第10話 単語の力

 超アリクイは、立ちあがった。

 俺達に向かって、威嚇のポーズをしている。


 両手の甲を外側にして、両腕で( )かっこを形作るように。


 それはまるで、肩から腕にかけての筋肉を見せつける、ボディビルダーのようだった。


 切れてる。

 めっちゃ切れてる。

 肩に小型龍乗せてんのかい! と声掛けしたくなるほどに。



(イーター? アリクイだから、アリイーターだよな? 英語なら)


 『アリクイ』のが分からない。 


 カタコトでも伝わればOKだとして。

 そもそも、単語を知らないんだから、伝えようが無い。


 誰かに単語を聞きたくても、もう既に、みんなは戦闘中だし。そもそも……。


 こ の 異 世 界 の 住 人 は 英 語 を 使 わ な い 。


 ……。


 ……。


 自分で英語をひねり出すしか無いじゃんかよ!! 女神さん!

 

 なんちゅー異世界に放り込んでくれとんねん!!!




(くっ! 基礎力が足らねぇ!)


「イーター! イーター! オブ……」


 この次点での俺は、同郷地球出身の椎名さんに聞くという発想がでなかった。


 この状況で椎名さんに聞いても、問題は解決しない、という事にも気づけなかった。



 その代わりに俺は、衝撃のとある事実に気づいた。


 『アリ』って。


 英 語 で な ん て 言 う ん だ っ け ?


 それがわかれば、『イーターオブ○○』で、なんかそれっぽく表現できる気がするんだが……。


 『○○』に何が入るかを知らない状況。


(単語を知らないと、どうしようもないじゃんか!! このチート能力!!)




「うおおおおおお!」

 ズシャア!!


「右翼方向に3体! 超蟻食いが行ったぞ!!」

「まかせろ!」

「うおっ! 舌の攻撃が速っええ!」

「気をつけろ! 思ったより舌が伸びるぞ!」

「戦え!」

「おー!」

「戦え!」

「おー!」


 野球部のみんなは、動き回る。

 超蟻食いに、剣で切りつける。

 一人の部員がモンスターの舌攻撃を受け止めて、別の部員が攻撃。

 見事なチームワークは、こういう戦闘に慣れている事の証に、俺からは見えた。



 一方の俺は。



「ブラック……ブラックアニマル……! スモール! ブラックボディ……! ブラック……ホワット?」

(『足』って、英語でなんて言うんだっけ……?)


 アリを英語でどう表現すればいいのか、それを考えるのに必死だった。


『黒い体に、黒い足の、小さな昆虫』


 そこまで伝えられれば、かわいいお顔フェイスに野球帽というギャップが、萌え成分を見事に発揮している女子マネージャーの椎名さんは、「あーっ! 蟻ね? アリのことね? 松村くん!」と、手をポンと打ち、うなずいてくれるかもしれない。 

 

 でも、『黒い足』を英語で伝えたいのに、『足』を英語でなんて言えばいい? その段階で俺はつまづいていた。


 ちなみに、『昆虫』を英語でどう表現していいかも分からない。


 困惑で、自分が汗ばんでるのを俺は知覚できた。


 肝心の、女子マネージャー、椎名さんの方をチラリと見る。


「松村くん……?」


 ほれみろ! 怪訝けげんそうな表情をしてるじゃないか!


 意図が伝わらないカタコトは、単なる不審者にしか映らないんじゃないのか?



 せっかくの、同郷地球のよしみだっていうのに!


 女子と新たにお近づきになれるチャンスなのに!



シット畜生!」

 こういう、悪い言葉なら、なぜか知ってる俺。

 たぶん、映画とか漫画とかで、知らない間に覚えてしまったんだろうけど。


(ん? シットは、『畜生ちくしょう』って意味か? 畜生って、生き物の意味もあるよなぁ、確か!)


 が ぜ ん や る 気 出 た ! 


「ブラックボディ! スモールシット! イーター! イーターオブ・スモールシット! ……『倒す』って何て言えばいいの?!」


「松村くん、何言ってるの?」


 来ました。

 椎名さんの、『怪訝そうな表情』から、『怪訝さを明示的に表明する直接的な言葉』へと、見事なレベルアップ。


 伊達カントクが腕を組んでいる。


「松村! 何やってんだよ!! さっさと戦えこの野郎!」

 まるで、気の短い江戸っ子のような口調で、伊達カントクから怒声が飛んでくる。


 その怒声は、高音部分が、少し裏返っていた。

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