異世界に召喚されたおっさん、実は最強の癒しキャラでした

鈴木竜一

第1話 タオル一枚で異世界へ

 宮原優志。


 35歳。

 独身。


 身長――181cm

 体重――67.4㎏

 体脂肪率――13%


 血圧異常なし。

 持病なし。

 視力・聴力問題なし。

 各内臓器官健康そのもの。


 病気とは無縁の人生を歩み、ストレスが溜まった時は行きつけのサウナで汗を流し、老廃物と一緒に発散する。心身ともに健康そのものだった。


 今日もパワハラなんて人権侵害発言を微塵も気にとめない無神経な上司から、些細なミスをネチネチとつかれてお説教。後から聞いた話では、自分が仕事で失敗した、その腹いせを優志への説教に乗せているとのこと。


 いつものことではあるが、八つ当たりの的にされた優志は心身ともに大きな疲労を背負っていた。なので、その心に張りついたダークな部分を取り除こうと、行きつけの健康ランドへとやってきていた。

 

 慣れた手つきで準備を整え、いざ出陣。

 いつもの決まった場所――入口から右手側にある位置へ座り、目を閉じる。


「ふぅ~……」


 肌を焼く熱気。

 じわりと浮き出てくる汗。

 優志はこの感覚が好きだった。

 体の芯から悪い成分が放出されていくような快感――これを覚えてしまうと、もう他の方法ではストレス発散できないようにさえ感じてしまうほどだ。


 と、その時だった。


「――――」


 誰かの声がする。

 せっかくのお楽しみを邪魔しやがってと思いつつ無視を決め込む。

 

「――――は」


 だが、その声はどうも、


「あ――の――は?」


 自分に向けられているようだった。


「え?」


 パッと目を開いた瞬間、



「あなたの名前は?」


 

 とんでもない美人の顔が目の前にあった。


「わっ!?」


 思いもよらぬ人物の登場に、優志はのけ反って驚いた。

 ここは男湯のはずだ。

 それなのになぜ女の人がいる?


 そこで、周囲の異変にも気づく。

 なぜだかハリウッド映画に出てきそうな豪華絢爛な城にいて、これまたハリウッド女優のような金髪碧眼の美女に名前をたずねられている。腰かけていた場所も綺麗な装飾が施された椅子に代わっていた。


 なんだ、これは?


 疑問を抱きつつ、優志は間の抜けた顔で辺りを見回した。


 ここは一体どこだ?


 美女の質問に答えるよりも、現状把握を優先する優志。

 残念ながら、その努力は徒労に終わる。

 まったくもって見覚えのない場所――中世ヨーロッパ風の城だ。

 

 高い天井から吊り下ろされているシャンデリア。

 何を描いているのかさっぱりわからない絵画。 

 いびつな形がベラボーな価値を生み出す壺。


 ピジョン・ブラッドのルビーを彷彿とさせる真っ赤な絨毯の敷かれた床に腰を下ろした状態の優志は必死に考えを巡らせるが、なぜ自分がここにいるのか皆目見当がつかない。


「あの、聞いています?」

「へ?」


 ここで、ようやく優志は目の前の女性の存在に気づく。ついでに、


「ぬおっ!?」


 自分が裸で腰にタオルを巻いただけの状態であるということも。


「あ、俺……サウナで――」


 仕事帰りにいつもの店で常連たちの仕事の愚痴を語らいながらまったりと汗を流していたので、今のような格好になっているのだ。

 なぜこの格好でこんな場所にいるのかわからないが、美人の前でこのような出で立ちはいただけない。着替えなくてはと気持ちが焦り、慌てて立ち上がったのが運の尽きだった。



 ハラリ。



 立った瞬間、まるで木の枝から葉が舞い落ちるタオル。

 それはまるで引き金であったかのように、目の前の美人の悲鳴を誘った。

 あっという間に拘束される優志。

 優志は気づいていなかったが、背後には武装した騎士たちが横一列に並んで優志と女性のやりとりを見守っていた。

 いきなり裸で現れた優志を警戒していたが、まさかあのような粗相をするなどとは夢にも思っていなかった。


「ま、待ってくれ! 誤解なんだ!」


 必死に無実を訴える優志。

 とりあえず、なぜ自分がここにいるかという脳内議論は一旦強制終了にし、この誤解を何とかする方へ全力を注ごう。

 やってしまったものは仕方がないが、その過程を尊重してほしいと優志は訴えた。自分は望んであのような格好をしていたわけではないし、何より女性の前で下半身をあらわにするなどという破廉恥行為を堂々とやってのける気もなかった。

