16 光る湖

「魔力溜まり……?」


 リューベレンが口にした言葉をただ繰り返す。どこかで聞いたことがあるような気がしたが、目の前の美しい光景に圧倒されて頭が上手く動かない。


「ヴェイセル様が探せといった意味が分かった。たしかにこれならば保護地として申し分ない」


 いつの間にか追いついたのか、足元にディーレが立っている。その隣には目を未来たロキュス。後ろを振り返れば荷車も追いついていて、皆唖然と湖を見つめていた。ミラですら幌の隙間から顔を出し、心なしか目を輝かせている。


「保護地……?」


 また知らない単語にクルトが眉を寄せていると、隣にゲインがやってきた。事の次第を聞きたいと表情がディーレに訴えかけている。

 リューベレンは今だはしゃいだままだし、ロキュスとミラは圧倒されている。ディーレが一番話が通じる。そう思ったのだろう。


「ヴェイセル様が無法地帯に秩序をつくろうとする計画の一端に、保護地をつくるというのがある。地図を作るよりも実は重要」

「その保護地っていうのは何なんだ?」

「全種族にとって無くされては困るような文化や歴史の遺産など。争いが起こり失われた場合は様々な種が不利益を被る。そうした場所を見つけて保護地とすることで、旅の道中に全種族が使える荒事厳禁の場所をつくる」

「全種族が使える……」


 地図の話もそうだが、またしても途方もない話にクルトは目を見開いた。ゲインを見上げれば、ゲインも眉を寄せている。


「全種族にとって失われては困るような遺産……これがそうといえるのか?」

「いえるよ。これは世界大戦中に激減した、魔力溜まり。ルディヴィア様の愛した土地だ」


 ルディヴィア様という言葉で周囲がざわめいた。


「世界大戦前は至る所にルディヴィア様が愛したとされる、大地から魔力があふれる場所が点在していたそうだね」


 はしゃいで満足したのかリューベレンが楽し気な表情を浮かべたまま、くるりと振り返った。長い髪やリューベレンのゆったりとした服が揺れ、背後の光る湖の効果でやけに神秘的に見える。クルトは息をのみ、つい見惚れてしまった。

 黙っていれば見目は悪くないのに。そうロキュスがぼやいていたことを思い出す。


「異種族にとって魔力、ルディヴィア様の力は生命力、活力をみなぎらせる。傷の治りも早くなり、さらに強靭な肉体を手に入れることが出来る。万能薬のようなものだ。それが大地からあふれる場所は貴重とされ、世界大戦前から大切にされていた。

 しかし、世界大戦が激化するにつれて、そうした場所は奪い合いになった。全種族が生きることに必死になり、聖域とされていた場所も踏み荒らされ、あらん限りの魔力を搾り取ったが故に枯渇した。場所によっては魔力が干からびた影響で周囲一帯の魔力が消え去り、禁忌の地と転じてしまったらしい」


 リューベレンの説明はクルトも聞いたことがあるものだ。他のケンタウロスだって、異種族であればだれでも一度は聞いたことがある話。昔はその場にいるだけで力がみなぎっている、去ってしまったルディヴィア様を感じることが出来る場所があったのだと。おとぎ話のように、哀愁を感じさせながら長く生きた者は語るのだ。

 遠い昔に失われてしまった貴重なものだと。


「これが……本当にルディヴィア様の愛した土地なのか?」

「それは僕ら人間よりも、君たちの方が分かるだろう」


 リューベレンはゲインの言葉に肩をすくめた。


「僕らはあいにくルディヴィア様の恩恵には授かれない。ただ美しい場所だということしか分からない。それでも十二分に価値はあると思うけれど、君たちにとってはそれ以上に大事な場所のはずだ」

「でも……それならば、なぜ、禁忌の森に……」


 皆、これがルディヴィア様の愛した土地なのだと理解している。分かっているからこそ不思議で仕方ないのだ。何でそれが入ってはいけない。禁忌と呼ばれていた土地にあったのか。

