優志のかつていた世界ではヨーロッパのフィンランドが起源とされている。

 高温に身を預けることでリラックス効果が生まれるだけでなく、新陳代謝を高めることもでき、健康面に大きくプラスに働く。それだけでなく、血行促進による疲労回復とデトックス効果にも期待できる。


 ――そういった内容を、優志はなるべくこの世界で通じる単語を並べてわかりやすくダズへ説明をした。


「なるほど……それは興味深いな。言葉にしてみると納得できるが、実際に入ってみてどうなるかまるで想像がつかねぇ!」


 ダズの表情は子どものようにキラキラと輝いていた。だが、何かに気がついてすぐに冷静ないつもの顔つきへ戻った。

 

「だが待てよ。高温と言ったが、それをどうやって作り出す? 狭い小屋の中で火を焚くわけにもいかないだろうし」

「熱は蒸気で出すんだ。――ちょっと実験してみようか」


 一口にサウナと言っても、実は種類がいくつか存在している。その中で、熱した石に水をかけて蒸気を生み出し、高温低湿を保つものが恐らく日本で一般的に知られているサウナの入浴方法だろう


 優志はそれをアクアとヒートでやろうとしていたのだ。

 ただ、構想通りに魔鉱石が働くかはやってみなくてはわからない面があった。サウナ部屋を作るよりも先に、そっちを検証しておかなくてはならない。


「しかし、ヒートとアクアを使って蒸気を生み出すとは……」


 ダズの口調はちょっと呆れが混じっていた。

 無理もない。

レア度の高いヒートとアクアを使ってサウナを作ろうとしているのだから。 

 この世界でサウナを作ろうとすると、相当豪勢な代物となるようだ。優志の場合、アクアとヒートの魔鉱石は魔人退治の報酬という名目で手に入れたので、費用に関してはゼロで済んでいるが。


 優志は魔力の扱いに長ける元神官のリウィルに手伝いを依頼し、アクアとヒートに魔力を注いでもらう。

 すると、ヒートは熱を持ち、アクアからは溢れんばかりに水が流れ始めた。


「これは凄いな」


 感心する優志。

 これが元の世界に住んでいた時あったら、水道光熱費に悩まされることないな、と過去のサラリーマン生活の思考が甦りながら優志はヒートとアクアの性能を目の当たりにする。


「――て、いつまでも見惚れているわけにはいかないな」


 優志は両手でアクアから溢れる水を救うと同時にスキルを発動させた。

 途端に、黄金色に輝く水。

 それをヒートの上にかけると、ほんのわずかだが蒸気はたしかに発生する。


「スキルを発動させたとはいえ、根本的に水であるのは変わらない、か……これなら、本来の効果にさらなる上乗せが期待できるな」


 普通にサウナに入るだけでも効果は十分だが、そこに優志の回復水を使用することで相乗効果を狙う――どうやらその目論見は成功しそうだ。

 ちなみに、サウナとセットになっている水風呂にも優志の回復水を惜しみなく使用するつもりでいる。


「問題なく蒸気を作り出すことはできそうだな」

「ああ。これでサウナも完璧だ」

「よっしゃ! だったらさっき言っていた部屋の増築は俺たちパーティーに任せてくれよ。期待通りのものに仕上げてみせるぜ!」

「ああ。頼りにしているぞ」


 優志はダズとハイタッチを交わし、サウナのための部屋作りと水風呂を一任。

 

「ところでユージさん」

「ん? 何?」

「街で食堂を営んでいるイザベルさんが食後にどうぞとコーヒーを淹れてくれたんで飲みませんか?」

「コーヒーか……そうだな」

「それに、お昼もまだ途中だったのでは?」

「あ」


 リウィルに指摘された直後、「ぐぅ~」と腹の音が鳴った。


「そういえばまだ昼食の途中だったな」


 思い立ったらすぐに実行してみたくなったため、自分の食事が終わらないうちにリウィルにお願いをしに行ったのをすっかり忘れていた。


 ――と、


「コーヒー、か……」


 いつかは食事も出せればいいな、という願望はあったが、まだまだ風呂場の整備で手一杯の現状ではそこまで手が回らない。

 だが、


「……待てよ」


 優志は失念していた。


 お風呂上りに飲むアレの存在を。


「リウィル……」

「はい?」

「俺はもう少しで……大きな過ちを犯すところだった」

「へ?」


 神妙な面持ちで告げる優志。


 温泉。

 サウナ。


 これらに続く第3の癒し。

 それは――


「俺としたことが……コーヒー牛乳を忘れるなんて!」

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