 見せてしまったことについては謝罪をするし罰も受けるが、情状酌量の余地は十分にあると思う。


 だが、周りの慌てぶりからその望みは限りなく薄そうだ。

 何人もの屈強な男たちに組み伏せられた優志は、そのまま城の地下にある牢屋へとぶち込まれることになる。


「一体何が……」


 とりあえずこれを着ろと渡された服に袖を通しながら、改めて現状把握に努める。


 石造りの牢屋を見回すと、およそ文明の利器と呼べそうなものはひとつもない。申し訳程度に藁が重ねられた寝床があるくらいで、あとは何もなかった。

 これでは現状把握も何もあったものではないが、ともかくこれだけは胸を張って言えるという項目がひとつだけあった。



 ここは――自分がこれまで住んでいた世界ではない。



 俗に言う「異世界転移」と呼ばれる架空の超常現象が自身の身に降りかかったのではないだろうか――そう予想してから改めて周囲の様子をうかがっていると、だんだんとその話が現実味を帯びてきた。


 でなければ、サウナで汗を流していた自分がいきなりこんな牢屋へぶち込まれるような事態になるわけがない。女性の前で全裸同然の格好で現れるはど言語道断だ。

 

 となると、やはりサウナ中に転移したと考えるのが妥当か。

 そんなふうに考えていると、牢屋へ近づく足音が。


「よお、異世界人さん」


 現れたのは優志と同じくらいの年齢をした男。

 灰色の甲冑に身を包んだ、いかにも「兵士」といういかつい顔をした大男だ。 


「随分と派手な登場だったらしいじゃねぇか、ええ?」


 猛獣さえ絞め殺してそうな形相からは想像できないほどフレンドリーな態度をした見張り兵に、優志はホッと胸を撫で下ろす。

 ついでに、自分はなぜこの世界にいるのか――その鍵を握っているだろう神官の女性についてたずねてみた。


 すると、兵士の表情が一変。


「悪いな。それはまだ教えられねぇんだ。上からの許可が下りねぇとよ」

 

 どうやら何か裏がある様子だった。


「ところであんた……年齢は?」

「年齢? 今年で35だよ」

「ああ……まあ、それくらいだよな」


 そこで、兵士の大男は黙ってしまった。

 しばらく経ってから、再び口を開く。


「詳しくは言えないが……おまえさんの召喚は失敗なんだよ。だから、あの神官は失敗を隠すためにおまえをここへぶち込んだんだろうな」

「何?」

「あの人、前にも失敗しているから、次またミスをするときっと神官を首になるって脅されているんだろ。そこで、おまえの破廉恥行為を逆手に取ったのさ」

「えぇ……」


 自分の失敗をなかったことにするため、優志をこんなところへ閉じ込めたらしい。その真実を知ったら、なんだか無性に腹が立ってきた。これではまるでうちの会社の無能上司と一緒ではないか。

 

「勝手にこちらの世界へ呼んでおいて必要なかったらすぐに捨てるってことか……?」

「そういうことだろうな」

「くそっ!」


 優志は怒りに任せて石造りの壁を叩く。

 拳にじんわりと血がにじむが、今は痛んでいる暇さえ惜しいほど優志は悔しがっていた。それから30分程かけてじっくりと気分を落ち着かせて、


「俺は……いつになったらここから出られるんだ?」

「そうだな……処遇はおって知らせると言っていたから、明日の朝には何かしら言い渡されると思うぜ」

「そうか……」


 それだけ言って、優志は藁の塊へと腰を落とす。


「? 何やってんだ?」

「見てわからないか? 明日の朝まで寝るんだよ」


 いろいろあり過ぎて疲れもしたので、今はしっかりと休養を取ることが大切だ。そう判断したからこその睡眠であった。――別名、ふて寝とも言うが。


「意外と肝が据わっているんだな、あんた」

「というより、まだ実感が湧かないだけかな」


 自分でもわかる。

 必死に現実を受け止めようとしているが、まだ夢見心地が抜けきれない、と。


「こっちとしてはそうしてもらった方がありがたいな。転移者が下手に暴れられたら俺の手には負えん」

「そんな力あるわけないって」

「力ならあるはずだぞ?」

「へ?」


 半笑いで答える優志であったが、大男の言葉に慌てて振り向く。


「どういうことだ? 俺にも何かあるのか、そのスキル的なものが」

「おっと、これは口止めされているんだった」


 兵士は慌てて口を手でふさぐ。

 彼を見張りに採用したのは人選ミスだったようだ。


「ともかく、俺はあまり詳しくねぇんだよ。明日ここへ来るだろう神官殿に聞いてみたらいいんじゃないか?」

「そうするか……」


 ならば尚更今寝ておかなくては。

 そう結論付けて、ゴロンと仰向けになった優志は目を閉じて静かに寝息を立て始めた。


 果たして、自分にある力の正体とは。


 忘れたくても思い出してしまう妄想力のせいで、その日の夜はあまりぐっすりと眠れなかった優志であった。

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