10 世界の秘密
クルトは何か言葉を口に出そうとした。この空気を変えたくて、何か口を開こうと、言葉を出そうとするけれど、何をいったらいいか分からない。乾いた音が口から洩れて、余計に息苦しく感じる。
そんなクルトをじっと見ていたリューベレンは、
「……まあ、根拠は何もない。私の勝手な想像であり、憶測なんだがね」
昼間と同じくにこやかな笑顔で肩をすくめて見せた。
途端に和らぐ空気に、クルトはほっと胸をなでおろす。ゲインも心なしか、緊張が解けたような、むしろ気が抜けた顔でリューベレンを見つめている。
「根拠はないのに、そんなことを考え、しかも口にだしたのか……」
「根拠はないが、理にかなってないとは思っていないからね。ゲインも、ありえなくはない。そう思ったから険しい顔をしていたんだろう?」
ニヤニヤと悪戯が成功した子供みたいな顔で、リューベレンは笑う。ゲインはそれにばつの悪そうな顔をしたから、リューベレンのいう事はアタリなのだろう。
クルトも、もしかしたら。そう思ってしまった。いや、今も「もしかしたら」というもやもやが消えない。
「私は昔から不思議だった。異種族は世界を自由に動き回ることが出来て、人間はそれができない。人の国は生活するには十分だが、世界を見て回るには狭すぎる。なぜ人は自由に外に出られないのだろう。そう思っていた」
リューベレンは笑みをひっこめ、少し悲し気な顔でいう。
その言葉は本心なのだろうとクルトは思った。ケンタウロスを楽し気に見る姿も、荷車の上で移動している時もずっとリューベレンは楽しそうだった。
「それと同時に不思議に思った。なぜ人は外に出なくても生活できるのかと。閉じこもっているのに世界中から食べ物や趣向品が届く。特定の場所でしか取れないような果物、魚に鉱物。
君たちが開いている市場と同じくらい、もしかしたらそれよりも多くの物が王都に集まってくる」
「それは、『人の国』が異種族同士の交渉に最適だからじゃ?」
クルトの言葉にリューベレンは、ニコリと笑う。それから偉いぞ。というようにクルトの頭を撫でた。
「たしかにクルトの言う通り、『人の国』は君たち異種族の交渉に最適だ。『人の国』は中立。揉めた場合はヴァンパイアが何とかしてくれる。下位種であっても安心して交渉に専念することができるわけだ。
しかしだ、それは別に『人の国』でなくてもよかったんじゃないかと私は思うんだよ。わざわざ『人の国』に異種族を集めなくても、中立の場所をつくってしまえばいい。それこそヴァンパイアのテリトリーをわざわざ『人の国』の内部につくらず、中立の場所として外につくればよかったんじゃ。と思うんだ」
クルトは再び目を見開いた。言われてみればその通りだ。
ヴァンパイアのテリトリーは「人の国」の中にある。それは一度は誰もが疑問に思うが、そういうものだとそのうち気にしなくなる。ヴァンパイアはそこにいて、そこから出てこない。ヴァンパイアがいるから「人の国」は安心して異種族もいける場所になっている。
人間からすれば異種族が揉めてもヴァンパイアが何とかしてくれるから安心だし、異種族からすればほか種と揉めてもヴァンパイアが止めてくれるから安心なわけだ。
だが、もしヴァンパイアが「人の国」内にテリトリーを持たず、別の場所に暮らしていたら。そうしたら「人の国」は今ほど異種族が集まることもなく、市場が豊かになることもなかったのではないか。そうクルトは考えて不思議に思った。
「何で、ヴァンパイアのテリトリーは『人の国』の中に?」
「それも私からすると大きな疑問なんだよ。日頃から下位種は家畜だ、劣等種だ。なんて言っている種族が、何故世界で一番弱いなんて言われている種族のテリトリーの中に暮らしているのかってね」
リューベレンはクルトにとっておきの秘密を明かすように耳打ちした。
「だから私は思ったんだよ。ヴァンパイアは『人の国』の中に、どうしてもテリトリーを持たなければいけなかった。ヴァンパイアがいなければ『人の国』は今のようには発展していない。となると、答えは一つ。ヴァンパイア……いや上位種は、我々人間をテリトリーの外にはだしたくないのさ」
「……何で?」
クルトはリューベレンをじっと見つめる。
リューベレンはクルトの視線を受け止めて、それはもう綺麗な笑みを浮かべた。
「それが分かったら、私も苦労しないんだけどねー」
話が聞こえていたらしいゲインがガックリと肩を落とした気配がした。それを見てリューベレンが愉快そうに笑う。
「……またそいつが、変なこと言い始めたか?」
ゲインの様子を見たためか、離れたところにいたロキュスが心配そうに近づいて来た。笑っているリューベレンに剣呑な視線を向けている姿はとても同じ仲間とは思えない。
クルトは考える。変なことといわれたら変かもしれない。今までのクルトだったら思いつきもしなかった話であり、嘘というには真実味があって、真実というには憶測ばかりで現実味がない。
それでも、くだらない。という意味であれば、間違いなく違う。
「ううん、面白い話きかせてもらった」
嘘偽りなく本音で答えると、ロキュスは目を丸くした。なぜかリューベレンまで驚いた顔をして、それから嬉しそうに何度も頷く。
「ロキュス、この子は見所があるぞ。将来大物になりそうだ」
「……たしかに、この年の子にしてはしっかりしているが、お前の見立てじゃ箔がつかないな」
失礼だな、君は! と憤慨するリューベレンと、面倒くさそうな顔をするロキュス。それを視界の端に収めながらクルトは考える。
テリトリーから出て、「人の国」まで行くようになってクルトの世界は広がった。そう思っていた。けれど、結局クルトは世界のほんの一部しか知らなくて、世界は知らない事がまだまだ沢山あるのではないか。そして、世界の秘密というものは意外と、当たり前に思える日常の中に隠されているのでは。そんなことを思った。
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