第2話 呼ばれた理由
人生で初めて一夜を塀の中で過ごした優志の寝起きはそれほど悪いものでなかった。
とはいえ、最初は「ここどこだ?」と焦りの色が見えた。が、すぐに「あ、異世界に呼ばれたんだ」と思い出す。
我ながら、そんな状況をあっさり受け入れていることに驚きだが、ここまでぶっ飛んだ展開だとかえって冷静になれるのかもしれないと思うようにした。その方が、きっと精神衛生上いいだろうから。
「お? 起きているな。ほれ、朝飯だぞ」
しばらくすると、昨日と同じ兵士が朝食を持ってきた。
パンとスープという実にシンプルなメニューだが、昨日から何も食べていなかった上に、ここ数日は多忙を理由にゆで卵と栄養補助食品だけで済ましていた優志にとってはこれ以上ないごちそうに映った。
空腹のあまり夢中になって食べていると、
「あんたには同情するぜ……」
「? 急にどうしたんだ?」
「いやなに、突然この世界へ呼び出されてこんな仕打ち……たまんねぇよな」
「そう思っているのなら教えてくれ――俺はどうしてここへ呼ばれたんだ?」
「そいつは――」
兵士の男はゆっくりと語り出した。
《勇者召喚の儀》
すべてはこれが元凶であるらしかった。
「勇者召喚?」
「そうだ」
「それってつまり……魔王討伐が目的とか?」
「よく知っているな。――そういや先に召喚された連中も魔王の存在を知っていたが、おまえらの世界にもいるのか?」
「まあ……一応」
二次元の世界のみだが――こちらの世界ではむしろそっちがリアルの世界なのだ。
「それにしても、どうして急に話をしてくれる気になったんだ?」
「昨日言っただろ? 喋るなって上司に言われていたんだよ。ただ、あんたも勝手に呼ばれて何も知らないうちに処遇が決まるのはちょっとどうかと思ってな」
本当に、この兵士は見かけによらずいい人だ。
「他に質問をしても?」
「答えられる範囲なら答えよう」
「いつから勇者召喚の儀は始まり、俺の他に何人召喚されたんだ?」
「召喚の儀が始まったのは今から1ヶ月ほど前だ。すでに3人の神官が男女合わせて7人をあんたのいた世界から召喚している。年齢は一番若い者は15歳で最年長者は17歳。それぞれがバケモノ染みたスキルとステータスを持っていてもんだからみんな驚いたよ」
異世界召喚にチートスキル。
ここまではお決まりの展開だ。
召喚されて1ヶ月で魔王討伐に駆り出されるくらいだから、きっととんでもない効果を持ったスキルなのだろう。
――と、いうことは、同じように勇者召喚された自分にも、それと同等のスキルが宿っている可能性があるのかもしれないと優志は思った。
「それで、彼らは今どこに?」
「1週間ほど前に魔王討伐に向けて旅立っていったよ」
「え? 他の召喚者たちが魔王討伐に旅立ったのなら、俺はなんのために呼ばれたんだ?」
「それは……意地だよ」
「意地? 誰の?」
「ちょうどおいでなすったようだ」
兵士はそう言うと真面目な顔をしてから立ち上がり、目の前の人物へ向かって敬礼をした。
見覚えのある金髪碧眼。
両脇に兵士を従えて現れたのは――優志がこの世界に来て初めて会った神官と呼ばれる女だった。
「目が覚めたようですね」
「ああ」
「早速で申し訳ありませんが、私と一緒に来てもらいます」
「どこへ?」
「ついてくればわかりますよ。――ああ、申し遅れました。私は神官のリウィル。あなたの名前をお聞かせ願いますか?」
「宮原優志だ」
「ユージさんとお呼びしても?」
「構わない」
「では、ユージさん。私と一緒に来てください」
「OK。了承した――けど……」
「けど? なんですか?」
「いや……」
あくまでも白を切るつもりらしいが、さすがにそれは無理があるだろうと優志はツッコミを入れる。
「なんで反対側の壁に向かって話しているんだ?」
そう。
神官リウィルはずっと壁を向いたまま話をしていたのだ。
「特に意味はありません」
「いやいや、絶対嘘でしょ」
立ち上がった優志を押しとどめるように、脇を固めるふたりの兵士がずいっと前に出る。その表情は「察しろ」と訴えているように見えた。
察しろというのは、恐らく昨日の逆ラッキースケベ現象についてだろう。
神官リウィルにはあの出来事が強烈過ぎて、優志の顔をまともに見られなくなっている――それが優志の立てた仮説だが、耳まで真っ赤に染まっているその姿からはその説が有力であると物語っていた。
この件についてこれ以上のツッコミ――もとい、追及は意味を成さないと判断した優志は、
「はあ……わかりましたよ。で、どこへ行けばいいんですか?」
「こちらです」
そう言って、神官リウィルは歩き出す――が、
「リウィル殿、そちらではありません。こっちです」
「あっ! し、失礼しました」
のっけから盛大にミスをする神官リウィル。
兵士に指摘され、今進もうとした道とは逆の方角へ歩を進めていく。当人は何事もなかったように振る舞っているが、テンパっているのは目に見えて明らかだった。
傍から見れば仕事のできる美人――キャリアウーマンと言っても過言ではない佇まいをしているのだが、あれではまるでただのドジっ娘だ。
「あの、ちょっといいですか?」
優志は恐る恐る兵士のひとりにたずねる。
「あの神官さん――リウィルさんでしたっけ? なんですけど……もしかして結構ドジな方です?」
「ドジ?」
兵士の顔色が変わる。
さすがに直球過ぎたかと後悔した優志だったが、
「口を慎みたまえ」
「あ、はい。すいません」
「リウィル殿はドジなどという生易しい表現で括られる御方ではない。肝に銘じておけ」
「ええ……」
他人から力強く言われたくない評価だった。
「何をしているのですか、行きますよ」
そう言って振り返った神官リウィル――改めてその顔を拝見すると、かなりの美人だ。初対面の時も思ったが、こうして心落ち着けて眺めているとよりその美しさが伝わる。ただ立っているだけなのに、まるで一幅の絵画から抜け出してきたようだ。
ぼーっと見惚れていると、横から兵士に「早く歩け」とせっつかれる。
背後から「気張っていけよー」というお気楽な見張り兵の声に背中を押されながら、優志は神官リウィルの背を追った。
こうして、たった1日で牢屋から解き放たれた優志であったが、本当の試練はこの後に待ち構えていた。
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