 ディーレが言う通り元々は汚れていたが、長年かけて浄化され、それにより湖も復活したのかもしれない。そうクルトは考えたが、湖の様子は一度枯れ果てたにしては美しすぎる。ずっとこの姿のまま、何百年も存在していたに違いない。そう思えてしまうような威厳と荘厳さがあった。


「たぶんだけど、君たちの祖先はこの場所を守るために禁忌の地だって嘘をついたんじゃないかな」


 黙っていたディーレの静かな一言に全員の視線が集まった。

 リューベレンは目を丸くしてディーレを見て、なるほど! そういうことか! と目を輝かせる。

 リューベレンは意味が分かったようだがクルトには全く分からない。説明を求めてディーレをじっと見ると、ディーレは少々面倒くさそうに肩をすくめた。


「簡単な話だよ。世界大戦中は皆魔力を奪うことに躍起になっていた。生き残るためにね。そうして魔力溜まりが荒れ地になったっていう話は、ケンタウロスの耳にも伝わってきたんだろう。

 たぶんケンタウロスは世界大戦前から、この場所を守っていた。君たちはルディヴィア様を敬愛し、始祖を愛する種族。ルディヴィア様の土地を荒くれものが踏み荒らすことなど我慢できなかった。だから禁忌の土地と噂を流して他種を遠ざけ、自分たちは近くにテリトリーを置き監視することにした。

 あそこは禁忌の場所。入ったら祟られる。そう他種だけじゃなく、子孫にまで伝えたことで外部に湖の存在が漏れる可能性をつぶしたんだろう」

「真面目で嘘をつかない、平等な種族と言われるケンタウロスが真剣にここは禁忌の地だと諭すんだから、他種も疑うことなく信じたんだろうね。まさに人徳。いやケンタウ徳?」


 リューベレンがディーレを見ると、ディーレは心底くだらないという顔をして「どうでもいい」と返した。

 リューベレンは冷たいなーと不満げだったが、クルトからしても正直それどころではない。ディーレが言った言葉を頭で整理し、飲み込むことに必死だった。


「ってことは、世界大戦を生きのびた大爺様とか大婆様はここに湖があることを知って……?」

「だろうね。もしかしたらケンタウロスの族長とか、ごく一部は知っているのかもしれない」


 リューベレンの言葉にゲインが顔をしかめた。自分はその教えられる地位にいなかったことに複雑な心境を抱いているのかもしれない。しかし、ディーレがいうことが事実であればごく少数にしか伝えなかったというのも納得がいく。


「しかし……見事に残ったもんだな……これほど綺麗な状態の魔力溜まりは初めて見た」


 ロキュスがしげしげと湖を見つめる。荷車の上のミラにも「お前は見たことあるか?」と声をかけるが、ミラも首を左右に振った。


「魔力溜まりも全く残っていないわけじゃないんだが、だいたいは残りかすみたいな感じなんだ。辛うじて残ったものを手間暇かけて、何とか保護して維持している。これだけ綺麗の残っているなら、魔花の一部を移植すれば他の魔力溜まりも多少息を吹き返すかもしれないな」

「それほんとに!?」


 ロキュスの言葉にクルトは声をあげた。そこまで食いつかれると思っていなかったのか、ロキュスがちょっと引き気味だ。


「あ、ああ。他の場所は魔花もほぼ壊滅か弱り切ってるから、これほど元気なのがちょっとあるだけでも多少は持ち直すかもしれない」

「ということはだ、やはりこの場所は全種族にとっての遺産。なくてはならない場所。保護区の条件としては最上だとは思わないかい?」


 リューベレンの言葉に唖然と話を聞いていたケンタウロス達が同意する。そうだ。ここれは守らなければいけない場所だと口々に声が上がる。

 湖から浮かび上がる泡のようなもの。それが大地から生み出される恵力だと今のクルトには分かる。これはルディヴィア様が残した、そしてケンタウロスの祖先が残した大事なもの。これから先も守らなければいけない、遺産に違いない。


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