第11話 神の『八』日目


――神は六日間にわたって、天地を造られ、最後に神の像に似せて人間を造り、第七日に休まれたという。



「おーい! 女神さん!」


 ……。


 スピーカーから出る、せせらぎの音。

 雲ひとつない青空。

 ……ただし、「青空照明」で偽装されたもの。


 つまりここは、女神の森ヴィーナス・フォートレス


 俺は、初めて女神様に会った、あのジオラマに戻ってきた。


 異世界に行くのには下り坂だったわけだから。

 上り坂を上れば、やっぱりここに到着する。自明の理。そうだろ?


 でも、肝心の女神の姿は無い。留守。


(まだ、『クサッツ』とかいう、温泉街っぽい所に行ってるのか……早く会って、言いたいことがあるのに!)


 あたりをキョロキョロしていたら。


 ザバーン!

 水の音がした。


(なんだ?)

 音のした方へ、草をかき分けて進むと、そこには泉があった。円形の泉だ。


 ザバッ、ザバッ。

 円形の縁から、ブロンド髪のお姉ちゃんが、びしょ濡れで這い出てきた。西洋版の貞子? 俺とそんなに歳は変わらないんじゃないか? と思うが、外人さんの見た目と年齢は、よくわからない。


「んはっ?」

 思わず変な声を出してしまった。


 ブロンド髪のお姉ちゃんは、白シャツにデニム姿だけど、シャツが濡れてるもんだから、その中の黒いブラが透けて見えていた。


「うわわ!」

 俺はびっくりして後ずさる。


 金髪のお姉ちゃんと目があった。透き通るような青い目だった。


「ウェアリズヒヤ?」

 金髪のお姉ちゃんが俺に詰め寄る。妙に色っぽい。彼女が何を言ってるか俺にはわからない。ひんやりと柔らかい体が俺に当たる。濡れ白シャツがペタリと俺の腕にくっつく。


「ストップ! ストップ! アイドンノウ! ん?」


「ォワット?」


 困惑する俺と、詰め寄るお姉ちゃんの視線とが、両方、泉へと向けられた。


 泉の水面が


 ザバーン!


「うっわ!」

「Oh!」


 泉の水面から、今度は、男性が出てきた。おそらく20代ぐらいだと思う。短髪の外人男性だった。


「マイク!」

 濡れたブロンド髪をセクシーに撫で付けながら、お姉ちゃんは俺から離れ、短髪の外人男性の所へ走っていった。



「ペラペーラ! ペラペラペーラ!」

「オーハニー! ペラペラペラエモン?」

「シュワー」

「ベンゼン、ヘアヒリーズ?」

「アドンノー」

「ミートゥー、バダイペラペラスペーラペラペラペラリンピック!」

「メビー」


 外人二人は、俺には理解出来ない速さで、俺には理解出来なさそうな英語とおぼしき事を話し、互いの濡れた服を気にせず腰に手を回しあい、接吻をしていた。


(カップルかよ……そういうイチャイチャはどこか別のとこでやってくれ)


 げんなりとした俺は、ブロンドお姉ちゃんの柔らかくて水に濡れた冷たい感触を振り払うように、俺についた水滴を手足を振って飛ばし、踵を返した。


 その時だった。


 せせらぎの音が、ピタリと止んだ。


 静寂。


(んん?)



「えっ、もう来たの? 早くない?」

 せせらぎの音が聞こえてきていた方向から、聞き覚えのある女性の声が。


 いや? 女か。


 なにやら、扉をバッタンと閉める音や、何かカバンの中身をぶちまけるような音と「あわわわ」という女神の焦り声が、続けざまに聞こえた。


「ォワット?」

「ワットボイス、イゼア?」


「あー、英語圏の人? ちょっとそこで待っててね? ウェイター木綿プリース」


 車のセルを回す音がして、エンジンがかかったみたいだ。


(ははーん。車に乗って、女神の森ジオラマに戻る所だな? そして、外人カップルの二人が、新たな異世界転移者ってことだな?)


 俺はそう理解した。


 外人二人は、お互いの服の裾をつかみながら、ンフ? とかワット? とか言っている。


 とにかく、好都合。

 女神に会って、俺はここに来た目的を果たすんだ。



「俺がもらったチート能力、してください」って、頼まないと。


 たしか、8日間以内なら行けるよね? クーリングオフ。

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