17 未来へ
「これから忙しくなるな。ケンタウロスのテリトリーの滞在期間が増えるかもしれないが、問題ないかい?」
「むしろ居てくれた方がありがたい。ヴェイセルという者の意向も聞かなければいけないし、今後の対策も立てなければいけない。場合によっては大爺様たちの説得もしなければいけないだろうしな」
ゲインの言葉を聞いてクルトは気付く。ここからが始まりなのだと。隠していた大爺様、大婆様がよそから来た人間においそれとルディヴィア様の愛した土地を任せるとは思えない。しかし、この世界の未来を考えるならディーレたちに任せた方がいい。そうクルトは思う。
「父さん! 説得しよう! このまま隠してただけじゃダメだ。いつか見つかって前と同じことになっちゃう!」
クルトは平和な時代に生まれた。各種族は各テリトリーの中で生き、少数の交流によって争いは消えた。しかし、それは停滞も意味する。王都に様々な種は集まるというが、ケンタウロスのように立ち入りを禁止されている種族もいる。そもそも近づかない種族だって多くいる。そうした現状を変えていかなければ、きっとまた大きな争いが起こる。
クルトの必死の訴えが通じたのかは分からなかったが、ゲインは目を見張り、それから嬉しそうにうなずいた。子供の成長を喜ぶような父親の顔をしてクルトの頭を撫でる。何でそんな反応をされるのかクルトは分からなかったが、くすぐったさを覚えた。
「そうだね。クルトが中心になって訴えてくれると嬉しい」
ディーレは突然そういうとクルトの真ん前に立つ。クルトよりも年上だけど、背丈はクルトよりも小さい。弱々しくて小さな人間。それでも臆することなくクルトの前に立ち視線を合わせる。
「この計画は長期戦だ。保護区が見つかったからといってすぐに保護されるわけじゃない。保護出来るという保証、実績をつくって、初めて試験期間が設けられる。そこからさらに数年、もしかしたら数十年くらいを経てやっと世に認められる。
そうして保護区が世界の当たり前になったとき、俺が生きているかは分からない」
ディーレの言葉にクルトは目を見張った。隣のゲインや周囲のカインを見ると、2人ともクルトと同じように驚き、それから目を伏せた。
その反応でクルトは理解する。人の寿命は短い。ケンタウロスは数百年生きられるが、人間は100年生きられたら大往生といえる。そんな人間にとって、この計画はずいぶんと気が長く果てしない計画なのだ。
「俺ももちろんだけど、それだけ長かったらここにいる皆が全員生きているとも限らない。それに、数百年生きているケンタウロスにとって、世界は今更変えなくてもいいくらい慣れ切ったものかもしれない。
だから俺は、保護区の責任者にはクルトを推薦するつもりだ」
「えっ」
周囲が固まるのが分かった。クルト自身も予想外すぎて呼吸が止まる。
ロキュスが慌てて「ディーレ何いってんだ!」と叫ぶが、リューベレンは「それはいいな! 名案だ!」と笑い声を上げた。ミラは興味がないらしく、クルトを一瞥すると幌の中に消えた。それはとらえようによっては異論なし。ともとれる態度で、クルトはますます混乱する。
「で、でもそれは族長とか、父さんとか……もっと上の人が!」
「この計画はこれから生きていく若い世代が中心になった方がいいとヴェイセル様はお考え。この中で一番若いのはクルト」
「で、でも……」
困ったように周囲を見渡すがゲインもカインも異論は挟まない。他のケンタウロスたちも驚きはしたものの、納得した様子でうんうん、頷いている。
何故かクルトだけが異論をはさんでいる状態にクルトは驚いた。こんな重要な役、子供に任せていいはずがないのにだ。
「いっただろう。これは長期的な計画だ。ケンタウロスのテリトリーについたら、すぐにヴェイセル様に報告するが、計画が始まるのはいつになるか分からない。その間はケンタウロスに今まで通り湖を守ってもらわなければいけなくなるだろうし、そうこうしている間に君は子供じゃなくなってると思うよ」
隣にやってきたリューベレンがクルトの腰のあたりを軽くたたく。本当は頭を叩きたかったのだろうが、背が届かないのだ。
「この価値を伝えるのは、実際に湖を見たものが適任だ。しかし、ケンタウロスが大勢で出入りすればここが禁忌の地でないとバレてしまう。少数精鋭でここを守らなければいけないとなれば、テリトリー外に頻繁に出ている君たちが最適。その中で一番若く、将来有望なのはやはりクルト、君なんだよ」
