15 創造神と始祖様
「……引き返したところで、ワーウルフが待ち構えてるかもしれないしな。ここまで来たら、湖とやらを見ていくか」
ゲインはガシガシと頭をかくと、やけくそいった様子で歩き出す。他のケンタウロスたちも苦笑を浮かべながら、一人盛り上がるリューベレンが指し示す方向へ進み荷車の通る道をつくる。
その姿を荷台から見ながらディーレは目を細めた。
「異種族は不思議だな。これだけ堂々と木々をなぎ倒していたら、森の外からでも分かるだろうに。ワーウルフが追ってこない」
ディーレの言葉にクルトは首を傾げた。たしかに派手に道をつくっているから外からでもケンタウロスの位置は分かるだろう。だとしても、わざわざ禁忌の地に足を踏み入れるなんてことをするはずがない。ワーウルフたちはきっと、自分たちが血迷って呪いを受ける。そう考え、バカなことをした。と笑っているに違いない。
「異種族は先祖の言葉を大切にする。始祖様のこともね。人にはない文化だ」
リューベレンが子供のように足を揺らしながら、鼻歌交じりにいう。人にはない文化。その言葉にクルトは目を丸くした。
「人間は先祖も始祖様も大切にしないの?」
「している人もいるけどね、大多数は興味がないんじゃないかな」
「何で!?」
始祖様は自分たちの始まり。始祖様と創造神がいなければケンタウロスは生まれていない。だから大切にするのだとクルトは小さい頃から家族や周囲に言われて育った。
この世界は創造神であるルディヴィア様が創りあげた。ルディヴィア様が天地創造する際に助力したのが、それぞれの種族の祖先と言われている。
ケンタウロスの始祖はピエトエルピ様。天地創造の際にルディヴィア様の頭上に振ってきた落石を、強靭な体と丈夫な足腰で受け止め助けたために、今の姿を与えられたと言われている。
「人間は寿命が短いし、ルディヴィア様が世界に残した恵み。君たちがいうところの恵力を感じる力がない。人間の始祖と言われているセグレーチェ様がもたらした恩恵というのも想像が出来ない。何しろ全種族の中で最も最弱といわれているわけだし」
そう言いながらリューベレンは自身の胸を叩く。その言葉にクルトは言い返す言葉が見つからなかった。
天地創造の際、ルディヴィア様が最初につくったのは人間だったという。人間たちに世界を造る手伝いを頼んだルディヴィア様は、その功績に会わせて人に恩恵をもたらした。
ケンタウロスであれば強靭な馬の体。翼種であれば空を飛ぶツバサ。最もルディヴィア様に愛されたとされる竜種は長寿に頑丈な体と強靭な精神。
それぞれがルディヴィア様から贈り物を授かった。
しかし、人間だけはルディヴィア様から何も与えられなかった。いや、伝承によると断ったとされている。
人間の始祖であるセグレーチェ様は謙虚な方で、神から恩恵を頂くなど恐れ多い。それに自分は一番最初につくって頂いた体を気に入っている。元々の姿を皆が忘れないように、自分だけは元の姿で。セグレーチェ様がつくってくださった最初の姿でいたい。そう申し出たそうだ。
その結果、人間だけが最初の姿のままでいる。ルディヴィア様が残した恵力も感じとれず、体も弱ければ寿命も短い。他の種族にあっという間に蹂躙されてしまうか弱い存在のままで。
その神話を初めて聞いた時、クルトは不思議に思った。なぜ弱いままでいたいなんて思ったのだろう。強い方がいいはずなのに。せっかく神様から頂いた恵みなのにと。
人間はバカで愚かなのだと笑っていたケンタウロスがいた。他の種族も同じように笑っていた。弱くて浅はかで、ヴァンパイアに守ってもらわなければ生きていけない種族。
クルトも人間とはか弱く愚かなものなのだ。そう思っていた。
しかし、本当にそうなのか?
ディーレとリューベレンと出会って、クルトは考えている。か弱い姿でいても守られるテリトリーを出て、世界を変えるために旅をする。自分よりも大きなケンタウロスに交じっても動じない強さ。知らないことを喜ぶ好奇心に探求心。冷静に物事を見定める判断力。思ってもみなかった視点から世界を見る思考力。
人は本当に愚かなのか。弱いのか。
もしかしたら異種族は、人間を見誤り侮っているのではないか。
「おお! 本当に湖だ!」
リューベレンの歓声が聞こえてクルトはいつのまにか下を向いていた顔をあげた。見ればたしかに、木々の隙間から煌めく水が見える。太陽光を浴びてキラキラと輝くそれを見て、クルトは先ほどまで自分が何を考えていたのか吹っ飛んだ。
遠目に見ても輝く湖は、とても美しく尊いものに思えたのだ。
「……ちょっとまて、普通の湖にしては変じゃないか」
ロキュスがいぶかし気な顔をする。それと同時に前を歩く他のケンタウロスからどよめきが広がった。
「光ってる! この湖光ってるぞ!」
前方から聞こえてきた声に、クルトは目を見開き、反射的にディーレたちを見る。ディーレは荷台の上に立ち上がって双眼鏡を目に当てていたが、リューベレンは荷台から飛び降り走り出していた。
「おい、まて! 危ない!!」
カインが慌てて止めるが、リューベレンは目を輝かせて走っていく。
ケンタウロスと人間では目線の高さが違う。人間は小さすぎてうっかり蹴ったり、最悪踏みつぶしてしまうことがあるため、横を歩くのであれば注意が必要なのだ。ただでさえ今は森の中で足場が悪い。湖に気をとられているリューベレンがケンタウロスにまで注意を向けられるとは思えない。
「追いかけるよ!」
クルトはそういうとリューベレンの後を追った。頼んだ。というカインの声が聞こえたが、振り返らずに進む。リューベレンの姿を見失わないようにしながら、ケンタウロス達に足元気を付けて。と声をかける。事態を察したケンタウロス達が慌てた様子で距離をあけると、リューベレンは速度をあげてかけていく。
やがて、ピタリと止まったリューベレンの背中を見てクルトは胸をなでおろした。踏まれやしないかと冷や冷やしたこともあり、注意くらいしてもいいだろうと近づくと、視界に入ってきたものを前にして言おうとしていた言葉が消えた。
「なにこれ……」
目の前に広がる湖は、日差しで輝いていたのではない。先についたケンタウロス達が言った通り、まさしく湖事態が光っていた。
そこから光の泡が生まれては上へと立ち上り、水中から出るとはじけて消える。幾つもの泡が数えきれないほどに生まれ、消え、そして生まれる。周囲には見たこともない白く大きな花が咲き乱れ、木々も湖の周辺だけが淡く光り輝いていた。
「魔力溜まりだ!」
リューベレンの嬉しそうな声が耳にはいったが、クルトはその美しい光景から目をそらすことが出来なかった。
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