第1章 野球と転移とモンスター

第1話 女神様のチート能力

 嘘みたいにありがちな、『トラックにぶつかって異世界転生』。


 現世と異世界との狭間の、『女神の森ヴィーナス・フォートレス』なる空間で出会ったとある女神は、『ヒーローになれそうなチート能力』を俺にはくれなかった。


 女神さんがくれたチート能力。それは。


『カタコト英語で相手に意図が伝わったら、ソレが具現化する能力』


 という、マニアックで相手と場所と状況を選ぶ、凄まじくピーキーなものだった。


 あのね……?


「なんだよ、そのチート能力」

 当然のように、俺は女神さんに対して、そう不平を漏らしたんだ。


 なのに女神さんは、お約束のように、白いヒラヒラの服を着て、こう言ったんだ。



「チート能力のアイデアもね? もうすっかり出尽くしてるのよ。もうアタシ、頭が空っぽなの。地球からこんなにもたくさん、異世界転生者が来ちゃってるんだもの」



「えぇ……? 逆ギレですか……女神なのに」


「うっさい! 毎日毎日さぁ。こうして何個も何個も、なーんこも。新しいチート能力を考えなきゃいけないの。多少マニアックな能力になっても、しょうがないでしょ?」


「多少どころじゃないと思いますが……」


「うっさい」

 栗色の、髪の長い女神は、レース生地のような柔らかそうな服で、程よく柔らかそうなその身を包み、面倒そうに森の奥を指差した。


「転生先はあちら! はい、ちゃっちゃと歩く! 次の転生者が来るまでに、次のチート能力を思いつかなきゃいけないんだから! ううう……」


 草の葉で出来た輪っかを頭から外した女神さんは、その頭をペシペシ! と、何度も叩いていた。まるで、次の小説のアイデアに困った小説家のように。


「そうだわ……クサッツに行きましょ。温泉ならいいチート能力思いつくかもしれない。とにかく転生タスクをサクサク回さないと……、次の転生者までになんとか、日帰りで帰って来れれば……」


 左右の鐘を鳴らすタイプの目覚ましの、鐘を打ち付けるハンマーの如く、栗色の髪を左右に揺らす女神さんは、だいぶ煮詰まったような表情でブツブツ言いながら、女神ダンスと書かれた箪笥から着替えを出し始めた。


「なにみてんのよエッチ! さっさと異世界に行きなさいよー!」 


「……ちゃんと男扱いしてくれるんですね」


「だからうっさい! アタシはもう行くからね! アンタはそっち!」


 ドラム缶を横に倒したような、「運動部か何かですか?」とか言いたくなるようなバッグを肩がけにした女神さんは、背中もあらわな白のローブ姿で、森の奥に入っていった。


 そして、俺だけが残された。


 鳥のさえずり。


 小川のせせらぎの音。


 青い空。


 秋晴れのような、程よい気温。


 さらっとした風が心地よい。緑のいい匂いを運んでくる。


 そんな、アルファ波が出てリラックス出来そうな森。



(……この森が、既にもう、『異世界』ってことで、良いんじゃないかなぁ……。とても過ごしやすそうだけど?)


 それが1番手っ取り早いはずだ。



 女神さんがさっき指差した方向には、『この先、異世界転生』と書かれた木製の看板が立っていて、そのすぐ横を小道が走っていた。


 小道を進めば、異世界転生出来るんだろうけど……。


 大丈夫なのか? 転生先……。


 だってさ。

 繰り返しになるけれど、俺がもらったチート能力って。


『カタコト英語で相手に意図が伝わったら、ソレが具現化する能力』


 なんだけど……?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る