3 異種交流

 険しい顔で近づいてきたゲインは、ロキュスに持ち上げられたままのリューベレンとクルトの間に強引に体をねじ込んだ。ちょうどクルトがリューベレンから見えなくなるような立ち位置は、不審者から我が子を守る。という強い意志がみえ、ロキュスは気まずげな顔でゲインたちから距離をあけた。

 覗き込んだゲインの顔は眉が吊り上がり、眉間に皺がよっていて、両腕を組んだ姿は見慣れたクルトからしても迫力がある。離れていても会話が聞こえていたのだろうと分かる不機嫌な態度にクルトは少しだけ怯え、それ以上の安堵を覚えた。

 クルトですら滅多に聞くことのない怒気の滲んだ低い声で、ゲインは口を開く。


「女性としていささか品性にかける発言だと思うのだが……」


 クルトはゲインの発言に全面同意だった。

 ケンタウロスの女性は少々気が強い所はあるが、はしたない言動はとらない。リューベレンは見たところまだ若いようだし、結婚している雰囲気でもない。未婚の淑女がいくら子供とはいえ異性にする発言としては問題ではないか。そう思ってクルトがリューベレンを見ると、何故かリューベレンは予想外のことを言われた。という顔で目を丸くしていた。

 リューベレンだけならばまだ分かるが、ロキュスやミラまでもが驚いた顔を見せる。これにはクルトも、発言したゲインも戸惑った。


「女性……? えっ、こいつが?」


 ロキュスが襟首をつかんだままのリューベレンを持ち上げる。

 さらに地面から距離が離れ、リューベレンの足がプラプラと揺れる。何とも奇怪な見た目だが、それよりもロキュスの発言が気になった。その言い方ではまるで、リューベレンが女性ではないようだ。


「髪長いし、小柄だし、女の人ですよね?」


 クルトが恐る恐る思ったことを口にすると、ロキュスとミラが顔を見合わせ、リューベレンは愉快気に笑いだす。女! 私が女! とケラケラ笑う姿は、宙づり状態も合わせて、とても不気味に見えた。


「あーそっか……ケンタウロスは、男はみんな短髪。長髪の男なんていないもんねえ……」


 少し間をおいてから、ミラがやっと納得がいったという様子でつぶやいた。

 その発言を聞いて、明らかに驚くクルトとゲインを見てミラは苦笑した。いわく、人間には長髪の男がいるらしい。


「顔はまあ中性的ともいえなくもないが、体つきはどう見ても男だろ」


 ロキュスは納得いかない。といった様子で持ち上げたリューベレンをしげしげと見つめる。それを見てミラはなぜかゲインを指さした。


「ケンタウロスと比べたら、人間なんて木の枝でしょ」


 ミラの指さした方向、ゲインを見たロキュスはリューベレンへと視線を戻し、納得した様子で頷いた。

 クルトも同じようにゲインやほかの仲間たちを見る。

 上半身は人間の体と酷使しているが、リューベレンやディーレに比べると厚みが違う。ケンタウロスの誇りである鍛え上げられた筋肉を惜しげもなくさらし、太く丈夫な4本足は大地を踏みしめている。そして黒く綺麗なしっぽが揺れる様は、まさにケンタウロス。クルトにとっては見慣れた姿である。


 その姿をじっと見つめてからリューベレンへと視線を戻す。

 長い髪をお団子のように後ろに結び、柔和な笑みを浮かべ、ロキュスに軽々と持ち上げられてプラプラと両足は揺れている。

 屈強とは程遠い外見をしげしげと見つめて、


「ほ、本当に……男……?」

 説明されても信じられずに、思わずそんな言葉が漏れた。


「人間はねえ、男でも長髪だし、ケンタウロスみたいに鍛えているのはそんなにいないんだよ。成人してもケンタウロスの半分くらいの大きさだしねー」


 ミラがのんびりとした口調で告げた言葉に、ゲインとクルトは顔を見合わせた。

 会話に加わらないまでも、話を聞いていたらしい他のケンタウロスからもざわめきが伝わってくる。勘違いしたのはゲインとクルトだけでなく、全員だった。というのは、自分だけではなかった。という安心感は与えてくるが、混乱を覚ましてはくれない。


「ふむ。疑うのなら脱いでみよう! それが一番わか……」


 最後まで言う前にロキュスがリューベレンの襟首を放し、リューベレンの体は地面との再会をはたした。少々痛々しい再会となったようで、ふぎゅあ。と形容しがたい声を上げると同時に、痛々しい音がし、リューベレンの体はべちゃりと潰れる。

 見た目と音通り痛かったのか、動かないリューベレン。

 しかし、心配する気にはならない。仕方ない気がしてくる。

 落としたロキュスも見ていたミラも、何事もなかったかのように準備へと戻っていった。その反応から見て、日常的によくあることだと察しがついた。


「リューベレン、そのまま潰れてるならおいてくから」


 我関せず、一人離れた場所で黙々と作業していたディーレが視線も向けずに冷たい一言。

 それを見て、クルトはゲインと顔を見合わせた。

 ゲインの困惑した表情を見て、クルトは父が同じことを思っているのだとよくわかる。

 

 人間とはこんなに不可解な生き物なのか。という困惑。

 そして、自分たちは無事にテリトリーに帰れるのか。そういった不安に違いなかった。

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