第3話 女神の優しい言語設定

「なんだお前? 見慣れない恰好してるな」

 モンペのようなブカブカっとした白ズボンのおっちゃんに、後ろからそう聞かれてビビった。ひげ面だった。


 確かに、この、ロールプレイングゲームに出てきそうな、中世っぽいこの街並みには。


 あからさまに私服然とした、日本のウニクロシャツは、奇異に映るかもしれない。


 でも、そんなことより……。


「すみません、トイレどこっすか? トイレ」


「は? なんだそれ?」


 おっちゃんに、「トイレ」という単語が通じない。さすがは異世界。言葉の壁だ。カルチャーショックだ。でももう1つ……。


(トイレ以外の対話は、日本語で成立するのな、、)


 俺はそこに驚いた。


 ラノベなんかだと。

 異世界転移と来たら、大抵はチート能力やら魔法やらで現地語が話せるようになったり、逆に全く通じなくて、「Lエンタメかよ!」って心の中でツッコミ入れながら、ゼロから解読したり。


 ところが、俺がやって来たこの異世界は、みんな日本語でしゃべっているようだ。母国語日本語への翻訳能力を、女神さんが授けてくれたのかもしれないけど。



「さっき市場で、果物が大安売りだったわよ?」

「本当に? 私もいかなくちゃ!」

「ちょっと? 伊藤さん? 市場はそっちじゃないわよ?」

「一旦お家に戻って、荷車取ってこようと思って」

「買い占めか!」


 そんな感じの通行人の会話が、ちゃんと理解できるんだ。


(ん? 「伊藤」?)


 中世ヨーロッパみたいな街並みなのに、住人の名が「伊藤」?


 「ベルナルド」とか、「アノーラ」とかじゃなくて?


(いや、そんなことより、今はこの尿意が……!)


 しょうがないので俺は、ジェスチャーで、ズボンのチャックを開けるしぐさをしつつ、「トイレ、トイレ」と言った。


 おっちゃんは、不思議な生き物でも見るような表情だった。

「お前、なにやってんだ? 変態か?」


 いや変態じゃねーし。用足しの時にはXKK製のズボンチャックを開けるだろ……、あ? おっちゃんの白モンペにはズボンチャック付いてないわ! それじゃジェスチャー伝わらないわ。ううう何て表現すればいいの? 用足しの事だよ、用足し!


「用足し、用足し!」


 そしたら、おっちゃんの顔に理解のあかりがともった。

「あ? なんだよ! はばかりの事か! きじ撃ちに行きたいんだな! だったらそう言えよ」


 おっちゃんが俺の肩を強く叩くので、蛇口のバルブがやばい。

「それ! 早く!」


 ピンチだと、どうしても片言になるね。


「ふん、俺の家、すぐそこだから。ついてきな?」


 拍子抜けな程にあっさりと、救いの神が訪れた。これで、「そのへんで済ますしかないのか……」という葛藤から逃れられる。

 嫌じゃん? そういうの。




 用を足しながら、解放を、俺は女神に感謝した。


 なぜなら、あの長髪の女神さんは、日本語が通じる異世界に俺を送り込んでくれたからだ。


 チート能力こそ、アイデア枯渇でマニアックなものになったし、接客? 接転生者? もおざなりだったけど、派遣先はなかなかの異世界。


(女神様、あざーす)


 絶賛解放され中の俺は、ちょっとした違和感の正体に、まだ気付いていなかった。

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