第16話 現れた者は?
「グガアアアッ!!!」
獰猛な雄叫びをあげて迫り来る3つ目の魔犬。
暗闇でもその存在を明確に把握できる鋭い爪牙が優志に襲いかかる。
「うわっ!?」
飛びかかって来た魔犬を紙一重のところでかわす――が、その直後に足がもつれてその場に尻餅をついてしまった。
「ユージさん!?」
リウィルが叫ぶ。
だが、魔犬はリウィルへまったく意識を向けず、無防備な状態となっている優志に狙いを絞った。
「ガアッ!!」
優志の体を噛みちぎろうと、大きく口を開けた魔犬が再び飛びかかって来る。咄嗟に短剣の先を向ける優志だが、それで怯むような相手ではない。
ギィン!
鈍い音が廃宿屋に響き渡る。
魔犬の牙は優志の短剣にガブリと噛みつき、それによって生じた聞き苦しい音だった。魔犬は「ふー、ふー」と唸りながら噛みついた剣を左右に大きく振る。口の端から涎が飛び散って優志の顔に垂れるが、そんなことは気にしていられない。
生きるか死ぬか。
その瀬戸際に立つ優志は、必死だった。
なんとか魔犬を振り切ろうと、腹部へ蹴りを入れるがまったく痛がる様子がない。ペットとして飼われているくらいの犬なら怯みそうなものだが、何せ2m以上の巨体であるがゆえ、ダメージが通りにくいのだろう。
「このっ!」
押し返そうと短剣を握る手に力を込めるが、それでもビクともしない。
このままでは本当に食いちぎられる――そう思った矢先、
「離れなさい!」
そう叫びながら、リウィルは放置されていた燭台を魔犬へと力いっぱい振り下ろした。
ドガッという音と共に、魔犬が優志の視界から消え去った。
完全に油断していたようで、リウィルからの一撃をもろに食らった魔犬は横へ吹っ飛ばされたのだ。
「大丈夫ですか!?」
「あ、ああ」
多少の擦り傷はできたが、それ以外に外傷はなし。リウィルの勇気ある行動によって優志は九死に一生を得た。
――それより、
「凄いな、あの魔犬を吹っ飛ばすなんて」
火事場の馬鹿力というヤツか。
リウィルの細腕から放たれたとは思えないほど強烈な一撃だった。
「そ、そうですか?」
今になって恥ずかしくなったのか、ぶつけた衝撃でへし折れた燭台を使い、赤くなった顔を隠すリウィル。可愛らしい仕草だなとほっこりする間もなく、
「グゥゥゥゥ……」
起き上がる3つ目の魔犬。
「あいつがバケモノの正体ってわけだな」
「ど、どうします?」
「ここは一旦退こう。今のままじゃ勝ち目がない。ダズたちに協力してもらうよう呼びかけて、大人数で挑めばいい」
このようなバケモノが街の近くに潜伏していたとなったら、住人たちも黙っていられないだろう。それは冒険者たちにも言えることだ。ダズの性格なら協力はしてくれるだろうし、町長にも話を持っていって懸賞金などをつけてもらえればより参加者は増えるはず。
とにもかくにも、これらの作戦を実行するためにはまず生きてここから脱出するのが最優先となる。
「今から煙幕弾を放る。そこの窓ガラスを突き破って外へ出るんだ」
「はい!」
優志は胸ポケットに忍ばせておいた煙幕弾を手にする。
だが、こちらの意図を読み取ったのか、魔犬はまさに目に留まらぬスピードであっという間に優志との間合いを詰めて、
「ガウッ!」
「わっ!?」
優志が手にしていた煙幕弾を体当たりで弾き飛ばした。しかし、その動きは大きな隙を生み出すことになる。
「! 背中がガラ空きだ!」
優志は眼前を通過する魔犬の背中へ短剣を突き立てた。
刃物が肉に食い込む感覚に、思わず背筋がゾクリとしたが、ここで退いては自分が食い殺されると気持ちを切り替え、魔犬の背中に深々と手にした短剣を刺した。
「ギャウッ!?」
魔犬は激痛にのたうち回る。
短剣から手は離れたが、未だにその感触は両手にしかと残っている。そのせいか、優志は放心状態だった。
「ユージさん! 大丈夫ですか!?」
「お、おう……なんとかな」
リウィルの問いかけに、右手を上げて応える優志。
だが、心身ともに酷く疲れ、その顔からは覇気を感じられない。
勝ったのに負けたような気にさえなってくる。
「ググゥ……」
暴れ回っていた魔犬も、徐々に大人しくなっていった。
このまま放っておけば死ぬのだろうが、
「とどめを刺しておこう」
「そ、そうですね……次に立ち直ってこられたら勝ち目はありませんからね」
優志はふらりと立ち上がり、武器になりそうなものがないか辺りを見回す。あの魔犬に致命の一撃を与えられるような武器はないか――探していると、
「待ってください!」
両手をいっぱいに広げ、魔犬を庇うようにして優志たちの前に現れたのは――ひとりの少女だった。
それも、
「えっ!? 君は!?」
優志が驚くのも無理はない。
なぜなら、彼女の出で立ちは――優志もよく知るものであったから。
「が、学校の制服?」
ブレザー姿の黒髪少女は、明らかに現代日本人。
つまり、
「俺よりも前からいる転移者か……」
勇者候補として召喚された若者のひとりだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます