第7話 希望的観測は大抵(以下略)

「ヘネシアンカヌーの船頭さんに『チャオ』って挨拶すると、『チャオ』って陽気な挨拶が返って来るんだよね! 本当にヘネシアに来たみたいな気分になるし! ホント素敵だよね! 挨拶と言えばさ! アトラクション『地底に千万人』のキャストさんに『物入れ』って言うと胸の当たり前に手を」


「うるせえ!」

「あいたっ!」


 伊達カントクが、マネージャー女子の頭を小突いたので、俺は絶句と戦慄。


「女子の頭を叩くとかないですよー監督ー」

 マネージャー女子がぶーたれている。野球帽は地面に落ちた。


 そして、マネージャー女子の長髪キューティクルが、無駄につやつやだ。いや、有駄につやつやだ。


 手グシを通してもまず引っ掛りはないだろう。


 ハーバノレエキセントリックシャンプーを使って「イエース!」とか言って興奮しててもおかしくない感じだ。この距離でもいい匂いがしそう。


 ……いい匂いがした。ほどよく甘いいい匂いだ。それは風の向きによる。



「お前がを唱え始めるからだ。魔物もまだ出現してないってのに」

 伊達カントクは腕を組んで言った。


(謎の呪文? どの辺りが?)


「いいじゃないですか。久しぶりに、私と同じ、地球からの新人さんですよ?」

 マネージャー女子は、地面の野球帽を拾って、ぱんぱんとはたいて、土埃を払った。


(地球出身の女の子なの?!)


 良かった! 同郷の人が居てくれて。だってさ?



 ※ ※ ※


「かたことえいごで異能が発動する?」

「何言ってんのお前?」

「そもそも、?」


 ※ ※ ※



 ってな反応の人と、いくら出遭ったところで、俺の異能は発動できないわけだよ。


 なぜなら、俺が女神さんから授かったスキルは。

『カタコト英語で相手に意図が伝わったら、ソレが具現化する能力』

 なのだから。



「松村くんだっけ? よく来たね。私は椎名史絵しいな・しえ。同郷のよしみで、よろしく」

 高校野球部のマネージャー然とした彼女は、野球帽を持っていない方の右手を、俺に向かって差し出してきた。


 足とか腕とかの、キメの細かい肌が露出しているからだろうか? すごくしなやかで健康的で、それでいて。優美さも、その仕草から感じた。


 どうする? コマンド。

 椎名さんの華奢な手を握る?




 それをにぎるなんてとんでもない!!




「は、はい。よろしくお願いします」

 緊張で、少しどもる俺。


「声が小さいぞ? 松村くん」


「宜しくお願いしまーす!」


「ん、元気でいいね。デスニーの話は、今度しようね? 


 椎名さんの、その発言のせいなのか?


 心なしか、伊達カントクの表情が引きつった気がした。


 他の先輩パイセン達も、俺たちから距離を取り始めた。


「地面の手入れ道具取ってきます」だの、「お、俺は、球を拾ってきます」だの、言いながら、皆、小走りで散っていく。


(ん? ん? 先輩パイセン達は、何に怯えている?)


 椎名さんはどうやら、長野県大鹿村にあるのに東京と称するあの著名遊園地、『東京死の膝死』、通称デスニーシーに、思い入れがありそうだけど。単にそれだけのことでしょ?


 ともあれ、俺の本名が「松村」ではなく、「」であることは、しばらく言い出すのは控えようと思った。警戒を解くのは、もう少し、この異世界の状況が分かってからでも遅くない。



 そして俺は。



(平和に暮らしていけるかもな……練習キツイけど。ラノベなんかでも、家庭菜園やらなんやらで平和に暮らす、日常系の異世界転移者って、いっぱい出てくるし……)



 などと、この時点では思っていた。

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