第18話 深夜の会合

 泣き疲れて寝落ちした美弦を背負いながら王都の宿屋へと戻って来た優志たち。

 とりあえず、フォーブの町長への報告は翌日するとして、今は美弦をゆっくり休ませてやるのが先決だろう。

 ジームに事情を話すと、ひとつ空き部屋ができたそうなので、そこに美弦を寝かせておくことにした。召喚獣の魔犬は寄り添うように美弦の横たわるベッドの脇に腰を下ろして動く気配を見せない。


「心細かったろうにな」


 宿屋の食堂へやって来た優志は呟いた。

 召喚術という飛び抜けたスキルを持つ美弦だが、実際はまだ10代の子ども。知り合いなど誰もいないこの異世界で、これからどうやって生きていったらいいのか――人生経験もまだ浅い彼女には、とても不安な日々だったに違いない。


「噂の幽霊の正体がまさか召喚された勇者様だったとはな」


 王都の宿屋の主人であるジームも意外なオチに大きなため息をついた。

 優志とリウィルも、ジームの用意してくれた夜食を口にしながら、美弦の置かれた境遇に対して同情した。


「望んでここへ来たとはいえ、全員まだ10代の子どもだからな。異世界転移、勇者召喚、スキル――こうした言葉に心奪われて冷静な判断ができなかったとしても責めることはできないな」

「むしろ、魔王討伐という過酷な使命を背負わせてしまった私たちにも大きな責任があります――それを痛感しました」


 かつて、神官として召喚する側の人間だったリウィルには耳の痛い話だろう。

 実際、召喚されてモンスターと戦ってみたら、想像していたものとは違う「本物の命のやりとり」に浮かれていた気持ちは一気に枯れ果ててしまい、あの廃宿屋でずっとうずくまっていたのだ。

優志たちが探索に乗り出さなかったら、最悪の結末を迎えていたかもしれない。


「元の世界に戻してあげることはできないんだよな?」

「はい……」


 心底申し訳なさそうに、リウィルは答えた。

 だからこそ、優志は幽霊が出ると噂されるあの廃宿屋の探索までして生きていく道を模索しているのだ。


「城の連中に彼女のことを知られたら連れ戻されるかもしれんな」

「! じ、ジームさん!」

「皆まで言うな……わかっているよ」


 リウィルの言葉を待たず、ジームは笑顔で頷く。だが、


「それだと、ジームさんに迷惑がかかるのでは?」


 彼女の持つ召喚術のスキルは間違いなくこの世界においては超がつくレアな代物。だからこそ、勇者として魔王討伐の旅に出たのだ。

 そんな有能なスキル保持者の美弦が討伐本隊から離れていることを、当然城の者たちは知っているだろう。そして、血眼になって探しているはずだ。


 そんな美弦を匿っているとバレたら、罰を受ける可能性もある。逆に、美弦の身柄を城へ届けたら礼を受け取れるかもしれない。


 だが、きっとジームは美弦を売るようなマネはしないだろう。

 こうして、約束通り優志たちに夜食を用意して待っていてくれたわけだし。


「心配はいらん。……正直なところ、俺もあれくらいの若い子を魔王討伐に差し向けるのには反対だったんだ」

「そ、そうなんですか?」

「ユージは知らないだろうが、召喚の儀が終わったあと、魔王討伐に向けた勇者たちのお披露目会があった。俺もそれを見に行ったが……たしかに優れたスキルを持っているというのは伝わったが、見た目はそこらにいる子どもと大差がないように映ってな」

「その見立て通りだと思いますよ」


 勇者召喚によってこの世界に来た子どもたちと顔を合わせたことのない優志だが、きっと美弦のように普通の子どもなのだろうと思う。


 となれば、今もこの世界のどこかで、魔王討伐のために召喚された子どもたちがモンスターと戦っていることになる。


「…………」

「ユージさん?」

「あ、いや、なんでもない」


 この世界において、まだなんの力もない優志には、彼らの心配をどれだけしたところで何もできない。――力のない「今」の優志では。


「ジームさん」

「うん?」

「明日、例の廃宿屋を店舗として使えるよう町長さんに話をしてきます」

「ふむ」

「それで……あの子がもしいいと言うなら、俺の店でしばらく働かせようと思います。あの子がこの世界で生きる道を見つけるまで。リウィルもそれでいいかな?」

「私は構いません。むしろ大歓迎です」

「俺もその考えには賛成だ」

 

 とりあえず、優志側の美弦への対応は決まった。

 問題はそれに美弦自身がどのような反応を示すか、だが。


「あの子のことはあの子が起きてから話しを交えるとして――店舗としてあの廃宿屋を利用して商売を始める算段はついたと見ていいんだな?」

「いろいろと修繕の必要はありますが、広さといい立地条件といい、申し分ない物件だと思いますよ」


 修繕の件についてはダズに依頼をするつもりだ。

 ダズのパーティーは10人以上の屈強な戦士たちがいると言う。そんな彼らに修繕を手伝ってもらえれば、営業開始までそう時間はかからないだろう。


「その報告が聞けて何よりだ。今日はもう休め」

「そうですね――ふわあ……」

 

 すでに時刻は深夜。

 一段落着いたことで、優志とリウィルの疲労は限界に達していた。


 夜食を食べ終えたふたりは、疲れを癒すために昨晩同様の寝床へと向かう。

 その足取りは疲れのせいか、ひどくゆっくりとしたものだった。

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