2 未知の生命体

 黒髪の女性に続き、白髪の子供はディーレ。リザードマンはロキュス。異種族の女性はミラとそれぞれ名乗った。

 ディーレは息を吐き出すついでのような淡泊さで、ミラはだるそうに、ロキュスは神経質に。挨拶だけでも個性を発揮する面々を見て、何をどうしたらこんな4人がそろうのか。そうクルトは再び首を傾げた。


 ゲインもクルトと同じことを思ったのか顔をしかめている。クルトが見る限り、他のケンタウロスにとっても4人の第一印象は良いとは言えない。


 それでもヴァンパイアからの申請では拒否できるはずもない。困惑、不安、様々な憶測が脳内で渦巻いているようだったが、当の本人たちを前に軽口を叩けない。同時にケンタウロスは軽口を叩けるような性格でもなかった。

 渋々ながら受け入れた姿勢をみせ、受け入れたとあれば真面目に仕事に徹する。それがケンタウロスという種族であり、それぞれテキパキと帰りの準備を始める。

 その様子を見てクルトも気持ちを入れ替え、近くにいたケンタウロスの手伝いを始めた。


 ケンタウロスは神様から授かった丈夫な4本足と勇敢さ、堅実さ、そして知能を生かし、人間相手に商売をすることを生業としている。

 テリトリーから出られない人間のために、伐採した木、動物の肉、皮。果物、鉱石などの資源などを運ぶ。そして報酬として、「人の国」でしか生産されない上質な布や趣向品、日持ちする食べ物などを物々交換するのだ。


 ケンタウロスのテリトリーは西方。人間のテリトリーとも比較的近く、大量の荷物を運ぶことに適した体、西方の中では落ち着いた性格。それにより、西方においての物流の一端をケンタウロスはになっている。

 ケンタウロスのテリトリーは西方の市場と称され、近場にテリトリーをもつ種。時には南方、北方から訪れる種族もいるくらい活気づいていた。

 

 そこまで市場が安定した理由は、ケンタウロスの種族柄も大きい。

 ケンタウロスという種族は真面目であり、公平だった。見合ったものを、見合った分だけ、種族による違いなく取引すると評判が広がり、今の安定した取引が出来る市場が出来上がったのである。


 そういった経緯を父、祖父から聞き続けたクルトは己の種族に誇りを持っていた。

 荷運びという仕事についても、先祖が作り上げた市場を支える大事な役目である。そう真剣に向き合ってきた。

 それでもクルトはまだ子供であり、様々なことに興味を持つ年頃でもあった。

 誇りや使命感も十分だが、テリトリーの外への好奇心。冒険心が全くなかったわけではない。それがなければ、無法地帯と呼ばれる占領外に子供の身でついてく。なんてことは出来るはずもなかった。


 ゲインが持ってきた品物を丁寧に、荷車へと詰みこむ。

 大きな荷車は大人のケンタウロス2人が交代で引き、他の数人は周囲の警戒に当たるのが移動の形だった。

 ケンタウロスのテリトリーは近いとはいえ、「人の国」から一週間ほどかかる。途中で草原、山を迂回し、森を横切る。

 何度も荷物を運んでいるケンタウロスからすると慣れた道筋だが、だからこそ途中で積み荷を奪おうとする野盗と落ち合う可能性も高い。

 テリトリー内で起こったことであれば盗人として処理できるが、占領外は無法地帯。どれだけの被害が出ようと、ケンタウロスの法で裁くことは出来ない。それを見越して、運び途中を狙う野盗は多い。とくに「人の国」でしか得られない貴重な積み荷を運ぶ帰り道が狙われやすい。


 クルトはまだ野盗に遭遇したことはない。

 初めての荷運びに参加した帰り道はそれはもう緊張し、テリトリーが見えた瞬間、安堵のあまり涙ぐんでしまった。それを見てゲインやほかのケンタウロスに散々笑われ、恥ずかしい思いをした。

 それでも2回目の時もテリトリーを示す石杭を見たとき、1回目と同じく安堵した。またからかわれるのでは、と焦ったクルトが周囲の反応を伺うと、クルトと同じような表情で息を吐くものが何人もいた。何度も荷運びを行っている者でさえ、安堵の息を吐いている姿を見て、クルトは自分が行っている仕事が危険なものである。そう再認識したのだ。