リューベレンが真っすぐにクルトを見つめる。ディーレも相変わらずじっとクルトを見ていた。ロキュスに視線を映せば「諦めてくれ」とでもいうように苦笑しているし、他のケンタウロスたちは微笑まし気に、どこかいたずらっ子のような顔でニヤニヤとクルトを見ている。
嫌だ。なんて言える空気ではない。何という事だ。大人が揃いも揃って子供であるクルトに未来を押し付けようとしている。
そう思ったところでクルトは気付く。違うのだ。これはクルトに未来を押し付けているのではない。クルトに未来を選ばせているのだ。自分がこれから生きる未来を、自分で作っていいのだと託しているのだ。
クルトはテリトリーの中だけで生きるのが嫌だった。外に出ていくゲインが羨ましかった。様々な種族が市場にやってきて、その話を聞くたびに世界は広い。自分が知らないことがたくさんあるのだと知って、もっと外に出たくなった。
だからクルトは危険だと分かっていてもゲインと一緒に外に出た。そしてディーレたちに出会って、もっと知らないことが沢山あるのだと知ったのだ。
クルトは世界へのあこがれはあるけれど、ケンタウロスが好きだ。だから旅に出たいとは思わない。けれど、もっと世界の事を知りたい欲求がある。それならば、保護区が出来たらどうだろうか。いろんな種族が旅の途中に休む場所。争いもなく自由に過ごせる場所。今は「人の国」に閉じこもっている人間も、もっと訪れてくれるようになるかもしれない。
それはとても楽しく魅力的で、クルトはそんな未来をこの目で見たくなった。
「……僕が出来るか分からないけど、でも、僕に任せてくれるなら!」
クルトがつっかえつっかえ言葉を口にすると、歓声があがる。偉いぞ。よくいった。と非難するでもなく受け容れ、励まし、喜んでくれる。その姿を見てクルトは初めて、ゲインの息子。まだ守ってやらなければいけない子供ではなく、ケンタウロスの仲間として認められたような気がした。
「俺はクルトに頼みたい」
ディーレの静かな声。あいかわらず表情の見えない顔でディーレがクルトを見つめている。表情は硬い。けれど瞳はどこまでも優しくて、深く輝いている。光る湖のように。
だからクルトは頷いた。今度は迷わない。怖くもなかった。
「今回は運がいいな。保護区候補も見つかったし、管理責任者候補も見つかった。素晴らしい成果だ。これでしばらくヴェイセル様に小言を言われなくて済む」
「勝手に子供を責任者候補にした小言はいわれるんじゃないか?」
「いやいや、そこはディーレがうまく説得するだろう」
「いや、ヴェイセル様への報告係はリューベレンだから、リューベレンが説得するべきでしょ」
さらりと告げられた言葉にリューベレンが固まった。嘘だろ。聞いてない。と声に出さずともディーレとは対称的に豊かな表情筋が告げているが、ディーレは視線すら向けない。
クルトとしてはヴェイセルの許可が下りていない。という事に肝が冷えたが、なるようになるだろう。そう半ば投げやりな気持ちであった。
何しろ全てが初めての試み。どう転ぶかなんて誰も分からない。兄貴分であるカインも、父であるゲインも。もしかしたらテリトリーにいる大爺様や大婆様も。
だからクルトはどうなろうとも全力を尽くそう。そう決めたのだ。
「とりあえず、テリトリーに行こう。案内するよ!」
やってきたディーレ達を見て、禁忌の森の成り立ちを聞いて、テリトリーのケンタウロス達はどんな反応をするだろう。そう考えるとクルトは楽しくて仕方がなかった。
そしてさらに先の未来。人間が当たり前に「人の国」を出る未来。それを想像するだけでクルトは浮足立った。そんな未来を自分たちが作るのだ。何てそれはやりがい満ちて、輝かしい事だろう。そう考えたらクルトはいてもたってもいられなくなった。
きっとそれは他のケンタウロス達も一緒だったのだろう。この喜びを、嬉しさを、未来への希望を伝えたくて仕方なかったのだ。
その日ケンタウロスは、今までの行商の中でもずいぶん早く、賑やかに、テリトリーへと帰還したのだった。
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