4 スケッチブック

 ケンタウロスが引く荷車は人間が使うものに比べてずいぶん大きい。

 正確にいうならば荷崩れ、雨などに対応するためほろがついている点において、荷車というよりは馬車に近い構造をしている。しかし、引くのは馬よりも丈夫なケンタウロス。馬と同一扱いされることを嫌う。という事前情報を考えるに、荷車。そう評した方がいいだろう。

 ケンタウロスとう種族はとにかく大きい。馬に近い形状の下半身、その上に人間の上半身がのっている。人間の倍の高さから見下ろされるのもなかなかの迫力だが、全員が揃いも揃って筋肉質。男は服を着ないという風習のため、鍛え上げられた筋肉が動きに合わせて波打つ様はなかなかにシュールである。

 しなやかでありながら強固な下半身。強靭な4本足が大地を力強く踏み歩く姿は圧巻と言え、数人並んだだけでかなりの迫力だ。

 そのうえで、リューベレンいわくチャームポイントであるしっぽがある。

 最初は何言ってんだコイツ。と思って聞いていたが、たしかに筋骨隆々の男たちに黒くしなやかなしっぽがある。というのはなかなかに珍妙であり、チャームポイントかはさておいて目を引くのは確かだ。

 その見た目から「人の国」への入場が許可されていないのも納得してしまう。こんな集団がぞろぞろと街中を闊歩していたら、気の弱い人間は気絶するに違いない。

 しかし、こんなケンタウロスが集団で荷運びをしていても野盗に襲われる。というのだから驚きである。自分だったらこんな筋肉集団にケンカを売ろうなんてまず考えない。背丈と筋肉だけでも威圧的だというのに、彼らはタガーに弓と武装している。

 ロキュスいわく、剣の扱いにおいてはリザードマンに武があるが、遠距離からの弓に関してはケンタウロスの方が得意とのこと。武器を使わなくても、4本脚を惜しげもなくつかい、全力で体当たりされたらかなりのダメージだ。と経験があるのか、青い顔をしていた。

 ロキュスの武勇伝に関してはのちに聞くとしても、想像しただけでも恐ろしい。強靭なリザードマンならともかく、人間は全身の骨が粉々になること間違いない。

 そんな戦闘に特化している。といえる体を持ちながら、ケンタウロスの性格というのは実に誠実だった。いきなり現れた不審者たちに対し、戸惑いや困惑をあらわにしながらも、仕事ならば仕方ない。そう早くから割り切り、実直に仕事を続ける姿は真面目。そう評するしかない。

 少々真面目過ぎて心配になるが、仕事をする相手として安心できる。というのは事実だろう。ケンタウロス相手に仕事をしている商人が、彼らは素晴らしい商売相手だ。と絶賛するだけのことはあると実感した。

 しかしながら旅は始まったばかり。見習いとしてついてきているらしい子供、集団のリーダーである親にはリューベレンの奇病により早くも警戒されている。これ以上彼らを怒らせるようならば、リューベレンには責任をとって犠牲になってもらうほかない。

 ヴェイセル様であったら、繁栄のための尊い犠牲として後の世に伝えてくれるくらいの配慮はしてくれることだろう。

 おそらく。


「ディーレの手記」より


***


 少々のアクシデントはあったものの、ケンタウロスの一行はテリトリーに向けて動き出した。

 リューベレンは女性ではなく男性。子供だと思ったディーレは19歳。人間でいえば大人の仲間入りをしている年齢であり、クルトよりも年上と聞いた衝撃はなかなかのものだった。


 種族ごとに見た目と年齢は異なる。それはクルトだって知識として知っている。

 テリトリー内で市場を開くケンタウロスは他の種と比べても異種交流が多い種族だが、出会った相手に種族、年齢、性別をわざわざ確認することはない。

 今まで女性だと思っていた他種族が、実は男だった可能性を考え、クルトは少々疑心暗鬼に陥っていた。

 知識として知っているのと、事実として体感するのでは全く違う。そう知ることが出来ただけ収穫と思うには、クルトはまだ幼かった。


 クルトの胸に大きな衝撃を与えた、リューベレン、ディーレ。そしてミラの3人は荷車に乗ることになった。

 人間とケンタウロスでは歩幅が違う。体力もケンタウロスの子供以下。という話を聞けば、テリトリーへの1週間の道のりを共に歩くというのは無謀ともいえる。

 帰り道は時間をかけないに越したことはない。いくら日持ちするもの、長持ちするように魔石によって工夫していたとしても、食べ物は新鮮な方がいいに決まっている。時間をかければかけるほど、野盗などのトラブルに遭遇する機会も増える。そう考えれば、ハッキリ言って足手まといにしかならない人間を歩かせてよい事はない。


