第17話 騒動の結末

「私の名前は高砂美弦といいます」


 優志とリウィルに向かって深々と頭を下げる少女。

 茶色のセミロングヘアーに整った顔立ち――どこかのアイドルグループに所属していたとしても驚かないほど可愛らしい容姿をしていた。


そんな美弦のすぐ横には先ほどの魔犬の姿が。


「この子はアルベロスと言って、私を守ってくれる使い魔なんです」

「使い魔……」


 優志たちを襲い、この宿屋のバケモノ騒動の正体である魔犬は、勇者召喚によってこの世界にやってきた女子高生――高砂美弦のスキル《召喚術》によって呼び出された使い魔であることが本人の説明で発覚した。


 ちなみに、深手を負った召喚獣であるが、呼び出した美弦が死なない限り死ぬことはないそうなので(それでもダメージによって動けなくなることはあるが)、優志はホッと胸を撫で下ろした。


「しかし、召喚術のスキルとは……」

「他にもいるんですか?」

「はい。呼び出した召喚獣たちで魔王討伐のお手伝いを――て、あの……」

「うん?」

「話の腰を折ってしまって申し訳ないのですが……宮原さんは私と同じで現代日本の出身ですよね?」

「そうだけど」

「勇者召喚でこちらの世界に? ガレッタさんの話では、年齢制限があると聞いていたのですが……」


 純粋に「なぜ?」という疑問の気持ちが込められた質問。

 優志は苦笑いしているが、そのすぐそばに立つリウィルは額からダラダラと嫌な汗をかいている。何しろ、自分の失敗で本来呼び出されるはずのない年齢(おっさん)である優志がいるのだから無理もない。


「ミツルさん……それについては全面的に私が悪いのです」


 とうとう罪の重さに耐えかねたのか、リウィルが事の顛末を説明しだす。

 それにより、リウィルのミスによって優志が召喚されたという事実が美弦に伝わった。


「ええっと……つまり、宮原さんは本来この世界に呼ばれるはずはなかった、と?」

「そうなんです。それを私のミスで……」

「まあ、来ちゃったものはしょうがないからここでなんとか暮らしていけるようにいろいろと生活プランを模索中ってわけだ」

「ず、随分と前向きなんですね」


 美弦は優志のポジティブさに呆れとも取れる笑いを浮かべながら言った。


「しかし、君はなんだってまたこんなところにいたんだ? それも、身を潜めるようにひっそりと」

「勇者召喚に合意した者たちはすでに魔王討伐のため旅立ったと聞きましたが」

「それは……」 


 どうも答えにくい質問だったようで、美弦はそれからしばらくだんまりを貫いた。


 魔王討伐のために旅立った勇者のひとりが、こんな人気のない場所で身を隠している――優志とリウィルが疑問に感じるのはもっともだった。


 ――だが、優志の方はすぐに察しがついた。


「もしかして……怖くなったんじゃないか?」

「!?」


 美弦の表情が大きく変わる。

 ただでさえ大きな目をさらにパッチリと開いて、何か言いたげに口をもごもごと動かしているが、言葉を発することはなかった。


 ようは図星なのだろう――優志はそう結論付けた。


 なぜ美弦の心境を理解できたかといえば、それは優志がつい先ほど3つ目の魔犬アルベロスでその恐怖を体験したからである。どんなに優れたスキルを有していても、召喚されたのは皆10代の子どもばかり。そんな彼らが、あの魔犬のようなモンスターを相手に勇猛果敢な戦いぶりを披露できるのかと問われれば疑問符がつく。


「そうなのですか、ミツルさん」

「…………」


 リウィルが優しくたずねると、観念したのか静かに美弦は頷いた。


「無理もないよ。俺だって、アルベロスに襲われた時はマジで殺されるって思ったし」


 恐らく、彼らはきっとこれまでの人生で「本物」の殺意と対峙した経験はない。魔犬アルベロスは美弦の命により、相手を殺すまではしないようだったが、それでも襲われた優志からすると死の恐怖に怯え、実は今もまだ手が震えている状態だ。


 それとは違い、容赦なしの殺意に晒されたら――生きるか死ぬかの極限状態で、彼らの若い精神はどこまで保てるのだろうか。


 目の前にいる高砂美弦という少女は、他の6人よりも先にその精神の柱が折れてしまったのだろう。それで、ずっとここに隠れていたのだ。


「怖い思いをしたんだな」

「もう大丈夫ですよ。私たちはけしてあなたに危害を加えませんから、安心してください」

「うぅ……うえぇ……」


 優志とリウィルの優しさに触れた美弦は大粒の涙を流して泣き始めた。せき止めていたダムが決壊したように、溢れ出る涙は月明かりに薄らと照らされた床を濡らしていく。


 泣きじゃくる美弦を、抱きしめているリウィルに任せた優志は、念のため廃宿屋にある残りの部屋を見て回る。パーティーを抜け出してからずっとここで暮らしていたようで、奥の部屋には生活の痕跡が残っていた。


 しかし、それ以外は特に問題らしい問題はない。

 このボロさも、掃除や修繕をきちんと行えば大丈夫だろう。


「あの子以外に問題点がなければ、このままここを店舗として利用したいところだけど」


 勇者召喚され、魔王討伐を任された美弦。

 ほんのちょっと会話した程度の関係だが、なんとなくその人間性は自分なりに掴めていると優志は思っていた。


 優しくて線が細く、きっと――周囲に流されやすいタイプ。


 そんな印象だった。


「……あの子についても町長さんに相談してみようか」


 さすがにこのまま放ってはおけない。

 召喚術という優れたスキルを持っているわけだし、きっといい職が見つかるはずだ。

 そんなことを考えながら一通り見回りを終えて元の場所へ戻って来ると、


「すぅ……」


 泣き疲れてしまったのか、リウィルに膝枕をされた状態で安らかな寝息を立てていた。


「よっぽど大変だったな、これまで」

「そのようですね」


 とりあえず、ここを出ようということで優志とリウィルの意見が一致した。優志は寝ている美弦を背負うと、彼女のすぐそばでその安否を見守り続けている魔犬アルベロスを手招きで呼び寄せて、


「おまえも一緒に来い」


 と誘う。


 優志に敵意がないことを察したのか、アルベロスは優志たちのあとをついてくる。

 こうして、フォーブの街を騒がせた廃宿屋の幽霊騒動は人知れずひっそりと幕を閉じたのだった。

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