 何かあったときのため、弓や剣術の訓練は欠かさず行っている。それでも実践となったら上手く動けるかどうか、クルトには自信がなかった。

 背に背負った弓と矢筒を確認し、腰につけたタガーを撫でる。

 使わないことを祈りつつも、もしもの時に使えなければ意味がない。一応武器の様子を見た方がいいだろうか。そう思っていると、背後に人の気配を感じた。


 驚いてふりかえると、リューベレンが興味深げにクルトをのぞき込んでいた。

 下半身である動物の部分。ウマに似通った体を凝視し、目を輝かせ、どこか恍惚とした表情を浮かべるリューベレン。意味の分からない視線にクルトは肌が泡立つのを感じた。

 何の用ですか。の一言が口から出ず、声を出そうと開いた口は空気を漏らすだけ。怖すぎると声が出ない。それを人間相手に体感するとは思わなかった。


「リューベレン! 変態行為はやめろといつも言っているだろう!」


 クルトの恐怖を解き放ったのは、ロキュスの怒鳴り声だった。

 怒声を上げながら大股で近づいてくると、リューベレンの襟首をつかみ、クルトから引きはがす。元々不機嫌そうな顔だったというのに、さらに目じりが吊り上がり、大変怖い形相だ。

 クルトは思わずひぃっと声を上げた。


「ほら、怖がっているだろう!」

「いやー、リューにもだけど、ロキュの顔と怒声にも怖がってるよー」


 怒鳴るロキュスの後ろから、間延びした声が聞こえる。ふわああと欠伸をしながら、ミラが指摘した。何ともやる気のなさそうな態度。その言動にロキュスが鋭い眼光をむけるが、ミラは動じた様子はなくのんびり背伸びをする。


 前から見たときは気付かなかったが、ミラは背中が大きく空いている服を着ていた。こういった服を好むのはツバサがある翼種であり、ミラもそうなのかもしれない。

 茶色の髪に赤い瞳。案内人を名乗れるほど各種族や地形に詳しい翼種。となるとグリフォンだろうか。そうクルトはあたりを付けた。


「ケンタウロスを見られる機会もなかなかないが、子供となればさらに珍しい! 大人は見とれるような筋肉をもっているが、子どもであっても均整のとれた体つき! これは将来有望だ! 間違いない!」


 ロキュスに襟首をつかまれながら、上機嫌にしゃべるリューベレン。

 ロキュスに持ち上げられているため、足が宙を浮きプラプラ揺れているのだが、一切気にした様子はなく上機嫌に話している。

 クルトからすると未知の生物すぎて正直怖い。掴んでいるロキュスも呆れた顔。というか、今すぐ手を放したい。という汚いものでも見るような視線を送っている。クルトと同じく引いているようだ。

 仲間ではないのだろうか? とクルトは不思議に思う。それとも、仲間であっても気持ち悪い。ということなのだろうか。


「すまない……こいつは生粋の変人。いや変態だ。君のような善良な子供は、出来るだけ近づかない方がいい。できれば3メートルは距離を放して行動してくれ」

「そ……そうですか」


 言われなくても近づかない。そう思いながらクルトが距離をあけると、リューベレンは不満の声を上げる。


「なんてことを言うんだロキュス! せっかく貴重なケンタウロス。しかも子供だぞ! 君たちがいきなり触るのはやめろ。というから我慢して、こうして視姦しているというのに!」

「それ、犯行みとめたようなものでしょー」

「やはり、こいつは『人の国』から出さない方が世界のためなのでは?」


 ロキュスの言葉にクルトは思わず同意しそうになった。

 出会って少しだから、このリューベレンという女性は少々可笑しい。それとも、クルトが見たことがある商人がたまたま大人しかっただけで、人間とはこういう者なのだろうか。

 違っていてほしい。という期待を込めて、クルトはもう一人の人間であるディーレの姿を探した。


 見つけたディーレは、騒ぐリューベレンたち、荷造りをするケンタウロスなど一切眼中にいれず、双眼鏡に目を当てていた。おそらくは肩掛け鞄に入っていただろうスケッチブックで双眼鏡で確認しながら何かを書いている。

 リューベレンに比べれば大人しいが、ディーレに関しても何をしているのか全く分からない。

 やっぱり人間って怖い生き物なんだろうか。全種族最弱なんて話は嘘だったのか。そうクルトが未知の恐怖に震えていると、騒ぎを聞きつけたゲインが近づいてくる。

 

 いつだってゲインはたくましく、クルトにとってあこがれの父だ。だが、今はその姿がいつも以上に輝いて見えた。

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