 ミラに関してはおそらくグリフォン。少なくとも翼種だろう。そうゲインも判断したようだが、当の本人が「歩くのだるい」と明言し、真っ先に荷車に乗り込んだ。

 その態度はどうなんだ。と不満をあらわにした者は多かったが、ミラが歩くというのもまた問題が起こる。


 荷運びを行うのは体力と腕に自信がある男が多い。危険な仕事であることから所帯を持っていない者が過半数。

 ハッキリいえば異性慣れしていない。

 同種の女性ですら奥手すぎて手がのびないのに、異なる種族の女性。自由奔放であると有名な翼種であれば余計である。

 無駄な精神疲労や、トラブルを避けるためにも荷車の上でじっとしてもらっておいた方がいい。そうゲインが判断するのは早かった。


 幸いにもリューベレン、ディーレ、ミラと3人とも細身であり軽い。3人が増えたところでケンタウロスからすると大した重荷ではない。逆に考えれば、揺れによる荷崩れの確認をしてもらえるとなれば助かる部分もある。


 体力も腕っぷしにおいても問題がないロキュスは、荷物だけを荷車に積み込んでクルトたちと同じく歩いている。歩幅が違うはずだが、全く動じた様子はなくついてくる姿は、肌にうかぶ鱗。腰にささるサーベルを含めてクルトにはかっこよく見えた。

 リザードマンは傭兵、護衛といった荒事に関わることが多い種族のため、戦力としても期待できる。野盗が襲ってきてもいつもより安心だ。そう喜ぶ仲間たちを見て、不満も問題もあるが、総合的に考えたら悪くないといったところか。と出発前にゲインはポツリとつぶやいた。

 これだからヴァンパイアは怖い。そう苦虫をつぶしたような顔をしたが、ヴァンパイアを見たこともあったこともないクルトからするとゲインの真意はよく分からなかった。


 とにかく、最初の混乱に比べて出先は順調といえた。

 しばらくは見渡しのよい草原が続くため野盗の心配もない。

 ミラは荷車に乗り込むとすぐに、眠い。といって荷物の隙間に引っ込んでしまったため、のぞき込まなければ姿すらも見えない。異性慣れしていないケンタウロス達からすると、視界に入らない方が落ち着くとはいえ、どうなんだ。と思わなくもない。

 仲間であるロキュスはブツブツと文句を言っていたが、引きずり出そうとはしないあたりに諦めがみえた。そういう部分はそれなりに長い付き合いのように見えるが、それにしてはかみ合わない言動が多い。関係性がいまいち分からないとクルトは再三首をかしげたが、いくら考えても出会ってすぐの相手のことなど分かるはずもない。


 リューベレンは荷車の端に座って、足をプラプラと動かしながら上機嫌に鼻歌を歌っている。キョロキョロとあたりを見合したり、時折立ち上がってみたりと落ち着かない行動は、ディーレよりも年下に見えた。

 そのあたりでクルトは外見や言動から年齢を推察するのは難しい。そう嫌な実感を抱いた。隣でじっとしているディーレの方がよほど落ち着いて見え、時折「うるさい」「座って」とリューベレンの服の裾を引っ張る姿は、保護者にすら思える。


 そのディーレもクルトからすると未知数の部分が多い。

 リューベレンの言動が派手なために見落とされ気味だが、ぼんやり景色を眺めていたかと思えば、いきなり双眼鏡を取り出し、書き物をし始める。何をしているのかクルトには全く想像ができなかった。

 

 ディーレが持っているスケッチブック、鉛筆と呼ばれるものをクルトは知識として知っている。今回、物々交換したものの中に含まれているが、それらはケンタウロスが使うというよりは市場に訪れる異種族向きの商品だ。

 ケンタウロスは紙に記録するということをあまりしない。全くしないわけではないが、愛用しているのは族長や博識と名高いごく一部の者だけで、全体に流通しているとはいいがたい。

 クルトからすると頭のいい人が使う高級品。そういった印象が強かった。


 それを当たり前のように使い、何かを書き込み続けているディーレの姿がクルトには異質に見えた。クルト以外の者からしてもやはり気になるようで、ちらちらとディーレに視線が集まっている。


「気になるなら見せてもらったらどうだ」


 じっと見つめていることに気づいたのか、そうクルトに声をかけたのはロキュスだった。

 驚いてロキュスを見下ろすと、リューベレンが怖いなら一緒についていくぞ。と提案までしてくれる。そこで初めて、見るならリューベレンに近づかなければいけない。その問題にクルトは気付いたが、それよりも好奇心の方が上に立つ。


 そわそわと視線をむけるとロキュスはクルトの内心を察したらしく、ディーレへ近づいて声をかける。ディーレは手元に向けていた視線をあげ、クルトと目を合わせた。

 気だるげな真っ青な瞳と目があって、クルトはドキリとした。覇気があるようには見えないのに、何だかすべてを見通すような、透き通った瞳に思えた。


「見る?」


 何でもないような口調でディーレはそう言って、スケッチブックを持ち上げる。

 ここまできたら見ない方が失礼だとクルトはいそいそと近づいて、スケッチブックを覗き込んだ。


「地図……?」


 そこにあるのは絵でもなく、文章でもない。「人の国」からここまでの地形の特徴が書かれた、簡易地図だった。

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