第8話 モンスターにTPOは無い

 それは、紅白戦の時に起こった。


「新人ども。勝負の厳しさを叩き込んでやるから、覚悟しとけ」

 紅組の先輩パイセン方が、睨みつけるようにこちらを見ている。


「っっしゃーっす」

 俺達白組の面子は、みな一様に硬直し、大声で返した。


「手加減はしねぇからな」

「これを超えてこその、団員ってもんだ。なぁ」


「ぁざーーーっす!」


 この紅白戦。

 伊達カントク率いる野球団の、古参部員が紅組に、新人部員が白組に、それぞれ分かれて試合をする、『新人歓迎の儀式』なんだそうだ。


 一塁側ベンチに陣取る、俺たち『新人側』の白組は善戦……5回表で7対1。


 紅組の投手は、矢野先輩パイセン

 本来のポジションはショートであるはずのエースピッチャーを相手に、俺たち白組打線は、なんとか食い下がった。


「いいかお前ら。矢野先輩の球は、境界線ぎりぎりを突いてくる。なるべく、枠外球には手を出さないように、打撃棒は短く持って、当てに行くんだ」


 境界線ってのが、ストライクゾーンに対応するようで。

 枠外球ってのが、要はボール球だ。


(うん、力量差があるから、それしか戦法ないよな……)


 と、俺は思ったが。

 打席に立ってみて、それどころじゃないと気付いた。


 シュルルルル!


 バシイ!



「いい球!」

 審判役の伊達カントクの、朗々とした声。

 地面が少し揺れた気がした程の、重そうなストレートボール。しかし――。



「えっ?」

 いまのが、『いい球』? つまり『ストライク』?

 

 ボールが明らかに、ホームベースから外側に外れたよな?

 俺の身長一人分位、外側だったぞ?


「今の球、枠内球ですか? カントク」

「あ? ああ。いい球の枠に入ってるな」


「……枠内球の範囲、広すぎませんか?」


「異世界から転移してきたとある星の住人が、腕を自在に伸ばせるんだよな。そいつに合わせて|いい球領域を決めたからさ」


(超人野球かよ!)


「そんなの、バッ……打撃棒が届かないっすよ! カントク!」


「松村、お前なめてんのか? 根性で解決しろよ根性で。常識外の魔物相手に、泣き言や常識は通用しないだろ? それと同じだ」


(やっぱり、体育会系だ……)

 モンスターと戦うための、冒険者のレベルアップ手段として、『野球』をしている、……という事情までは、なんとか飲み込めたものの。あまりに無理難題。困惑した一休さんが屏風の虎に目潰しをしてしまう程の。


 結局、俺の初打席は三振に終わった。


(マネージャーの椎名さんに、良い所を見せたかったんだけどなぁ……)


 

 俺は、先輩パイセン方が座っている紅組ベンチに、チラリと視線を送る。そこに椎名さんが居るから。


 するとちょうど、先輩パイセン方の右端に膝を合わせて座っている椎名さんが、ギョッとした表情を見せた。長髪がぷいんと揺れる。


「ま、魔物が!」

 椎名さんのその声に反応して、部員たちが一斉に、外野方向を振り返る。


出やがったか!」

「試合中に!」

「邪魔すんじゃねーよ!」


 ズザザッ!

 流石は運動部員。素早い動きでベンチから腰を浮かせ、行動に移った。


「えっ? えっ?」

 困惑で行動が遅れた俺の視線の先には。


 外野フェンスをよじ登ってグラウンドに入って来ようとする、沢山のモンスターが見えた。


「ホワット? ホワット? フェンスオーバー?」

 俺のカタコト英語の会話力は、本当に、この程度だった。

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