第3話 追い出されたおっさん
「ガレッタ様、例の男を連れてきました」
神官リウィルについていくと、たどり着いたのは城内にある部屋――素人目にも一目で高価とわかる調度品が並んだ部屋であった。
その部屋の真ん中にある黒檀の執務机に、初老の男の姿があった。
迸る「偉そう」オーラから、この人物は相当な地位にいる人物だ――と、サラリーマン時代に培った経験が告げていた。
「彼がおまえの召喚した男か……」
「は、はい」
ガレッタと呼ばれた男は威圧感をたっぷり含んだ目線をリウィルに投げつける。優志のいた世界ならば存在自体がパワハラと捉えられても仕方ない形相だった。
「初めまして、私はガレッタ。神官たちを束ねる者だ」
「あ、は、初めまして、宮原優志です」
ペコリと頭を下げる優志。
その迫力――何も悪いことはしていないのに、なんだか怒られた気さえする。
「……リウィル」
と、思った瞬間に、ガレッタの強張っていた表情が緩んだ。
それは喜びから来る弛緩ではない。
どちらかというと呆れに近いものだろうか。
「何度目だ?」
「え?」
ガレッタの短い質問に、リウィルは声が裏返る。
「私はこれで何度目だと聞いているのだ」
「そ、それは……6度目です」
6度目。
つまり過去に5回も召喚に失敗していることになる。
これには兵士たちも顔を見合わせて驚いていた。あの見張り役の兵士はリウィルが何度か失敗したことを知っていたようだが、彼らは知らないようだった。
「で、ですが! 彼のスキル次第では勇者候補となれる可能性があります!」
すがるような口調で、リウィルは叫んだ。
しかし、その必死の様子から、これ以上ミスはできないという焦りの気持ちが生んだ悪あがきにしか映らなかった。
スキル。
先ほど、見張り役の兵士からその件についても聞き出そうとしたが、そうする前にリウィルたちがやってきたためうやむやになったままだった。
異世界召喚につきもののチートスキル。
先に召喚された者たちが有しているという規格外のスキル――ゆえに、彼らはこの世界に来て1ヶ月で魔王討伐に赴いている。
それを踏まえると、リウィルの訴えはあながち悪あがきでないのかもしれないが、
「……スキルを得られるのは18歳以下の若者だけというのは君も重々承知しているはずだろう? 私に彼のスキルを鑑定してもらいにここへ来たのだろうが、その必要はない」
それは初耳だった。
だから年齢制限なんてものが設けられていて、どう頑張っても10代には到底見えない優志がガッカリされたというわけだ。
「おまけに、彼のステータスをチェックしてみたが……どれも平均値よりかなり低い数値となっている」
「! で、ですが!」
なおも食らいつくリウィルだが、立ち上がったガレッタはゆっくりと近づいてその細い肩にポンと手をかけた。まるで窓際社員に上司がリストラを言い渡すような――サラリーマンの優志には直視に耐えない構図であった。
「リウィル。君のお父さんには生前大変世話になった。そんなお父さんの忘れ形見である君の夢――神官として国へ貢献するという夢を叶えてやりたいと思っていた」
「ガレッタ様……」
「しかし、こうも結果が伴わないとなると……わかるな?」
「…………」
「神官という職の重みは、幼い頃から憧れていた君なら――」
「わかっています、ガレッタ様」
リウィルは覚悟を決めたようにそう言い放ち、回れ右をすると、
「お世話になりました――ガレッタおじさん」
そう告げて、部屋から出て行った。
残された優志は針の筵状態。
なんと声を発したらいいのか迷っていると、
「君には悪いことをしたな」
「あ、い、いえ、その、俺はこれから一体……」
「……ああ、大変に言い辛いのだがね」
勿体ぶった態度のガレッタだが、それがよろしくない事実を告げる前兆演出であることはすぐに読み取れた。
「君を元の世界に帰す術はない」
恐れていた事態が現実に起きた。
「だから、勇者として召喚した7人の若者たちには事前にこの世界で永住することへ同意してもらっている。しかし、君の場合は……」
「そんなことに同意した覚えはありません」
「だろうな」
ガレッタはため息を吐き捨てたあと、兵士のひとりに目配せをする。その意味を正確に受け止めた兵士は、一旦部屋から出ると3分ほどして戻ってきた。その手には小さな麻袋が握られている。
「そいつを受け取ってくれ。当面の生活費には十分だろう」
「生活費って……」
「前に来ていた勇者候補の若者たちが言っていたが、君たちにとってこちらの世界は住みよいようだ。幸い、この近辺は治安も安定しているし、少し郊外となるかもしれんが住居の入手も他国に比べたら比較的容易だろう。職探しには難航するかもしれないが、こちらでもできる限りのバックアップはするつもりだ」
「……つまり?」
回りくどい言い方よりも、優志は単刀直入に答えを望んだ――返事はわかりきっているが。
「君をこれ以上ここに置いておくわけにはいかない」
想定通りの答えだったせいか、不思議とショックは少なかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます