8 仮説

 夜はいい。昼間と比べて静かだ。人も少ない。囁き声もよく通る。そして、人の口が軽くなる。

 美味しい食べ物、暖かい暖炉や焚き火。酒なんかがあればさらに簡単だ。

 それはケンタウロスでも同じらしい。人には想像できない日常や武勇伝を語る彼らは誇らしげだった。ケンタウロスに生まれたことを、自分たちの始祖ピエトエルピ様を心の底から尊敬している。人間にはなかなか理解できない感覚だ。だからこそ面白い。

 面倒事に加えて、面倒なリューベレンをヴェイセル様には押し付けられたが、こうして話を聞く機会に恵まれたことだけは感謝しよう。

 こういうとメルチェ呆れられてしまうのだが、もはや趣味のようなものだから仕方ない。語るは面倒だが、聞くのはいつだって楽であり、楽しいものだ。


「ディーレの手記」より


***


 ロキュスとミラの協力により、今回はいつもより多くの獲物を捕まえることが出来た。そう満足気にゲインが帰ってくるころには、テントの設営、水の確保などの準備も全て整っており、予定通り。いや、予定よりも早く夕飯の時間となった。


 ロキュスとミラは狩りの間にすっかり気に入られたらしく、先輩のケンタウロスに囲まれていた。ロキュスは楽し気に会話をしていたが、ミラは夕食を食べ終えるとすぐに「眠い」といって寝てしまった。自由なのか、すごいのかミラに関しては未だに測れない。


 月と星、そして焚き木の灯りだけがあたりを照らす夜。

 パチパチと燃える火を囲んで座るのは見慣れたケンタウロスだけでなく、リザードマンに人間。しかも場所は無法地帯。

 初めての経験にクルトは落ち着かない。いつもの夜なのに、少しの変化で全く違うものにすら見える。それはクルトだけではないらしく、他のケンタウロスもどこかソワソワしているように見えた。


 いつもだったら少し休憩すると、次の日にそなえてすぐ寝るケンタウロス達も焚き木を囲んでロキュス、ディーレ、リューベレンとそれぞれ話している。

 最初から種族差なんて関係ない。むしろそこに興味がある。そういう態度を隠さなかったリューベレンは、これ幸いとカインに話しかけている。暗がりでもわかるキラキラした瞳で質問責めにあい、カインがたじたじになっているのは表情で分かった。

 ロキュスの周囲には比較的若いケンタウロスが集まり、武器の使い方など実践の話をしているらしかった。


 そんな中、一番多くのケンタウロスに囲まれたのは意外にもディーレだった。

 捕まえてきた獲物を慣れた手つきで捌いた姿で印象が変わったというのはあるだろうが、それにしても打ち解けすぎだとクルトは思う。

 最初は軽い雑談だったのが、気が付けば真面目な話になっており、今は武勇伝で盛り上がっている。ディーレの周りにいるのは年長者。ゲインよりも年上の熟練の者も多い。そんな彼らが子供にすら見えるディーレ相手に、楽し気に語る姿は不思議な光景だった。


 一見無反応に見えるディーレは、見ていてわかるほどに素晴らしい聞き手だった。ちょうどいいところで相づちをうち、質問によって話を広げていく。

 普段は聞き流されることの多い過去の話。それを嫌な顔一つせず、興味深げに聞くディーレ。軽い気持ちがいつしか本気になり、気づけば皆楽し気に思いのたけを語っていく。

 それは魔法を見ているようだった。いつも気難しい顔をして、何を考えているか分からないと思っていたケンタウロスまで、初対面のディーレと長年の友人のように話している。


「彼はすごいな……」


 クルトの隣で様子を見ていたゲインが感心した声でつぶやいた。同じことをクルトも思う。あれほど自然に人の話を聞きだせる。それは才能に違いなかった。


「ほんとうに、ディーレはすごいんだよ。彼に見つめられると、全て話したいという気持ちになってくる」


 横から聞こえた声に顔を上げれば、いつのまにかリューベレンが隣にたっていた。

 隣はいいかい? と聞かれたので頷くと、リューベレンはクルトの隣。地べたに座り込む。長髪の男というのは慣れないが、胡坐をかいて座る姿は確かに男性だった。


「カインと話していたんじゃなかったんですか?」

「なんだか、疲れてしまったみたいだね。ケンタウロスのテリトリーまではまだ長いだろ。あんまり疲れさせても困るかと」


 そうにこやかに笑うリューベレンを見た後、カインへと視線を向ける。たしかに疲れ切った表情で座っていた。ただリューベレンと話していただけだというのに、何があったんだろうとクルトはこわごわリューベレンを見つめた。


「お気遣いに感謝するが、もう少し早めにやめてやってほしかったな」

「ケンタウロスなんて、今後会えるかどうか分からないと思ったらついね。申し訳ないとは思っているんだよ」


 ゲインが顔をしかめていうと、そう思っているとは思えない、はつらつとした表情でリューベレンは答える。聞きたいことを聞けて満足した。そう語る表情にクルトも、ちらりと見たゲインも苦笑している。


「貴公は異種族に興味が?」

「大いにあるよ! 人間とは異なる種族。異なる部位をもった存在! 面白いじゃないか!」


 芝居がかった大げさな動作でリューベレンは両手を広げる。一見バカにしているとも思える動作だが、リューベレンの瞳はキラキラ輝いていた。焚き木と空に輝く星々と月。それだけが唯一の光源である夜だというのに、その輝きは星よりも力強く見える。


「それで安全なテリトリーを出て、旅に出たというのか……」


 どこか呆れた口調でゲインがいった。

 ケンタウロスは「人の国」に入る許可が得られない。ケンタウロス以外にも許可が下りない種族はいるらしいが、境界線。といっても所詮は石杭を打って目印をつけているだけの粗末な物。関所以外の場所を通れば無許可の異種族が「人の国」に侵入するのは簡単だ。

 それでもケンタウロスは入らない。それがルールである。そう決まっていたら破らない。他の種族にいわせれば生真面目すぎる。それがケンタウロスという種族だ。

 だから人間はごく一部の商人か、テリトリーを出るほかケンタウロスに会う手段を持たない。


 ほかにもケンタウロスのような生真面目さを持つ種族。単純に「人の国」に用がない種族。「人の国」の在り方自体に不満を持つ種族。

 様々な理由はあれど、「人の国」にいては会えない種というのは意外と多い。それはリューベレンのように異種族に興味がある人間であれば、一つの不満にはなるのかもしれない。


 しかし、それでもだ。命を危険にさらしてまで、他の種族に会いたい。そう思うものなのかとクルトは疑問に思う。

 他の種族が自分たちに対して友好的とは限らない。ロキュスとミラと共にいる時点で、リューベレンだってその危険性は十分に理解しているはずである。そこまでしても、異種族に会いたい。そこまでの気持ちはどこから来るのだろう。そう思ったクルトはじっとリューベレンを見つめた。

 リューベレンはクルトと目が合うと笑う。心底楽しそうだった。


「君たちからすれば、とても愚かな行為に見えるだろう。自分たちを守る城壁の外に出て自分の命を危険にさらそう。なんて考えはね」


 クルトとゲインが疑問に思うことをリューベレンは分かっている。今までも同じような質問をされたのかもしれない。やめておけ。という同族も異種族もいたはずだ。

 それでもリューベレンの言葉に迷いはない。柔和な笑顔の下には、揺るぎない意思がある。


「分かっていてもね、確かめたい。知りたい。そう思ってしまうものなのさ! 私という人間はね! ディーレは人に話を聞くのが好きなようだが、私は自分の目で触れ、確かめるのが何よりも大事だと思っている。そのためには『人の国』は狭すぎる。

 それにだ……」


 そこでリューベレンは言葉を区切ると、眉をひそめる。今までとは違う真剣な表情。初めて見る顔にクルトは妙に緊張した。


「自分で見つけなければ、分からない答えもある。たとえば、表向き人間を守ると言われている城壁が、人を閉じ込めるためのものである。なんて仮説の答えなんかはね」

「えっ……」


 リューベレンの言葉にクルトは固まる。意味が理解できずに考えて、理解はできても意味がわからない。ゲインに視線をむけると、ゲインは真剣な顔でリューベレンを見ている。

 リューベレンはニコリと笑う。それからまた大げさな動作で両手を広げた。


「よろしければ、私の仮説をご披露してもいいかな?」


 嫌とはいえない空気だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る