第6話 死の膝

 俺が思うに。

 集団において、男女の比率はとてもだいじ。


 男女約半々の共学校なら、夏休み明けにはカップル祭り。


 男子高はそりゃあもう異性に飢えて、女子高の文化祭に突撃したりするし。


 大学でも、工学部とかだと女子がほとんど居なくて、『オタサーの姫』とかが登場するし。


 結局、女子と遭遇エンカウントする確率なんだと思うわけだ。


 『モテ』っていう概念の肝にあるのは、遭遇率。


 日本のフラワーアレンジメント部には、女子がたくさん居た。……のだが。


 そんな俺の、新しい居場所は、このまるで中世のような異世界。


 そしてどうやら、この野球団『雑司が谷戦闘団』が居場所になるようだった。ふぁ、ファイターズ?


 うーん……男所帯っぽいな。


 ……うん。女子マネージャーの人気がうなぎ上りになること間違いない。


 かつて読んだ野球漫画でも、大抵はそうだったし。



 そういう、あからさまに女子有利な条件を差し引いても、マネージャーの女子は、かわいかった。ええ、かわいかったさ。



 野球帽を被った、サラサラな長髪。やわらかい頬の曲線。


 青みがかった紺のTシャツにショートパンツにスニーカーという、ラフな出で立ちですら、十分になにか、その内側の健康的な女子っぽい魅力が匂い立つというか。


 で、イタリア語よろしく、「チャオ」と声をかけてきた。



 ど、ど、どうする? コマンド(震え)



「チ、チャオ」

 素直に挨拶返しをしてみた。

 「ハロー」と「チャオ」とで、すこし迷ったが。


 そしたら、そのマネージャー女子は微笑んだから、俺の対応は正解だったみたいだ。


 野球帽をかぶったマネージャー女子の、パッチリとした目が少し細くなって目尻が垂れ下がる。


 スッと通っているけど自己主張の強くない鼻筋の下で、薄めの唇が左右にニイッと引っ張られてる。


(かわいい。やばい)

 心臓を一瞬で持ってかれたように、語彙ごいが突然死滅した俺。


 気づくと周りのパイセン達も鼻を伸ばしている。


(そりゃ、そうだよな……)


 ◆


 その後、めちゃくちゃ、いい汗をかいた。

 ランニングだ。


 いや前言撤回。

 ランニングだ。


「雑司が谷ー!」

「戦え!」

「おー!」

「戦え!」

「おー!」


 ファイト! という英語は使われず、「戦え!」というストレートな掛け声だった。


『雑司が谷』が戦うという、ちょっと意味不明な掛け声。いや、それを言ったらハムが戦うのもおかしい。


「ハヒー……ハヒー」

 心臓が喉から出そうな程に息の荒れた俺が、通りかかった馬車に「お願いだから轢いてくれ」と頼み込む程に、走りこみはキツかった。


 ……馬車が、異世界トラックの代わりをしてくれるかも、とか思ったわけだが。


 そして、延々と続く、たまを使ったキャッチボール地獄。


 バットの形をした「打撃棒」を使った、素振り地獄。


 そして、まさに地獄の千本ノック。



「おっめぇ馬鹿かー? もっと腰を落とせー!! 球は体で止めんだよ体でよ! そんなんで田町龍を倒せると思ってんのか!」

 伊達カントクの怒号。



(ここ、異世界じゃなくて、地獄なんじゃないか……。前世で俺、野球に対してひどいことしたっけか……?)



 日暮れにようやく練習地獄から解放され、マネージャーの女子からタオルを手渡された。


(もしかして、ここから、この可愛い女子マネと、恋に発展したりして……)


 などと、勘違いをカマしてしまうのは、思春期の男のさがって言うもの。


 女子マネはにっこりとして言った。


「お疲れ様! 松村くんだっけ? チャオって挨拶返しをてくれるなんて、わかってるね! あなたもですにーDeath Kneeランドが好きなの?」



 ……。



 女子マネが、よっぽどの勘違いさんのように思えたのが、1つ。



 もう1つ。

 これが、『異能の力』に関係するとは、練習疲れのこの時の俺は、さすがに気づく事が出来なかった。

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